第十七話『リンコの決意』
大きな声で子どもみたいに、わんわん泣きわめいてどれくらい経ったのか分からない。それでもかなりの時間が経過したことは分かる。セネカは何も言わず、ぎゅっとわたしの腰回りを抱きしめ頭を撫でてくれていた。奴隷市場で出会ったときとは違い、シャンプーとリンスの匂いが鼻腔いっぱいに広がる。わたしと同じやつを使っているのに全然違う匂いがすることを不思議に思う。それがなおさら、そばにいてくれてるという安堵感になる。わたしの涙が引いて、呼吸が落ち着いてきた時──それまで口を開かなかったセネカが優しい声で言う。
「ライラ様のことは聞きました。申請書にサインをしてくださって、わたしの処遇のことを考えたりもしてくれて。リンコ様と同様に、命の恩人です。本当は合同お葬式に参列したかったんですけど、わたしキメラですので……」
顔をあげると、セネカは悲しげな顔だった。
──そうか。わたしがこの前、役人に最高等身分の身分証をつきつけたけれど、まだセネカの処遇が処理されていないから、政府にとっては危険指定のままなんだ。そんなことを考えると、このアトランティスのシステムと、ライラを死に追いやった人間も、すべてが憤りとなってわたしに押し寄せてくる。
やっぱり、この国はおかしい。確信なんてないけれど、みんなルールや規則と言って見えない糸に操られているように思える。わたしはライラと話したやり取りをふと思い出してしまう。
【もしも、もしもの話! もしも、その陰謀論が本当で、王宮が自分たちの汚れ仕事を地下街に押し付けようとしたら……どうすればいいの?】
【そんなの簡単だよ、リンコちゃん。組織の汚れは、組織のトップになって内側から粛清するしかないよね。まあ、王宮の特殊部隊の総司令官にでも登り詰めない限り逆立ちしても無理な話だけどさ!】
正直、わたしには地下街の人たちが悪いのか、王宮が悪いのかは分からない。地下街の人たちがライラに恨みを持ってるとは思えない。だけど、暴動の飛び火でなんの罪もないライラを巻き込んだとしたら地下街の人間は許せない。もしもこれが王宮の隠蔽工作だったら……。今のわたしではそのどちらが正しいかを判別する術がない。
わたしは、セネカの手をぎゅっと握りしめあることを告げる。
「セネカ。わたし、決めた。ライラを殺したやつらを、この世界を、内側から変えて見せる! ……わたし、王宮の特殊部隊。特待生で行く」
「リンコ様が行くならわたしもお供します!」
「危険よ! セネカまでわたしの……」
「わたしがそうしたいからです。止めても無駄ですよ」
「……っ」
「だって、私、リンコ様に命を救われた身。リンコ様が行くなら地獄の果てだってついていきます!」
それはちょっと色々な意味で怖いけど……。
「ありがとう──」
わたしがそう告げると、セネカは嬉しそうに八重歯を出し、ニコッと笑った。
──寝室に戻ると、わたしは思い切って今までのことをセネカに話してみることにする。
わたしがライラにすら話していなかった、自分が王族の娘であることだ。ライラにもいつかは話そうと思っていたのに、後悔の念だけがこころの中にこびり付く。だからせめて、後悔しない人生にするため、セネカには早急に腹を割って話すべきだ。それが素直になるということだろう。
「今からする話は孤児院のみんなには黙っていてほしいの」
「はい! リンコ様のプライバシーは墓場まで守秘します! 黙るのは得意なものでして!」
確かに。奴隷市場でずっと黙っていたもんね。別にそれがなくても、わたしはセネカのことを信頼しているけれど。もう、親友なんだから。わたしは恐る恐る、ピンセットでつまむような慎重さで話を切り出す。
「わたし王族の娘なの──」
「ええええええええええええええええ」
0. 1秒で。
爆速で、セネカは驚いた。
「なんで孤児院にいるんですか?」
「捨てられたの」
セネカは一瞬、悲しい表情になったけどすぐに元通りの飄々とした表情に戻る。自分も捨てられた過去を持つから、過度な心配や憂いなどはないのだろう。今ここでこうやってリンコ様と一緒に過ごせてることだけが全てですモードに切り替わっている。
本当に、セネカって話しやすい。わたしの親友だ。
「リンコ様みたいな超絶美少女を捨てる親って、マジでゴミクズですね。ぶん殴りたいです」
「いいの。別に。わたしが弱かっただけだから。お父様を認めさせてやるっていうのも、正直、特殊部隊に入る理由の一つ……かな……」
「……っ」
セネカがむず痒そうな顔をする。
言いたいことは分かる。なんでそんな毒親のために、人生の舵を委ねてるのだろうか。恐らくわたしも第三者として、この話を聞いたら同じことを思うのだろう。だけど、幼少期の強烈な体験は、本来認めてほしかった自分自身の純粋なコアの部分だ。そこを取り戻そうとして、わたしはお父様に認められたがっているのかもしれない。
どこまでも子どもだ。わたしよりも背丈の小さいセネカだけど、こうやって親身に話を聞いてくれたり、頭を撫でたりしてくれるセネカの方がよっぽど大人だ。
「そろそろ寝よっか」
わたしがそう言うと、セネカはもうウトウトしていたのか、うつろな目で『にゃぁ』と生返事をした。




