第十一話『孤児院での日常』
あのあと、孤児院に帰ってライラに事の顛末を説明すると、驚くほどすんなりと受け入れてくれた。──要するにあんまり人間と変わんないってことでしょ? とライラらしい反応だ。
事を騒ぎ立てたくないので、孤児院にいる他のシスターや、マザー、牧師にキメラであることは話さないという選択はライラらしい。わたしが学校のお友達を連れてきたという名目で、タイミングを見計らってこの孤児院で預かることができないか? と、牧師さんに聞くみたい。わたしもそうした方が良いと思った。とりあえず孤児院の共用浴場で、お風呂でも入ろうかなと思っていたけれど、さっきからこの子のグゥゥゥ……という腹の音が鳴り止まない。ご飯が先かな?
「リンコちゃん。とりあえず、食料庫に行こっか。やっぱサーベルタイガー? だから、肉? ネコ科だから魚? かな。何食べるんだろう?」
ライラは興味津々でこの子の顔を覗き込んでいる。そんな中、孤児院の渡り廊下を歩いていると、他の子どもたちが珍しそうにこちらを見ているのを発見した。まあ、わたしがライラと歩いているところ以外を見るのは珍しくても仕方ないだろう。
「リンコちゃん。お友達?」
「うん」
すれ違った子たちに軽く会話を交える。孤児院の子たちとはあんまり仲良くないけど、世間話くらいはする。そんな会話も手短に終え、ライラと薄暗い食料庫につくと、わたしは秒で思いついた言葉を反射的に言った。
「この子の名前決めた!! 背が小っちゃくて猫みたいに可愛い。略して、セネカ!!」
「なにそれ」
ライラがクスッと、銀色の髪を揺らしながら笑う。
「けど覚えやすくていいと思う。こういうのはノリと勢いが大事だもんね! ここ最近のリンコちゃんって肩のチカラ抜けてて、出会ったときとは見違えるようになったなあ……」
「それもこれも、ライラ、あんたのおかげ。悪いクセとかも似通ってきたけどね」
「あ、こら~」
わたしがイタズラぽっく舌を出すと、ライラは良いリアクションで返してくれる。いつものやり取りだ。
孤児院の最下層に位置する地下食料庫は、地上の眩しい人工光ドームとは完全に隔絶された、仄暗く湿った石造りの迷宮だった。目の前に広がるその光景は、アトランティスの最先端科学が嘘のように、中世のワインセラーを思わせる古風な空気を孕んでいる。
ひんやりとした冷気が足元を這い、アーチ状の低い天井からは、鈍いオレンジ色の光を放つペンダントライトがいくつか吊り下げられ、空間を斑に照らしていた。壁際にずらりと並んだ無数の木樽からは発酵した酒や穀物の匂いが漂い、木箱には不揃いな野菜や果実、ワインボトルが雑然と詰め込まれている。
だが、そのクラシカルな石壁の最奥に、この部屋の調和を完全に破壊する『アトランティスの遺物』が埋め込まれていた。周囲の煤けた岩肌とは対照的な、冷徹なシルバーの輝きを放つ大型の【エーテル冷却式・冷蔵庫】である。
アンティークな木樽に囲まれるように佇むその金属の塊は、内部のクリスタルが機能していることを示す電子的な駆動音を、静かに、執拗に地下室へと響かせていた。
わたしが冷蔵庫の重厚な金属レバーを引き絞ると、バシュウゥ……と圧縮された冷気と同時に、血の匂いを孕んだ生肉のストックが姿を現した。その瞬間、抱きついたまま獣臭を放っていたセネカの身体が、弾かれたように反応する。
彼女の遺伝子に刻まれた『サーベルタイガー』の肉食獣としての回路が、飢餓によって完全覚醒したのだ。
セネカはわたしの腕をすり抜け、机の上にドサリと置かれた巨大な肉の塊へと猛然と飛びかかった。
──ガブッ!!! と、小さな口からは想像もつかない凄まじい力で、肉の繊維に八重歯が深く突き刺さる。
オレンジ色のライトに照らされながら、セネカは手づかみで肉の塊を引きちぎり、咀嚼の音を暗い倉庫に響かせた。数本のワインボトルが並ぶ木製カウンターの上でセネカは野生そのものの鋭い眼光をギラつかせ、顎を血に染めながら、一心不乱に肉を胃袋へと流し込んでいく。
木樽に囲まれた静謐な空間の中で、その生々しい捕食の音だけが、彼女が『ただの愛くるしい人間の子供』ではなく、『牙を持つ捕食者』であることを、これでもかと主張していた──。
「す、すごい食べっぷりね」
あのライラが唖然としているのがちょっと面白い。すると、わたしはあるものを発見する。そう、今までセネカのうなじは襟足長めのショートカットで隠されていたけれど、彼女にはわたしたちと同じようにプラグの差し込み口があった。
「あれって……」
「あるね。プラグインのホール」
「けど……」
「そうね。基本キメラには学習装置であるクリスタル接続用プラグは与えられないもんね。国の費用がかかるから」
「ってことは?」
「差し詰め、この子は戦闘兵器とか、暗殺部隊とか、スパイとして生み出されたんだろうよ。さすがのわたしでもちょっとこれは考えてこの子の処遇を考えないと……」
そんな……。もしかして……。
「安心しなって。この子を悪いようにすることは絶対ないから。だって──」
肉を頬張り終えたあと、口元の血を、ヨレヨレの服の袖でぬぐい取り、わたしに向かってダイブしてくる。襲ってくるわけではなくさっきと同様の──抱き着きだ。
「リンコちゃんにあり得ないくらい懐いてるし。もう見てて尊いほどの」
見てて尊いって……。さっきまでこの子、生肉にカブりついて肉食獣さながらのモーションだったんだけど!?
わたしは抱き着いて離れないセネカをとりあえず引き剥がして、ぎゅっと手を握りしめた。
あー獣臭い!
「もう! さっさと温泉に入りましょう」
わたしがそう促すと、ライラはニコッと微笑みながら『行きましょうか』と、手を繋ぐわたしたちを尊そうに眺めていた。




