息子だけじゃなく、二人目の娘もできちゃったわね
昼下がりの街は、穏やかな風が吹いていた。
トモエは街のカフェのような店の前に置かれたベンチに腰を下ろし、片手に饅頭、もう片手に湯気の立つお茶を持っていた。
「……あら、やだ。さすが料理人ね。結構近い味だわ、これ」
饅頭をひと口かじり、お茶をすする。
「んー……おいしっ……」
懐かしさが胸に広がり、思わず目を細めた。
「どうだい、トモエさん」
店の奥から、エプロンで手を拭きながら店主の老人が出てきた。
「“まんじゅう”ってやつに似てるかい?」
トモエは感激のまま、老人に向き直る。
「モローちゃん。あんた、すごいわ。かなり近い! いや、ほんとっ、懐かしいわぁ……!」
モローちゃんと呼ばれた店主は、皺だらけの顔をほころばせた。
「そうかいそうかい。いやぁ、うれしいねぇ。まだあるから食っていきなよ」
「もちろんよ! まだまだいただくわ!」
「はいよ!」
店主は嬉しそうに奥へ戻っていく。
そのとき――。
「あ、あの……」
か細く控えめな声がした。
「ん……?」
トモエが顔を向けると、そこには私服姿のフェルナンが立っていた。
「んんっ……!?」
トモエは饅頭を口に咥えたまま固まる。
というのも、目の前にいるフェルナンはいつもの黒装束とはまるで違う。
淡い色のワンピースに薄手の羽織。髪も下ろしていて、柔らかい雰囲気が漂っている。
「あら、やだ、あんた。……私服だとまるで違うわね。可愛いじゃないの」
「っ……あ、ありがとうございます……」
普段の鋭さが嘘のように、フェルナンはおどおどと頬を染めている。
「なに、性格まで変わっちゃうの? そんなに可憐だったかしら」
トモエが豪快に笑うと、フェルナンは控えめに、でも嬉しそうに笑った。
そのタイミングで、モローちゃんが戻ってくる。
「お待ちどうさん! できたてだよ!」
モローちゃんが置いた皿には、湯気の立つ饅頭が山のように積まれている。
「わぁ……! これ、なんですか?」
フェルナンが目を丸くする。
「ああ、これ? 私が住んでたところの馴染み深いおやつよ。あんたも冷めないうちに食べなさい」
トモエは饅頭をひとつ手に取りながら説明する。
「似たような素材を探してね、調理方法をモローちゃんに伝えて、なんとか試作ができたのよ。今日はその味見に来たってわけ」
「……これが、女神様の……世界の食べ物……」
「女神は恥ずかしいからやめなっての」
苦笑いするトモエの横にフェルナンは腰を下ろすと、そっと饅頭を手に取り、ひと口かじった。
「……っ……おいしい……!」
「あら、よかった。あんたの口にも合ったなら“お母さん”嬉しいわ」
トモエは満足げに頷いた――が、すぐにハッとする。
「あら、やだっ。娘思いだして自然と言っちゃったわ」
豪快に笑うトモエ。
「っ………」
だが、フェルナンは肩を震わせていた。
「え、あ、ごめんね。嫌だったなら謝る――」
トモエが言いかけたその瞬間。
「……おかあ……さん……」
ぽろり、と涙が落ちた。
「えっ、ちょ、ちょっと!? なにっ!?」
フェルナンは急に、座ったままの姿勢で前のめりに蹲ろうとする。
「ど、どうしたのよっ」
トモエは慌てて肩を抱き寄せた。
「なに。なにがあったの。言ってごらん」
「……おかあ、さん……も、よぐ……いってくれだ……おやすみの……ひ……」
「ああ……そうなの。お母さんがよく料理してくれたのね」
「……はい……」
フェルナンは涙を拭いながら、震える声で続けた。
「幼いころに……亡くなって……ずっと……ずっと……おかあさんに……あいたくて……」
トモエはそっとフェルナンの背を撫でた。
「……あんたも、寂しかったのね」
「はい……。あの……女神様……二人きりの時だけで……いいので……“お母さん”って……呼んでも……いいですか……?」
トモエは少しだけ目を閉じ、そして優しく微笑んだ。
「……しょうがないわねぇ。二人の時だけよ?」
「……っ……はい……!」
フェルナンは泣きながら笑う。
「はぁ……まあ、私も娘が恋しくはなるからねぇ……」
トモエはその頭をそっと撫でる。
「息子だけじゃなくて、二人目の娘までできちゃったわね……」
トモエの優しい声と共に風が吹き抜け、饅頭の湯気がふわりと空へ溶けていくのだった。




