第二十二話『金と欲』
それから十数日が経った。総司令官になったわたしは地下街の人間が占拠する場所へ出向き、次々に地下街の人間を捕らえた。どれだけの人間を王宮の監獄に入れたのか? 一週間を過ぎた頃にはもう数えなくなっていた。
それと同時にわたしは心が麻痺していくように、次第に父のことを許せるようになっていった。王宮のきらびやかな生活に染まり、特殊部隊のサイバーアーマーを着ているとき以外は、豪華絢爛なドレスを身にまとった。何不自由ない生活と、下層市民がうらやむような肩書き。
それは紛れもなく『父からの愛』だ。例えそれが錯覚だったとしてもいいと思えるほどに、わたしはこの『お金と欲』に溺れた生活に満足していた。それは、セネカも同様だった。わたしが王宮の資産管理サーバーにバックドアから侵入して、セネカを『廃棄対象』から特殊部隊の『機甲装備』として偽装したことは、父に普通にバレていた。過去の詫びとしてあえて黙っていたとのことだ。そして父は、娘が大切にする親友ならぜひ王宮に連れてきなさいと言い、今に至る。
「リンコ様~。このアトランティス産の霜降りステーキ、超美味しいですっ」
「そうね」
気の遠くなるほど長い一本の白いテーブルが中央に鎮座する、王宮の大食堂に、わたしたち二人は座っていた。数十人は座れる椅子の数とテーブルの長さだけれど、そこも父が気を利かせて貸し切りにしてくれたのだ。
頭上を埋め尽くすのは、幾つもの巨大なクリスタル・シャンデリア。そこに灯された無数のキャンドルの炎が、微風もないのに生き物のように細かく揺らめき、不気味なほど濃密な光と影を部屋中に落としている。
壁面は、狂気的なまでに精緻な黄金のレリーフで埋め尽くされ、その隙間を縫うように歴代の権力者たちの肖像画がずらりと並ぶ。彼らの冷徹な視線が、まるで食卓に並ぶ人間そのものを品定めしているかのように、上空から絶え間なく降り注いでいた。
広大なフロアの端を走る鮮血のような赤絨毯が、黄金の壁に反射して、空間全体がうっすらと赤い熱を帯びているようにも見える。
テーブルの上に並ぶ銀食器やクリスタルグラスは、頭上の光を反射して冷たくギラギラと牙のように輝き、静まり返った室内には、ただ食器が触れ合う微かな金属音だけが、異常なほど鋭く、重苦しく反響していた。
わたしはナイフとフォークを使って霜降りステーキを口に運ぶ。これは下層市民が食べられるものではない。最高級の食材を一流のシェフが調理したものだ。
セネカとわたしはそれぞれ別の部屋を与えられたが、たまに暇になったときはお互いの部屋へ遊びに行ったり、一緒に寝たりしている。
「今日の特殊部隊での仕事。お疲れ様でした。また手がかりは掴めませんでしたね」
「地下街の人間は何も口を開かないわ。やっぱり、ライラを殺したのは──」
「地下街の人間かもしれませんね」
「…………」
「確かに、リンコ様とお父様は過去に色々ありました。リンコ様もすべては許せないでしょう。しかし、こうやって今は気を利かせて、大人数が苦手なリンコ様を王宮の会食には参加させず、わたしたち二人だけの時間を提供してくださっています。案外、王宮の方々は優しくて、地下街の人らが勝手に陰謀があるって決めつけているだけなのかもしれませんね」
「うっ──」
「リンコ様!? どうされました?!」
あれ以来、あのとき以来のやつだ……。孤児院で朝食を食べていた時に起こった頭痛。強烈な違和感。深く考えちゃいけないのに、深く考えようとしてしまうような、その頭痛はそんなシグナルで、そんなスイッチのように思う。だが、そこを深追いしてしまうと絶対によくない気がした。
「なんでもないわ。ちょっと頭痛がしただけ」
「頭痛って……風邪かもしれません! 部屋に戻ったら体温計で熱を測りましょう」
「一瞬しただけ。たまにあるの。熱を測ったこともあるけれど、いつも平熱で」
「何かの病気のサインかもしれません。熱はなくとも、きちんと医者に診てもらわれたほうが……。今こうやって王宮にいることですし、優秀な医者なら何か原因を特定してくれると思います」
「そうね。明日あたり診てもらうわ」
厨房の人たちが洗い物をしているので、わたしはステーキをそそくさと食べ終え、食器の返却口へと向かうために、席を立ちあがり片付ける。
「わたし先に部屋に帰るね。王宮の中、10年前とは違うからまだ知れてないところいっぱいあるし」
「ええ。分かりました。くれぐれも無理なさらないように」
わたしはセネカにそう告げ、ダイニングルームを立ち去った。




