第10話:雪の足跡、暗黒のカウントダウン
#サイコスリラー #都市伝説 #ネットストーキング #大学の闇 #復讐劇 #国際陰謀 #泣けるホラー #サスペンス
警視庁による一時解放が認められたのは、午前二時のことだった。遺体の第一発見者とはいえ、私を拘束するに足る物理的証拠がなかったのだ。パスポートは潔白であり、昨日午後五時半にチェックインしたというアリバイも完璧だった。ただし、これは東京からの離脱を禁じる条件付きの釈放だった。警察は404号室を事件現場(現場検証)として封鎖したが、私の私物――博士課程の研究ノートや衣類、そしてパスポートはまだ宿に残されたままだった。犯人がすでに遠くへ逃亡したと踏んだ警察の、この宿に対する警戒は極めて手薄だった。
池袋の路地の路頭でタクシーを降りたとき、1月の冷たい霧雨は、黒い東京の空から静かに舞い落ちる初雪へと姿を変えていた。
キミ旅館の周囲のアスファルトが、うっすらと白く染まり始めている。気温は不気味なほどに急降下し、マイナス1度に達していた。息を吐き出すたびに、真っ白な煙のような水蒸気が口から溢れる。今夜の初雪には、日本で「消音効果」として知られる独特の性質があった。それは周囲のあらゆる雑音を吸収し、肌を刺すような静寂を生み出す。普段は喧騒に満ちた池袋の街が不気味なほどに静まり返り、私のブーツが薄い雪を踏み締める微かな擦れ音だけが響いていた。
――シャッ、シャッ……。
キミ旅館の正面の木門は、午前一時の門限を過ぎているため、固く閉ざされていた。宿は完全に灯りを消し、死んだように静まり返っている。側面の搬入口には黄色の警察の規制線が交差しており、凍てつく夜風に揺れていた。私は正面を選ばなかった。己の記憶の地図を頼りに、宿の側面の狭い隙間へと滑り込む。そこには、表面に薄く雪を被った、白い棺桶のような黒いワゴン車が佇んでいた。搬入口の引き戸は、先ほどの現場検証の跡なのか、わずかに隙間が空いていた。私はそれを極限まで静かに押し開けた。
――キィィィ……。
錆びついた鉄の蝶番の音は、外に降る雪の静寂に瞬時に吸い込まれた。私は暗黒に包まれた宿の廊下へと足を踏み入れた。鼻をつく生々しい血の匂いは、配管を洗浄するために従業員が撒いた化学消毒液の強烈な匂いと混ざり合っていた。この二つの臭気の結合が、私の嗅覚に耐え難い不快感を呼び起こす。
私は地下一階にある、宿のサーバーとコンピューターが置かれた中央制御室を目指さなければならなかった。しかし、キミ旅館は1953年築の古い木造建築であり、侵入者を防ぐために歩くと音が鳴る構造――『鴬張り(うぐいすばり)』の床板が張り巡らされている。私は博士課程の緻密な記憶力を総動員し、古い木材の脆弱な箇所を避けながら、慎重に足を運んだ。自分の足音が、宿の主人を起こす引き金にならないように。
無人の制御室へと忍び込み、私はすぐに明滅するブラウン管のモニターを起動した。詩織から教わったデジタル論理の残骸を手がかりに、通信記録(IPログ)を解体していく。そして、ある冷酷な事実に直面した瞬間、私の心臓は激しく跳ね上がった。
エレベーターを遠隔操作し、扉を固定していた命令(緊急バイパス)は、外部のインターネットを経由したものではなかった。事件の夜、この部屋にあるローカルのコンピューターから直接入力されていたのだ。
つまり、エミが鉄の箱の中に閉じ込められ、恐怖に怯えながらカメラを見つめていたあの時、殺人鬼かあるいはその手先は、今私が座っているこの椅子に腰掛けていたのだ。このモニターを見つめながら、扉を阻むキーを叩き続けていた。あの怪物は、最初から最後まで、私たちと同じ宿の中に潜んでいたのだ。
データログを外部メモリに複製しようとした、その時だった。ホテルのメインコンピューターの画面が突如として黒くフラッシュした。暗転したディスプレイの中央に、自動的にポップアップのテキストウィンドウが開き、一つの数字を表示した。
『3』
私の手が凍りついた。数秒後、数字は機械的に変移する。
『2』
そして――『1』。
――プツンッ!
制御室の照明が突如として完全消灯した。一側的な強制遮断。私は真冬の東京の、濃密な暗黒の中に閉じ込められた。電気を動力とする宿の全機能が停止した――ただ一つ、廊下の奥にある古いエレベーターの駆動音だけが、自動的に再起動したのを除いて。
――ピンポーン。
外のエレベーターの扉が、静かに開く電子音を響かせた。暗黒に包まれた木造の廊下の奥から、ドサリ、ドサリと、重厚な革ブーツが床板を踏み締める足音が聞こえてきた。それは確実な足取りで、私が潜伏するこの部屋へと近づいてくる。
コートのポケットの中で、私のスマートフォンが激しく振動した。見知らぬ番号からの着信。そこに表示された日本語の一行が、私の全身の血液を完全に凝固させた。
『404号室はもう空室だ。次はお前の本当の部屋の番だ。』
エドは東京の初雪がもたらす静寂の中、キミ旅館への潜入を果たしました。しかし、エレベーターの操作が内部から行われていたという事実は、この捜索が最初から仕組まれた罠であったことを示しています。カウントダウンは終了し、暗黒の中でエレベーターの扉が開きました。
暗闇の廊下を革ブーツの音を響かせて近づいてくるのは、一体誰なのか? 閉じ込められた制御室から、エドは脱出することができるのか。
精神的、物理的な緊張感が今、臨界点に達します。
次回、第11話「鴬張りの廊下の足音」に続きます。
エドの知的な復讐劇と決死の攻防を見届けたい方は、ぜひブックマーク登録と評価(★★★★★)での応援をお願いします!




