こんなの基本よ
王子が目を覚ましたのは、昼過ぎだった。
「……ここは……?」
薄く目を開けた王子は、ぼんやりと天井を見つめ、
次に周囲を見回して固まった。
そこには――
「だからね、この隅っこ! ほら、埃溜まってるでしょ!
こういうの放っておくとカビになるのよ!」
「は、はいっ!」
「雑巾はもっと絞って! びしゃびしゃじゃ意味ないの!」
「す、すみません!」
医務室の隅で、トモエが兵士たちを叱り飛ばしていた。
兵士たちは素直に「はい!」と返事しながら掃除している。
そして、ベッドのすぐそばには――
腕を組んで黙ってトモエを見ている騎士団長。
王子は瞬きをし、騎士団長に問う。
「……何が……あったのですか」
騎士団長は少しだけ視線を落とし、
これまでの経緯を淡々と語った。
牢で倒れたこと。
トモエが騒ぎ、兵士が狼狽し、
自分が牢に入り、
トモエに叱られ、
そして――吹き飛ばされたこと。
王子はぽかんと口を開けた。
「……吹き飛ばされた……?」
「……あれは……不可抗力だ」
騎士団長が小さく咳払いしたそのとき、
トモエが王子の目覚めに気づいた。
「あっ、起きたのね!」
トモエはぱたぱたと駆け寄り、王子の額に手を当てる。
「うん、熱は下がってるわね。どう? 気分は」
「……だいぶ……良くなりました」
「そう、よかったわ」
トモエはほっと息をつき、
次に騎士団長へ顔を向けた。
「で、あんたも言うことがあるでしょう?」
騎士団長は一瞬だけ目をそらした。
「……何をだ」
「何をじゃないわよ。
この子が助かったのは、あんたが動いたからでしょ?」
トモエは腕を組み、じっと騎士団長を見つめる。
「王の命令とか立場とかじゃなくて、
“自分がどうしたいか”で動いたんじゃないの?」
兵士たちがそわそわと視線を交わす。
王子も、静かに騎士団長を見つめていた。
騎士団長はしばらく黙っていたが、
やがて、ほんのわずかに表情を緩めた。
「……私は……」
その続きを言おうとした瞬間――
「ちょっと! そこの兵士! そこ拭き残ってるわよ!」
「は、はいっ!」
トモエの声が医務室に響き、
騎士団長の言葉はかき消された。
兵士たちは慌てて掃除に戻り、
王子は苦笑し、
騎士団長は小さくため息をついた。
トモエはそんな空気など気にせず、
きびきびと指示を飛ばし続ける。
「いい? 病人を治すのに必要なのはね――
清潔、栄養、休息! こんなの基本よ!」
「は、はいっ!」
兵士たちの返事が揃う。
王子はその光景を見つめながら、
ぽつりと呟いた。
「……不思議な方だ……」
騎士団長は腕を組んだまま、
トモエの背中をじっと見つめていた。




