第十三話『懐中時計』
ライラとは大浴場で別れ、わたしとセネカは孤児院の自室に着く。わたしは早々に部屋の机で、今日貰った申請書に拇印を押した。ライラにも別れる間際、サインを書いてもらったので明日朝イチで役所に出せば問題ないだろう。
「ふぅ……」
お風呂上りの窓から入ってくる風が心地よい。
恐らくセネカが孤児院で暮らすとなったらルームシェアになるだろう。孤児院に空き部屋がもうないからだ。この孤児院は一人部屋の子もいるけれど、ルームシェアしている子も多い。だから、これからセネカとのルームシェアが楽しみだったりする。
「そういえば、うなじにプラグあったわね。セネカ」
今まで言葉を使えなかったセネカに自力で言語を学習させるプログラムをインストールさせようとも思ったけど、それは人道的にどうなのかと思い悩んだ。言語学習用クリスタルは一応持ってるんだけど……。
そう逡巡していると。
「命をお救いいただきありがとうございます! えっと……リンコ様? でしたっけ?」
「あんた喋れんの!?!?!?」
「いやあ、久々喋ったぁあ。ホントめちゃくちゃキツかったああ。黙ってんのつらすぎぃ」
「え? え?」
「ええと……ああ、説明します! 基本、奴隷市場にいる奴隷たちはみんな喋れます」
「ええええええ!? な、なんで喋れないフリしてんの? みんな!? 奴隷市場で喋ってるキメラ──ううん、キメラ自体が喋ってるところなんて見たことないわよ!」
「かつて喋ったせいでトラブルが起こったんです。キメラには人間ベースのタイプとどうぶつのみのタイプに分かれるでしょう? 喋れるのは人間ベースでして」
「人間ベースはケンタウロス、どうぶつのみはペガサスね」
「そうですそうです。この人間タイプって実はキメラにされたあとも、記憶を失うことなく、以前の記憶を保持したままキメラになっちまうんですよ──」
セネカがギャグっぽく説明しているけど、わたしからすれば笑えない。特徴的な八重歯をニコッとさせて、あくまで元気っこなスタイルだ。
「なにそれ……残酷すぎない……?」
「そうです。記憶消されたほうがまだマシって何度思ったことか……」
「なっ、なんで喋ったことによってトラブルが起こったの?」
「わたしもそれについてはあまり詳しくないんですが、やはり奴隷労働をやっていたキメラ、反乱を起こすのは当然でしょう。そこで政府の役人が、わたしたちの仲間を大量に殺処分したんです。それから、みんな暗黙の了解で、黙っていれば殺されることないってなって」
「黙ることになったと……」
「にゃ。そうです!」
しばらく重たい空気の中、セネカがそれを察知したのか、話題を変えようとわたしの手に持っている懐中時計を物珍しそうに見た。
「それより、なんですか? それは?」
「ああ、これね。よく覚えてないんだけど」
「よく覚えてないのに大切に持ってるって不思議ですね!」
グルルルルとネコっぽく喉を鳴らしながら、わたしの持っている懐中時計を、セネカが凝視する。
「これ、学校のいじめっ子たちに偽物だとかレプリカだとか笑われて、ドロドロに汚されて捨てられたゴミなんだけどね……。ゴミ箱から拾って、綺麗に洗ったんだけど、ずっと動かないままなんだ」
わたしをいじめてきた奴らの言葉が脳内をリフレインする。
──お前の頭と同じで、針も進まない止まったガラクタだな!
傷だらけの真鍮製の懐中時計。その時計の文字盤には、数字ではなく、アトランティスの市民には理解できない『謎の点々の集まり(幾何学模様)』が刻まれている。
セネカは、にゃー? と言いながら、その懐中時計を不思議そうに見つめ、八重歯をカチカチ鳴らしながら
「なんかこれすごい匂いがしますっ」と、興味を示した。
「わたしもなんでこんな針の動かなくなった、ただの重たい金属の塊を持ってるのか分からないんだけど。捨てられなくって……すごく大事なの……」
わたしは懐中時計を両手でぎゅっと握りしめた。
「なんかロマンチックです!」
「なんかって……」
そんなものなのか……。ただの不思議ちゃんだと思ってた。セネカがプラスに受け取ってくれるんなら、それに越したことはない。
「そういえば」
「ん?」
セネカがまた話を変える。コロコロ話を変える気まぐれなところもネコみたいだ。わたし猫じゃらしかなんかかな。
「今日のお風呂でリンコ様に頭を洗ってもらったとき、超ヤバかったです!! プロの技です! なんか免許とか資格持ってるんですか? 美容師の!」
「ああ。あれはね。学校のイジメっ子たちに泥水を頭からぶっかけられた時、泣きながら自分で頭を洗ったから、頭の洗い方だけは、無駄に上手くなっちゃたんだよね……」
あ、しまった……。また空気を重くしてしまった。話を変えてくれたのに。
今のところ、この子に節操がないんじゃなくて、わたしが空気を重たくして会話がコロコロ変わっていることに気付いた。申し訳なさすぎる。
「わたしも奴隷として生きていたので似たようなもんです! リンコ様のそのエピを聴いて引いたりなんかしません。リンコ様がそうやって誰かに意地悪なことされたのは許せませんが、今こうやってリンコ様の優しさに触れています。リンコ様の優しさも分からず、そんなことをしてくるやつはクズです。独房にぶち込まれるべきですよっっ」
「ありがと……」
セネカは可愛いし、優しい。わたしは不器用だし、そのくせ誰よりも愛されたい、わがままなお子様だ。セネカが思ってるほど、わたしは良い子なんかじゃないと思う。それでもセネカの気持ちを最大限に受け取り、胸の中が陽だまりのように暖かく包まれるのを感じる。
ZZZZZ……
って、寝てるし!!
わたしもそろそろ眠たくなってきたので、部屋のカーテンを閉め、明日にそなえて、セネカの申請書と授業で使う教科書をバッグに滑り込ませた。置き勉はやめておこうと今日学んだしね。床で寝転ぶセネカを担いでベッドに乗せ、わたしもセネカの隣に潜り込む。この部屋にはベッドが一つしかないので共有して使うことにする。すぅすぅと寝息をたてるセネカの寝顔をぼんやりと眺めてるうちに、わたしの瞼は徐々に重たくなっていった。




