なんなのあんた達
牢屋に放り込まれた瞬間、トモエは思わず鼻をつまんだ。
「くっさ……なにこれ、下水?」
湿った石壁。
床には黒ずんだ水たまり。
鼻を刺すような悪臭が漂っている。
「ちょっと! 人を入れる場所じゃないでしょここ!」
怒鳴ったところで返事はない。
兵士たちは乱暴に扉を閉め、鍵をかけると足早に去っていった。
トモエはため息をつきながら牢の中を見回す。
すると、奥の暗がりで何かが動いた。
「……え?」
目を凝らすと、そこには痩せた青年が座り込んでいた。
髪は伸び放題で、服はボロボロ。
だが、その瞳だけはどこか気品を残している。
「ねぇ……あんた、大丈夫?」
声をかけると、青年はゆっくり顔を上げた。
「あぁ……あなたも、捕まったのですか」
「どうも、そうみたい。スーパーで、大根選んでただけなんだけどね……」
「すーぱー……?」
青年は首をかしげたが、すぐに小さく息を吐いた。
「僕は……エルディオ。先代の息子です」
「……は? 先代? 前の王様ってこと?」
唐突な名乗りに、トモエは聞き返す。
「はい。父が……亡くなったあと、城内ではすぐ、権力争いが起きました。私は方々から邪魔な存在だったんでしょう。……身に覚えのない“謀反の疑い”をかけられ、何年もここに……」
「なんだか、よくありそうな話ね……」
「現王……モルフ。奴が国王に就いてから、国は見ての通り……」
青年は苦笑した。その笑みは弱々しく、どこか諦めが滲んでいる。
「……荒廃の一途って感じね」
「あなたは……見るからにこの国の人間ではなさそうですが、どこからお越しになったんですか?」
「わからないのよ。スーパー……って言っても通じないんだったわね。なんて言ったらいいのかしら……あの、まあ、お店? で、買い物してたら急にこの近くに来ちゃったみたいで」
「転移した、と?」
「そんな感じかしらね。なんかこう、ハッと気が付いたら来ちゃった感じ……」
トモエは腰に手を当ててため息をつく。
「しっかし、帰るにしても、まずここから出ないとねぇ……。」
牢の鉄格子を軽く叩くがびくともしない。
「残念ですが、無理です……。次に出る時は僕らに命はない……」
青年は静かに目を閉じる。
「物騒なこと言うんじゃないわよ。私は簡単には死んでやらないからね」
言いながらも、トモエも分っていた。ボロボロで汚く腐っている城とはいえ、この牢は強固で、脱出できるとしたら入り口のみ。そして、入り口扉が開く=死となるんだろう、と。
そして、数日が過ぎた。
牢屋の中は相変わらず臭い。
だが、トモエは妙に元気だった。
「あんた、最近顔色いいじゃないの?」
「そうですかっ? いやぁ、トモエさんのアドバイス通りしたら、ちょっと疲れ取れた気がしたんですよ」
「それはよかったわ。続けなさいよ。……で、隣のあんたは、ちゃんと告白できたの?」
「はい。彼女も俺の事良いと思ってたみたいで……」
牢の前には数人の兵士が集まり、トモエの人生相談を受けていた。
「よかったじゃないのぉ。前も言ったけど、男だ女だなんて関係ないわよ。同じ人間と考えて、自分がされて嫌な事、されて嬉しい事を考えて動けば何も難しくないわ」
「トモエさん!次、俺っ!俺の話聞いてよ!」
「いや、待てっ!次は俺だ!」
「はいはい。騒がないの。時間は腐るほどあるんだから。順番に聞くわ」
暗いはずの牢屋。そこには場違いな明るい空気が漂っていた。
「おい……」
そこへ、重い足音が近づいてくる。
「……何の騒ぎだ」
低くよく通る声。
兵士たちはハッと振り返り、慌てて敬礼した。
「き、騎士団長殿!」
「お前たち、警備はどうした。……なぜ、ここに集まっている」
「そ、それは……」
兵士たちは互いに目を合わせ、焦ったように口を開く。
「い、異人殿に……話を聞いてもらっておりました!」
「相談に乗ってもらって……」
「なんか……元気が出ると言いますか……」
騎士団長は無言でトモエを見る。
トモエは牢の中から手を振った。
「この子たち、色々溜め込んでるみたいだし、話聞いてあげるくらい、いいでしょ」
「……お前は、牢に入れられている自覚はあるのか」
「あるわよ。でも、暇じゃない。私なにも悪いことしてないし。思い返すことなんてないもの」
トモエは肩をすくめた。
「それにね、こんな城で働いてるあんた達の方が、余程疲れてる様に見えるわよ」
兵士たちは気まずそうに俯く。
騎士団長はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……異人。お前の扱いについて、再度王に進言する」
「え、ほんと?」
「このままでは……色々と問題が起きそうだ」
騎士団長が去っていくと、兵士たちはほっと息をついた。
「い、異人殿……ありがとうございました……」
「お礼言われるようなことはしてないわよ。それより、あんたち、自分の身体を第一に考えなさい」
「は、はい!」
兵士たちが散っていく中、
牢の奥で青年が小さく笑った。
「あなたは……不思議な人ですね」
「そう? 至って普通じゃない?」
トモエは笑い返し、少し和やかな時間は過ぎていくのだった。




