こんなのないわ! でもやってやる!
夜明けが近づく頃、四人はついにグルド祭壇へ辿り着いた。
山頂の開けた場所に、円柱がいくつも立ち並び、中央には石造りの階段と祭壇が鎮座している。
その前に――三つの影が立っていた。
中央には黒い鎧を着た、目つきの悪い男。
その右側には全身を真っ黒な鎧で覆った騎士。
そして左側には黒いローブを着てへらへらと笑っている男。
「来たか」
中央の男が言った。
「アーヴェル。お前で間違いないようだな」
レオンが返す。
アーヴェルはおどけたように自分を指差した。
「そうとも。私だよ、レオン騎士団長殿」
「目的は王国か?」
「そうだ。初めから王国だ。あのゴミを王に据えた時から、な」
レオンの眉がわずかに動く。
「お前が推薦し、説得して回ったと聞くが?」
「それも正しい。正しいぞ、レオン。筋肉馬鹿だった君も賢くなったじゃないか」
「どっちが馬鹿よ」
トモエが即座に突っ込む。
「むっ……」
アーヴェルはトモエを指差した。
「異人の女とはお前だな」
「そうだけど? お馬鹿さん」
トモエは鼻で笑った。
アーヴェルの顔が歪む。
「お前だ……お前のせいで私はっ……こんなことをせざるを得なくなった!」
「私のせい? 何か間違いじゃないの?」
本当に身に覚えがないトモエは首を傾げる。
「間違いではない!私が、私こそが王国を取り返し、立て直す救世主になるはずだったのだ!」
「なんだと……。お前はそのために、あいつを王にして国民を苦しめたというのか?」
レオンの声が低く響く。
「そう言っているだろう。ほんと、筋肉馬鹿だな君は」
「馬鹿はあんたでしょ。そんな回りくどいことせず、自分がなればよかったじゃない」
トモエの言葉に、アーヴェルは鼻で笑った。
「ふん。ただなっただけでは国民の支持は持続せん。一度苦しみを味わってからこそ国は続く。どの王国でも“英雄”は必要だ」
「やっぱ馬鹿はあんたね。王の資格すらないわ」
「なんだと!」
アーヴェルが激高する。
しかしトモエは一歩も引かない。
「ちゃんとした王の資格があれば、国民は自然と付いてくるものよ。その自信も資格もないって、
自分で言ってるじゃない。お馬鹿さん」
アーヴェルは怒り心頭だったが、急に冷静になり、背を向けた。
「……まあ、よい。どちらにせよ、王国はわが手に落ちる」
去ろうとするアーヴェルをレオンとフェルナンが追おうと踏み出した。
その瞬間だった。
「くっ……なにっ……!」
フェルナンが目を覆う。
「なっ……あれはっ……!」
レオンも驚きの声を上げる。
突風が吹き荒れ、砂煙が舞い上がる中、レオンが見たもの、それは……。
翼をはためかせ、ゆっくりと降下してくる巨大な影。
そう――ドラゴンだった。
ドラゴンが地上へ降り立った瞬間、
地面が揺れた。
「くそっ……!」
レオンが剣を構える。
「で、でかい……!」
フェルナンは震える声で呟いた。
「守護神様を使う……か」
グランドは険しい目でドラゴンを見上げる。
「守護神? 守護神なのに……なんで襲ってくるの?」
トモエが叫ぶと、グランドは短く答えた。
「首を見ろ」
ドラゴンの太い首――そこには黒い首輪が巻かれていた。
「あんなもの、普段は身に着けておられない。それに……無暗に襲ってくるような“お方”ではない」
グランドの言葉が終わるより早くドラゴンの前足が振り下ろされた。
狙いはフェルナン。
「フェルナン!!」
レオンが飛び込み、寸前でフェルナンを抱えて転がる。
地面が砕け、石片が飛び散った。
「っ……ありがとう、兄さん……!」
「礼は後だ! 立て!」
最悪は続く。
「かかれぇぇぇ!!」
アーヴェルの声が響き、左右の岩陰から黒い鎧の兵士たちが一斉に飛び出してきた。
「アーヴェルの私兵かっ!」
レオンが叫ぶ。
「囲まれますっ! 下がってください、女神様!」
フェルナンは剣を片手に、トモエの前へ飛び出した。
「崖や山では犯人逮捕の流れなんだけどね……」
トモエは強がって苦笑しながら、じりじりと後退する。
「私が守ろう」
グランドがトモエの隣に立ち、剣を地面に突き立てたる。
アーヴェルの私兵たちは数こそ多いが、レオンとフェルナンの相手ではなかった。
剣を交えるたびに黒い鎧の兵士が倒れていく。 だが問題はドラゴンだった。
振り下ろされる巨大な前足。旋回しながら振り回される尻尾。
その一撃一撃が地面を砕き、風圧だけで身体が浮きそうになる。
「くっ……! 避けろフェルナン!」
「はいっ!」
兄妹は互いの動きを読み合い、息の合った連携で攻撃をかわしながら私兵を倒していく。
だが、ドラゴンは無作為に暴れ回り、味方であるはずの私兵すら巻き込んでいた。
「ちょっと! あれ、味方とか関係ないの!?」
トモエが叫ぶ。
「首輪で操られているのだ。理性は残っておらん。」 グランドは冷静に返す。
「そんなのないわ!守護神様なんでしょ!? なんでこんな……!」
トモエの声は震えていた。 その瞬間、ドラゴンの尻尾が地面を薙ぎ払い、トモエの足元の岩が砕け散る。
「きゃっ……!」
「女神様!!」
フェルナンが飛び込もうとしたが、レオンが腕を掴んで止めた。
「行くな!」
「でも――!」
「大丈夫だ! グランドが付いてる! まずは兵を片付けるのが先だ!」
フェルナンは悔しそうに唇を噛む。
その間にも、ドラゴンは暴れ続ける。
グランドはトモエの前に立ち、剣を構え直した。
「トモエ殿。下がっていろ。ここは私が守る」
「グランドさん……!」
トモエは震える手で胸を押さえた。
ドラゴンの咆哮が山頂に響き渡る。
私兵たちは次々と倒れ、レオンとフェルナンも息が荒くなってきた。
そして―― ドラゴンの巨大な影が、トモエたちの頭上に覆いかぶさる。
ドラゴンが影を落とし、その巨体がトモエとグランドを覆い隠す。
「で、でかいっ……とかげ……!」
トモエは震えながらも、目の前のドラゴンを見上げて呟いた。
グランドは剣を前に構え、完全に防御の姿勢に入っている。
「お母さんっ!!」
フェルナンが叫ぶ。
「こっちは大丈夫よ! あんたはあんたの敵に集中して!!」
トモエの声に、フェルナンはハッとし、目の前の私兵へ意識を戻した。
「……まあ、全然大丈夫じゃないけどね……」
トモエは小声で呟き、ドラゴンを見上げる。
「はったりは、戦場では大事だ」
グランドが低く言う。
「そうね……そう。主婦業にも大事だったわ……。思いだした……」
トモエが返したその時――。
「あっ……!」
トモエは何かに気づいたように声を上げた。
「なんだ? トモエ殿?」
「ちょっとね。……私も頑張るわよ」
そう言うと、トモエはドラゴンへ向かって走り出した。
「ちょ、ちょっと待たれよトモエ殿!!」
グランドの制止も聞かず、驚くほど素早い走りでドラゴンへ突っ込んでいく。
その瞬間――。
ドラゴンが前足を振り上げた。
完全に仕留められた。
誰もがそう思った。
轟音。砂煙。地面が揺れる。
「お母さん!!」
「母上!!」
フェルナンとレオンの叫びが響く。
「……死と隣り合わせ。儚きものだ……」
グランドが呟いた、その時――。
「アンタたち! よそ見しない!! 自分の敵に集中する!!」
トモエの声が響いた。
「どこだ!?」
全員が声の方向を探す。
そして――見つけた。
ドラゴンの腕に、丸っこい身体で必死にしがみつくトモエの姿があった。
「ちょっ……! 暴れないでよ! 落ちるでしょ!!」
ドラゴンの腕にぶら下がりながら、トモエは必死に叫んでいた。
レオンとフェルナン……そして、グランドですら目を見開いた。
「……お母さん……強すぎる……」
フェルナンが呆然と呟き、戦場は一瞬時が止まったのだった。




