第十四話『キッチン』
翌日、『なんでお風呂では黙っていたの?』と聴くと、『そりゃあ警戒するじゃないですか、今まで人間として扱われたことがなかったので──』と、最もなことを言っていた。ライラにも警戒心を解いたセネカは、次第に孤児院のみんなとも仲良くなっていく。
いや、『次第に』っていうか、昨日今日の話なので『爆速で』が正しい……。
「リンコちゃん……セネカちゃんってかなりお喋りだよね。まさかこんなに喋るとは思ってなかったわ……あはは……」
「そ、そうね」
今日は食堂のキッチンで、わたしが料理を担当する日だ。早朝に目覚めて、みんなの朝ごはんを作る。料理は当番の日だけしかしないのに、いつもみんなに褒められる。それが孤児院の子たちと触れ合える唯一の接点なのかもしれない。ライラとわたしは厨房から、食堂にいるセネカたちを眺めてる。
セネカはかなりコミュニケーション能力が高く、我慢していたとはいえ、今まで喋ってなかった人間の立ち振る舞いとは思えなかった。
「セネカちゃん。可愛い~。リンコちゃんのお友達なの?」
「そ! そ! 友達超えてリンコ様は神! 超・神!」
その『様付け』 本当にやめてほしい……。まるでわたしが呼ばせてるみたいな、孤児院で今まで築き上げてきた『大人しい子』『クール』という仮面がはがれていく。
あと、なんでわたしには敬語で、みんなにはタメなの!? それもめちゃくちゃ従えてるみたいに見えるから!
「ほんとにもう……」
「あはは。賑やかそうでいいじゃん」
「賑やかなのはいいけど」
わたしが手際よく大鍋に仕込んでいたのは、孤児院の安い支給品を使った朝食だった。
本来なら硬くて臭みの強い家畜の端肉(クズ肉)を、わたしはプロの料理人のように【肉の繊維をミリ単位で叩き切り、余分な脂肪を完全にトリミングする】ことで、信じられないほど柔らかな肉質に変えている。
さらに、ただ煮込むのではなく、アトランティス下層のしなびた根菜から【絶妙な火加減でアクを完璧に取り除き、透き通った琥珀色のクリアコンソメスープ】を抽出するという、素人には不可能な出汁の技法を無意識にこなしていた。
付け合わせのパンも、配給されるカチカチの雑穀パンだ。
それを【卵とわずかな家畜乳の液に絶妙な時間だけ浸し、表面はカリッと、中は驚くほどフワフワに焼き上げた特製のフレンチトースト】へと再生させている。
厨房に広がる、安物とは思えない芳醇な肉の香りと、香ばしく焦げた甘い匂い。
「なんでわたし、こんな安い材料でホテルのようなスープが作れるんだろう……」
わたしは自分の指先を見つめ、無意識にこなしたプロの調理手順に小さく首を傾げた。
「うっ──」
「リンコちゃん。どうしたの気分悪い?」
突然だった──頭に今まで感じたことのない痛みが走る。風邪を引いたときの頭痛とか、そんな類のものではない、とんでもない違和感だ。気のせい……かな……。
「ううん。なんでもない! ライラは心配性だな~」と笑って誤魔化す。現に、痛みはすぐに引き、本当に大丈夫だったからっていうのもあるが、なんだったんだろう……。
わたしは料理を完成させると、ライラが配膳の準備をする。お皿にフレンチトーストとコンソメスープを盛り付け、二人でみんなの食卓へと運ぶ。今日は他のシスターやマザーたちは欠勤なので、この孤児院にいるのはシスターライラだけ。それでも人数分を用意するのに、それほど時間はかからなかった。
食卓に並び終えると、みんなで、料理を口に運ぶ。
「リンコ様! この味付け超プロいです!」
「ありがとう。けど、わたしもなんでこんな料理が作れるか、どこで覚えた技術なのか分からないんだ」
「神から授かった技術ですよー」
セネカが褒めると、それに倣ってみんなも口々に美味しいと言ってくれる。ここまで喜んでもらえると、作り甲斐もある。
「もう毎朝リンコが当番でいいんじゃねえの」
「あ、それ言えてる。俺、毎朝リンコのメシ食いたい」
男子たちがそう言うと、女子は
「なにそれプロポーズ?」と、男子をからかっていた。
「いや、ちげーし。確かにコイツは可愛くてメシ作るの上手くて……ハッ……」
「可愛くてご飯作るの上手かったら完璧じゃん」と、女子が突っ込む。
まわりは、わたしの話で盛り上がっている。居たたまれない……。確かに褒められてうれしいんだけど、このノリと勢いで大人数の輪が広がっていく感じ。恥ずかしい。わたしがそうやって困っていると
「リンコ様のメシを毎日食べる特権があるのはわたしです!!!」
と、セネカが訳の分からないことで男子と張り合おうとしていた。
当の男子はセネカにそう言われても、何も言えずむず痒そうな反応。まあ、今さっき女子にからかわれたとこだから仕方がない。
ということで、WINNER セネカとなった。毎日作ってあげてもいいかもしれない……。
「あ、そうそう。リンコちゃん。ミサはお昼に行くことになったよ。大聖堂にね」
「大聖堂……」
アトランティスの大聖堂。わたしがかつて、父に連れて行ってもらった図書館で見せてもらったホログラム。ライラはあそこに行くのか……。
「んー? リンコちゃんどうしたの? ぼーっとして」
「うんん。なんでもないわ」
みんなが和気藹々と、食卓を囲む。
わたしは何故か、世界から孤立したような感じがして、自分で作った料理の味も分からないくらいにぼんやりしていた。




