現場に100回は行きたくないわね
レオン、エルディオ、グランドはアーヴェルの私室へ向かい、トモエとフェルナンは文官フレアの部屋を調べていた。
「怪しい物なんて、大体は片付けられてるのよねぇ……」
トモエはフレアのデスクを覗き込みながら呟く。 フェルナンは本棚の前で立ち止まり、一冊の本に手を伸ばそうとした。
「待った」
「ひゃっ……! な、なに、お母さん……」
「今は今は“お母さん”はやめておきなさい。外に兵士さんもいるんだから」
フェルナンは真っ赤になって口をつぐむ。 トモエは本棚を鋭い目で見回した。
「本棚ってね……読んでない本の前には埃が溜まるものなのよ」
「 埃……?」
「そう。逆に、埃がない本の前は――」
トモエは埃が薄くなっている一冊を引き抜いた。
「この本だけ、よく読んでたみたいね」
フェルナンも顔を寄せてくる。
トモエは本を開いた。
「……やっだ、これ。えっちなやつ!?」
挿絵が多く、しかもそのほとんどがあられもない女性の姿。
「 ふぁ……あ……ひゃ……ひゃぁ……!」
「フェルナンは耳まで真っ赤にしてあわあわしている。 まったく……男ってのは……」
トモエはため息をつきながら、本を逆さにしてパラパラと振ってみた。
「あー……外れね」
怪しい紙切れや暗号のメモは落ちてこない。
「ふぅ。……そんな簡単にはいかないわね」
「トモエは本を閉じた。 まあ、現場100回って言うし……」
「現場……100回……?」
フェルナンは首を傾げる。
「そうよ。現場に何度も足を運べば、何かしら見えてくるってこと」
「でも……現場って、水路? それとも、兵士が襲われた通路……?」
フェルナンが考え込み、トモエは腕を組み、ふぅと息を吐いた。
「 まったく分からないわね……」
その言葉は、静かに部屋に落ちていくのだった。
フレアの部屋とアーヴェルの部屋を調べ終え、一行は再び政務室に集まっていた。
レオン、エルディオ、グランド、フェルナン、そしてトモエ。
「 アーヴェルは不在だった。部屋も片付けられていて、めぼしい物は何もなかった」
レオンが報告する。
「そっちはどうだ?」
「問われたトモエは、鼻で笑った。
「えっちなやつしかなかったわよ。ね?」
「 ひゃっ……あ、あの……!」
フェルナンは耳まで真っ赤になって俯く。
その瞬間――。
「えっちなやつだと!? 妹にあいつは何を見せたというのだ!! 二度殺してやる!!」
レオンが机を叩いて立ち上がった。
「 まあ落ち着きなさいな。本よ本。ちょっと絵を見て赤くなっちゃっただけよ」
「えっちな本だと!? 三度殺してやる!!」
「だから、ちょっと落ち着きなさいっての!」
トモエがレオンの額を指で弾くと、レオンは「ぐっ……」と声を上げ、黙った。
その横で、エルディオが顎に手を当てて呟く。
「 結局……何も分からないまま、ですね……」
政務室に重い沈黙が落ちる。
その中で、グランドが静かに口を開いた。
「 ……フレアのことですが」
全員の視線が老兵に向く。
「 奴は、アーヴェルと深く関わっておりました。表向きは文官でしたが……裏で何をしていたかは分からぬ。必ず、何かあるはずです」
「トモエは腕を組む。 現場100回。……もう一度行くしかないわね」
そう言い、トモエが部屋を出るべく歩き出すと、赤く俯くフェルナンを押しのけ、レオンが続く。
「さて……他に見てない所……あるかしらね?」
フレアの部屋に戻ったトモエは腰に手を当て部屋を見回す。
「ここで……妹が……えっちな目に……っ!」
レオンは悔しそうに舌打ちし、本棚へ目を向ける。
「えっちな“目”って、流石に大げさよ」
トモエは呆れたように言いながら、散らかった部屋を見回した。
「まあ、フェルナンも年相応だからあるんじゃないの? うちの娘の部屋だって、怪しい部分はあったりするわよ?」
「 フェルナンはない! 妹は、剣と鎧と体術が好きな、健全そのものだっ!」
「 全っ然、健全じゃないわよ、それ……」
トモエはため息をつく。
「あなた達の境遇や、今の立場を否定はしないけどね。……街で仕事して、それなりに恋して、やがて結婚して、子供が生まれて家族を持つ……そういう暮らしの方が普通よ」
レオンは一拍置いて、静かに言った。
「 ……確かに、それはあるかもしれん」
だが、と続ける。
「意図せずえっちなものを見せられるのは違う。……あくまでも本人の意思でだ」
その真剣な顔に、トモエは思わず吹き出した。
「そうね。確かに、親の立場でもそう。分かってるつもりでも、子供の部屋の思わぬ発見は複雑な気持ちよ」
そう言いながら、トモエは散乱した白紙に目を留めた。
「……もしかして」
机に転がっている細長い木炭のようなものを手に取り、散乱する白紙の一番上にあたる紙をゴシゴシと塗りつぶしていく。
「何をしている?」
「こうして塗りつぶしたらね、この上で書いていた文字が浮かび上がったり……とか?」
トモエが塗り進めると、文字が浮かび上がっていく。
「……あらやだ……この世界で、こんなベタなことが」
トモエとレオンは思わず顔を見合わせた。
そこに浮かんだ文字は――。
『手筈通り、始の日から7の日が経った明朝。グルド祭壇にて』
「なにこれ?」
トモエが首を傾げると、レオンは目を見開いた。
「始の日から7の日……! 明日だ!」
「明日? その、グルド祭壇でなにかあるの? というか、グルド祭壇って何なの?」
トモエの問いに、レオンは答えた。
「竜の山脈にある祭壇だ。この国の守護神が祀られている聖域」
トモエは眉をひそめた。
「……守護神の聖域で、明日の朝って……絶対良くない事よね……」




