現実は厳しい……のよね
深夜。
レオン、フェルナン、トモエ、そしてグランドの四人は、竜の山脈へと続く山道を登っていた。
“始の日から七の日が経った明朝”――。
つまり、明日の朝に何かが起きる。
それまでに山頂のグルド祭壇へ辿り着くには、今から登らなければ間に合わない。
月明かりだけを頼りに、険しい山道を進む。
「いやぁ……きついわね……」
トモエは息を切らしながら、杖代わりに拾った枝をつきつつ歩く。
レオンとフェルナンは息こそ乱れていないが、額には汗が滲んでいた。
「…………」
そして先頭を歩くグランドは、まるで散歩のような軽快さで、歳も疲れも感じさせずに突き進んでいる。
「……私より年上なはずなのに……なんであんなに元気なのよ……」
最後尾からグランドの背中を見つめながら、トモエはぼそりと呟いた。
「グランドは、山岳戦の経験も豊富だからな」
レオンが前を見たまま答える。
「影守として山を走り回っていたフェルナンも、あれくらいの体力はあるだろう」
「はい。1日3度上り下り繰り返す訓練もしてたので……」
フェルナンは少し照れながらも、しっかりとした足取りで歩いている。
「凄いわね……。いや、ねぇ……登山って嫌いじゃないのよ。ただ……この歳で夜中に山登りは、ちょっと……」
トモエは腰に手を当てて伸びをする。
「お、お母さんっ。む、無理はしないでっ」
「大丈夫よ。フェルナン。あんたが、いや、あんたたちが倒れたら、私が担いで帰る羽目になるんだから」
その言葉に、レオンとフェルナンは思わず苦笑する。
そんな中、先頭のグランドが振り返る。
「この先は、道がさらに険しくなります。足元にお気をつけを」
「はぁい……」
トモエは返事をしながらも、『あと5歳若ければ走ってでも登れるのに……』等と考えつつ、心の中でため息をついた。
空が白み始め、山頂が近づいてきた頃。
トモエとグランドは並んで歩いていた。
夜明け前の冷たい空気の中、足音だけが静かに響く。
「ねぇ、グランドさん。貴方……お子さんは?」
突然の問いに、グランドは少しだけ眉を動かした。
「……喋らぬ方がよいのではないか?」
「喋ってる方が気が紛れて楽なのよ。黙って歩いてると、余計に疲れるわ」
「……そうか」
グランドは前を向いたまま、静かに言った。
「一人目が男。二人目が女の……二人だ」
「いいじゃない。兄妹がいたら賑やかでしょ」
トモエが笑うと、グランドも微かに口元を緩めた。
だが、その目はどこか悲しみを帯びているように見えた。
「……なに? まさか私、聞いちゃダメなことを……?」
トモエが立ち止まりそうになると、グランドは静かに首を振った。
「息子は生きている。王国から離れた村で家族もできて、平穏に暮らしている」
「そう……じゃあ、娘さんは……。ごめんなさいね、思い出させて」
「気にするな」
グランドは淡々と続けた。
「娘は……私と同じ道を選んだ。同じ騎士団長まで上り詰めて、な。だが……剣を握る道を選んだなら、立場は関係ない。死ぬときは死ぬ」
その言葉は、あまりにも静かで、あまりにも重かった。
「…………」
トモエは胸が締めつけられるような感覚に襲われる。
ここに来てから、危険な目に遭いながらも、どこか「自分は大丈夫」と思っていた。
でも――この世界の兵士たちは、毎日、命の隣で生きている。
娘を失った父親の言葉が、その現実を突きつけてくる。
トモエは何も言えなくなり、ただ、静かに歩き続けるしかなかった。




