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深淵 ――視線の先で、世界は静かに狂う  作者: 天冥麟


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痕跡


 凛が先に歩いている。


 その後ろから、ナミとナギが追いつく。


「待って、凛ちゃん。」


 ナミに呼び止められ、凛は足を止める。


 振り返る。


 ナミとナギを見て、首を傾げた。


「チケットなら、ちゃんと持ってるけど……。」


「あなたの保護者が心配してるから、ついて来たの。」


「保護者?」


 凛は少し考える。


「お姉ちゃんのこと……?」


「……。」


 ナギは凛を見る。


 本気で分かっていないことを悟る。


「分からないなら、もういい。」


 三人は再び歩き始める。


 凛の隣をナミが歩き、その少し後ろをナギがついていく。


「凛ちゃんって、いくつなの?」


「17だけど……二人は?」


「同い年だね。」


 ナミが笑う。


「どこの高校なの?」


「私は通信制高校だから。」


「そっか。」


 ナミは少し考える。


「同じ所だったらよかったのに……。」


 一拍。


「折角だし、私達、友達にならない?」


「友達……?」


 凛はナミを見る。


「私でいいの?」


「私はナミ。よろしくね。」


 ナミは自然に笑う。


「後ろを歩いてるのがナギ。私の双子の妹。」


「……ナギ。」


 凛は名前を口にして、少しだけ後ろを見る。


 ナギと目が合った。


 ナギは凛を見たまま、口を開く。


「あなたに忠告してあげる。」


 一拍。


「『テン』には気を付けなさい。」


「……?」


 凛は首を傾げる。


「信用するのは勝手だけど、あの男は簡単に大切なものを奪うから。」


 凛は少しだけ考える。


「あなたが何を知ってるのか、私には分からない。」


 一拍。


「でも……真面目な話を、ふざける人じゃないでしょう。」


 ナギは黙って凛を見る。


「ふざけはしないけど……誤魔化すかもね。」


────

会場の船尾側。


 テーブルが並ぶ一角から少し離れた場所に、いくつかの座席が設けられている。


 その一つに、摩夜と唯が並んで座っていた。


 周囲では、変わらず人々が談笑している。


 摩夜は、その様子をぼんやりと眺めていた。


 唯は隣に座ったまま、そんな摩夜へ視線を向ける。


「摩夜……。」


「はい?」


「大丈夫?」


「私は大丈夫です。」


 摩夜は前を向いたまま答える。


「それより、唯さんこそ……やることがあるのでは?」


「やること?」


「色んな方への挨拶周りとか……。」


 唯は少し考える。


「気にしないで大丈夫よ。」


 一拍。


「それほど私は重要な立場ではないから。」


「そうですか……。」


 摩夜は小さく息を吐く。


 唯は再び摩夜へ視線を向けた。


「それより、摩夜……聞きたいことがあるのだけど。」


「なんですか……唯さん。」


「今の心境は……凛ちゃんを送り出したからだけではないわよね。」


「何を言っているんですか?」


 摩夜は唯を見る。


 唯は何も言わず、少しだけ摩夜を見つめる。


「……菫さんのことよ。」


「……。」


 摩夜の表情が、僅かに固まる。


 唯は、それ以上は何も言わなかった。


「摩夜……。」


「はい。」


「貴女は、私のライバルよね?」


「……急に、どうしたんですか。」


「貴女もテンのことを好いているのでは?」


「そもそも、テンが自分に好意のある相手の手を借りると思いますか。」


「それもそうね。」


 唯は少しだけ笑う。


「貴女が一番の好敵手だと思ったのだけれど……。」


「思うのは勝手ですが……。」


 摩夜は前を向く。


「私より、同居人のことを心配した方がいいのでは?」


「あぁ……。」


 唯は少し考える。


「それは平気よ。」


 一拍。


「私の敵になり得ないから。」


「……随分、自信があるんですね。」


「自信というより……事実よ。」


 摩夜は唯を見る。


 唯は何事もなかったかのように、前を向いていた。


「それより……やっぱり貴女が一番の好敵手になりそうね。」


「先程も言いましたが、私は……。」


「でも、これは私だけが……」


 唯は、そこで言葉を止めた。


 視線の先に、凛達の姿が見える。


 唯は静かに立ち上がった。


 少し俯いたまま歩いてくる凛へ、唯は目を向ける。


 その傍には、ナミとナギがいた。


 ナギが唯に気づく。


「唯さん!」


 ナギは唯のもとへ駆け寄る。


 唯は微笑みながら、ナギを迎える。


 ナギは唯の腕へ手を添える。


「唯さん、何してたの?」


「少し摩夜と話していたのよ」


「そうなんだ」


 ナギは唯の腕を引く。


「じゃあ、行こう」


「え?」


「こっち」


 ナギはそのまま唯を連れて歩き出す。


 来た方向へ戻る途中、凛とすれ違う。


 その瞬間。


(……言葉、選ばなくていいよ。)


 ナギは足を止めない。


 凛は、すれ違ったナギの隣へ視線を向ける。


 ナギは既に、唯を連れて歩いていた。


 ナミは二人の後を追おうとする。


 その前に、摩夜へ視線を向けた。


 摩夜もナミを見る。


「アイツの指示で来たんでしょう。ありがとうね」


「ナツ様のお願いだから仕方なくよ」


「そっか……。」


 摩夜は小さく息を吐く。


「それでも、ありがとうね」


「……あとはご自由にどうぞ」


 ナミはそれだけ言うと、ナギ達の後を追っていく。


 その場に、凛と摩夜が残った。


 凛は、少し離れていくナミ達の背中を見る。


 やがて、ゆっくりと摩夜へ視線を戻した。


「おかえりなさい……凛。」


「ただいま。お姉ちゃん。」


 一拍。


「話……聞けたよ。お姉ちゃん。」


「そう……。なら、よかった。」


「名前と共に消えたって……。」


 凛は摩夜を見る。


「お姉ちゃんも、同じ答えなんでしょう?」


「そうね……。テンが言うなら、その通りだもの。」


「そっか……。」


 一拍。


「また会いたかったな……。」


 凛はそう呟くと、摩夜から借りていたチケットを差し出した。



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