フラッシュ【HU1ash】
ゲ……ゲコ…コ
ナマズ頭で青肌人型のナニカが背後で鳴く。その声は極めて蛙のソレと似通っていた。
瞬間、息を呑む。
距離は2メートルもない。
ギャロリと目玉が俺を覗く。
「なっ!」ダンッ
「テツ!」
逃げ出そうとしたが、足が上手くうごかずもつれて倒れてしまう——まずい。
背筋に悪寒が走る。
今、俺は震えているだろう。畜生——今だけは身体を置き去りにしたい気分だ。
急いで振り返ると、既に陸にあがったナマズ頭が目に入る。
いや、それどころではない! 頭から飛び込んできていたのだ!裂けるほど大きく開かれた口の中には鋭い歯がびっしり。
そしてそれは大きく、確実に迫る。
ゆっくりに感じる世界の中で思う。
死
————ドドドドドド!
その時、凄まじい射撃音が聞こえた。
それと共に、ナマズ頭の横っ腹から青い血が噴出する。
「ゲコッ!? ゴッ!」プシュ
ソレはのけぞって数歩後ずさる。肋が見えるほどガリガリのその胴体に、数個の小さな穴。
音の方向にはムバー、レンズの上から短く細い筒が突き出ている。
「逃げろテツ! 今のが全弾だ、次は難しい!」
「くっ!」
ムバーの言葉にハッとし、急いで立ち上がる。ナマズ顔は、体をくねらせ苦しんでいる様子。まだ死んではいない。
一気に走って、ムバーと共に10メートルほど距離を取った。
「はぁはぁ!今のうちに行くぞ!」
「まて、ここは戦うべきだ」
「何言ってるんだ、お前全弾撃ったんだろ!どうして戦う必要が?!それに、なにがあるんだ!」
「ちょっとした実験だよ。ここで生きていくための。そしてわっちらにはコレがある」カチャ
と俺に差し出したのは横に置いてあったアタッシュケース。思考がよぎる……俺は頭が湧いているかもしれない。確か、コレに関しておかしな事を言っていた。まさか本当にアレなのか?
「…本気か?」
「そうだ。ほら、ぼさっとするなよ。もうアイツが来る」
「ゲェーーーコォォ……ゲーコ」
ナマズ頭はひどく猫背のままこちら体を向ける。生気なく、焦点もあわない魚の目だが、睨み付けられているように思えた。
ナマズの口からは青い血の一筋が流れ出てる。だが傷口からの出血は止まり、さらにうねって塞がり始めている。
恐ろしい程の再生力だ。確かにもう一回突進してきてもおかしくない。勘弁して欲しい。
「なぁお前を信頼していいんだな?さっさとどうすればいいか教えろ」
「おーけぃ。それじゃあアタッシュケースの底面をアレに向けるよう持ち上げてくれ。縦にね」
言われた通りに腕を動かす。それは軽く、難なく持ち上げられた。
————ペチャ
とナマズ頭が一歩。
「よし。これからソレを“撃てる”ようにするから、驚いて落とさないよう注意してくれ」
「……」
疑問に思う間も無く【変形】が始まる。
ケースが真っ二つに割れると中からは複雑な配線と小さな筒、幾つかの機器類が姿を表す。
それらは直ちに“正しい”位置にギリギリと機械音を立てて配置されていく。小さな筒はたちまち『砲』へと変わった。機器は砲身を滑り上がる。ものの6秒程でその変形は完了した。
その姿は正に異様。肩から手の甲にかけて、腕の外側に沿うように装着された砲身。砲後方に集中した機器。そこにだらんと垂れ下がった数多くの黒い配線。
「これは……なんだ……っは!」
「ゲコォォォオォオォォォ!」ベチャベチャ!
しかし驚く俺を気にせず、腕をぶら下げながら突撃してくる。
———チュイン
その音が鳴ると砲身から赤く細い光が照射される……なるほど照準とみた。
震える手で光の先をソイツの胴体へと狙いをロック。最後に発射すれば…………
「どうやっt——」
「ボタンだ、取手にボタン!」
「これかっ!」カチッ
——————ヂューン!!
「ゲッ!」
蒼き閃光、走る。
ナマズが宙を舞う。
その骨血肉が蒸気と化し、黒い煙を吹く。
風が草を薙ぎ倒し、川を真っ二つに割く。
目が潰れるほどの光量の後、焼け焦げた匂いが充満する中で目を開けた。見てみればソレの四肢だと思われる物が辺りに散乱していた。
「は、ははっ!やって、やったぜ!」ドン
一気に腰が抜ける。信じられないような眼で、白煙を排出する武器を見つめた。夢を見ている気分だ。本当に……本当に。
「先に使い方を教えておくべきだったよ。すまない」カシャカシャ
そう言ってムバーは散らばった残骸へと近づくと、何かし始めた。
「な、何してるんだ」
「解析だ」
「それも研究のため?」
「それもある、が、君が食べられるかどうかを見てるんだ」
俺の思考が停止する。そうか、その、ソレを食べるという選択肢があったのか……もう一度思い出してみようアイツの姿を、案外食える見た目……な訳がない。
そう、そんな選択肢ない!無理だ100%!確かに腹は空いてるが、倫理観がなくなった訳ではない。
「……やめろ!食えたとしても食いたくない!」
「何故だ? 今はサバイバル………これも貴重なタンパク源では? それとも虫を食べたいかい? 虫料理も中々いけるが」
「いや、いるだろ……他に……なんか、動物。とにかく! 俺は食わないからな!
ぜ っ た い に!」
10分後、そこにはガツガツと手足を食う男の姿があったという。
その様子を上空から一台のレンズが覗いていることを知らず。




