イントロダクション【lntrv∃daCth○N】
三人はコンクリート製の階段を登る。まだペグの姉は彼にベトベトくっついている。
それにしても、この微妙に幅の狭い階段が懐かしい。まぁアパート住まいだけど。とても現代的だ。この建物も転移してきたのだろうか?
外に見える景色は、どこまでも続く一面の緑。森だとか、川だとか、そんなものはなし。
やがて六階まで登り切ってある部屋の前に立った。扉の横には、文字の書かれた看板が立て掛けられている。それが達筆なのかただ荒いのか判別はつかない。
ペグが扉を一回ノックする。
「ペグです! 只今帰りました!」
そう大きく声を上げると、扉の奥からけたたましい足音が近づいてくる。
——————ガチャ!
「ペグッ生きとったんか!?よぉ帰ったのぉ!」ガシッ
扉からは長い白髭を生やした老人が勢いよく出てきた。背がかなり曲がっているその老人は、喜びの声と共に彼の肩をつかんだ。優しそうな眼に少しばかり涙を浮かべている。
「遅くなりましたマジノさん」
「いやぁ、お主が一日村に帰ってこなかったことなんて初めてじゃ。心配しとったぞ。身体は……無事じゃな?一体なにがあったんじゃ?」
「それが……」
彼は森での出来事を話し始める。ただその中で、俺が彼を撃ったことは喋らなかった。正直、なぜここまで庇ってくれるのか分からない。
「そうか、それは大変だったのう。まさか知能のあるドゥネルとは……巷では聞いていたが、近くにいたんじゃな。なにか対策を練らなきゃいかんな。テツヤ君」
いきなり呼ばれて、体がびくっと反応する。
「あ、はい!」
「何もない村じゃが良かったらゆっくりしていってくれ」
「ありがとうございます……」
「ウォルフンや、村を案内してやってくれ。病棟も含めて」
「えぇわたし~?もっとペグといちゃいちゃしたいんだけど〜」
なるほど、この人はウォルフンというのか。
「姉ちゃん、おねがい」
彼が微笑んで言うと、体をくねくねさせていたウォルフンは「しょうがないな~」とため息をついて折れた。どこか照れている様子で。
「わしは少しペグと話す。では頼んだぞ」
バタンと閉められたドアの前には、二人だけが残される。俺を気にする素振りも見せず彼女は廊下を歩いていった。毛嫌いされている雰囲気を感じながらもその後に続く。
「……あーの」
「ペグから頼まれただけで、別に私はお前のことを信用してないから。何か不審な行動をしてみなさい?すぐに殺してみせる」
「アンタじゃ無理だろ」
すると、彼女は舌を軽く鳴らす。
「出来ますとも、私勇者ですもの!」
「勇者? なに言ってんだ?」
勇者……?
単純に勇敢だって言いたいのか、魔王を倒す方の勇者なのか、はたまた普通に頭がおかしいのか。
知らないけど最後の可能性が高い。
「本当に勇者サマなのよ! 昔はそれはもうすごーい冒険をしたし、町に入れば女も男も私に釘付けだったわ」
「あぁそう、じゃあ伝説の剣でも抜けんのか?」
「抜けるし、もうとっくに抜いたわ!」ガチャッ
覇気のある声を出しながら、マンション二階。ここには裁縫や食品の加工など、生活に必要な製造行為が行われているという。覚えるのは使う時にやれば良い、と再び降る。
そして、次に向かう場所は連なる三棟の真ん中。
見上げれば他二つと違い、壁面にでかでかと文字が書かれている。さらに、木で作った装飾も施されている。何か特別なものでもあるのか?
「ここだけ豪華だな」
「さっきの塔は居住塔。この塔は私達の仕事場、勤務塔。その目印よ、いらない気もするけど」
そうして中へ入り各階層を見て回る。
「すっげぇな! おい」
こう言葉が溢れるのもやむなし。このマンション内部に広がっていたのは【農場】だったのだから。
一階から四階までは野菜や果物の栽培場だ。合計六人の大人が農作業をしていて、俺を見た時、彼等はこぞって腰を抜かす。
「か、怪物?!」
「人間ですよ〜」
いちいち反応してると陽が暮れてしまうので、軽く流して次へと進む。
五階六階は鶏や豚のような動物を飼育する場所だ。従業員は若い女二人組。
「あれウォルフンさん、珍しいですね~って誰ですかソイツ!」
「新入りよ、遠いところから来た迷子」
「へ~なんで案内を? ……まさか一目惚れ? 鞍替え?」
「んなことしないわよ!」
さてそんな会話をこなしながら、今度は屋上へと上がる。屋上には木がびっしりと生え広がっていた。しかし、ただの木ではなさそう。葉は青く、幹は赤色。加えて、樹液を採取するための木には透明な管がついている。プラスチック製だろうか。
「この木、禍々しいな」
「魔力採取の為の木よ。魔道具を作るのに必要なもの。記憶喪失とはいえ魔法について知らないのはちょっと致命的ね」
「これからなんとかするよ」
それにしても不思議なことに完全な室内なのに植物も動物も上手く育っている。似たようにビル内で育てる都市型農業だったかは専用の波長の光で植物を育ててるのに。それに、ここは窓だって決して広いわけでは無い。
だが検討はつく。それはこの棟にある照明。それはまさに、太陽光のような光と熱を放出していた。暑くて眩しい光だ。魔法で作った偽太陽ってところか?
「まったく変な建物だな。この空間自体もそうだ。いったいいつから……いや、そもそも村の人たちが作ったのか?」
屋上の柵に体を預け、地平線に沈む夕日を眺めながら言った。ウォルフンはその隣に来て同じように柵にもたれかかった。
「違うわ。私達も元々よそ者だったからよく知らないけど、ここは十年前、救世主っていう人が作った場所らしいの」
「へぇ、救世主か。この村になんか用でもあったのかな」
「だって、十年前よ? 礫日が起きた年じゃない」
夕日を見る彼女の目はどこか呆けているようで、物悲しさを感じる。対して首をかしげる俺。
十年前、礫日、その言葉が俺の脳内で反射する。そう言えばペグが呪いを受けたのも……十年前。
「十年前……何が起きた?」
「えーそこまで説明しなきゃいけないの~?」
「そこをなんとか」
「はぁ~じゃあよく聞きなさい。
———十年前の悲劇を」




