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深淵 ――視線の先で、世界は静かに狂う  作者: 天冥麟


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思惑


会場の出入口に近い屋外の通路。テンは手すりに背を預け、携帯端末を操作していた。


二次会の案内。


場所は園の下のペントハウス。


返信不要。


出入りの仕方が分からない奴は、分かる奴に教えてもらって。


姉妹の参加については


テンはそのまま送信し、携帯端末をしまった。


「待たずに声かけてくれればいいのに」


少し離れた場所にいた女性のフローリストが、テンのもとへ歩み寄る。


「真剣な顔してるのが珍しくてね」


テンはフローリストに目を向けた。


「クライアントでも紹介しようか」


「ジンもあんたも、私を見るなりクライアント、クライアントって。そんなに困っているように見える訳?」


呆れた様子のフローリストに、テンは首を傾げた。


「違うなら……俺に話したいことでもあるのか」


「えぇ。そうなの……聞いてくれる?」


フローリストは真剣な眼差しでテンを見た。


テンも彼女を見返した。


「俺も、お前の気持ちに真剣に向き合うよ」


フローリストの表情が変わった。


「……なんの話だと思ってるわけ?」


「なんのって……告白だろう」


「なんでそうなるわけ。他に大事なことがあるでしょう」


「何がある。他にお前が告白以外で俺に真剣に向き合うことがある?」


「あんた……菫に私のこと頼まれたりしてない?」


テンはすぐには答えず、彼女を見つめた。


「……あぁ。そういうことね」


「だから今後は気にかけなくて大丈夫だから」


「菫との約束は忘れて」


「わかった。そういうことなら仕方ないね」


「でも、一つ聞いていい?」


「何が聞きたいの」


「菫との約束は忘れてと言ったけど……自分はどうなの?」


「私に何か問題でも?」


「お前……花は好きだけど、愛でるほどではなかったよな? 誰かの口車じゃないの」


「私は……」


フローリストは視線を落とした。


テンは彼女の様子を確かめると、正面から身をずらし、隣を通り抜けるように歩き出した。


「答えなくていいよ」


足を止めることなく、テンは続けた。


「自覚があれば……」


そう言い残し、テンは会場へと向かった。


その途中、一人の女性とすれ違う。


互いに軽く会釈を交わし、そのまま通り過ぎた。


女性は少し先で足を止めると、フローリストのもとへ歩み寄った。


「先輩、今すれ違った人に会釈されたんですけど、知り合いですか?」


「あぁ、昔の知り合いなの」


「先輩の知り合いなんですね。でも、私、どこかで会った気がするんですよね……」


「そうなの。船内で見かけたんじゃない?」


「うーん。そうなのかな……」


女性は首を傾げた。


────

船尾デッキ。


テンから届いたメールを確認したメンバーたちは、それぞれの行動を続けていた。


二次会の案内。


場所は園の下のペントハウス。


返信不要。


出入りの仕方が分からない者は、分かる者に教えてもらえばいい。


姉妹の参加については


メールを確認し終えた者たちは、しばらくすると、自然と柚希と梓のいるテーブル付近へ集まり始めた。


誰かが呼びかけたわけではない。近くにいた者同士が言葉を交わし、そのまま話し込むうちに、次第に人数が増えていく。


柚希と梓も、集まってくる面々に気づいていたが、特に声をかけることはなかった。


やがて、全員が同じテーブルを囲むように集まる。


それを見渡した柚希が、呆れたように口を開いた。


「集まる必要ないから個々で考えなさい」


「折角皆が一つのテーブルに集まったんだから邪険にしなくても良いじゃん。議長」


八雲が軽い調子で返す。


「俺は、そこまで思ってないからね」


すぐさま、別のメンバーが口を挟んだ。


「八雲も言いすぎなんじゃない」


柚希は八雲へ冷たい視線を向けた。


八雲の言葉を聞いた周囲にも、わずかな緊張が走る。


八雲は口を閉ざし、集まった面々を見回した。


そのとき、柚希の携帯端末が通知を告げた。


画面に表示された名前を確認し、柚希はメールを開く。梓も自分の端末に目を落とした。


ジンからだった。


必要なら爺やに送迎を手配してもらう。乗って行くなら人数を確認して連絡してくれ、という内容だった。


「……ジンが送迎を手配してくれるそうよ」


柚希が伝えると、梓が集まった面々へ視線を向けた。


「それなら、利用する人の人数を確認しましょうか」


返事が重なり、乗車を希望する者たちの人数がまとまっていく。


ただ一人、千沙都だけはすぐに答えられなかった。


ジンと共にこの場へ来た親友のことを思えば、すぐに返事はできなかった。


周囲の視線が千沙都へ向く。


「千沙都は乗らないの?」


問いかけに、千沙都はわずかに言葉を詰まらせた。


そのとき、手元の携帯端末が震えた。


テンからの個別メールだった。


『これから麗に会うから、お前のことは上手く伝えておく。気にするな』


千沙都は文面を確認し、端末をしまった。


「……私もお願いするわ」


その返事を受け、梓が乗車人数を確認し直す。


これで、全員の移動手段が決まった。


「そういえばテンの奴、なにしてるんだ」


誰かが口にした。


「同伴者のところに行った」


ナツが答えると、周囲がざわつき始めた。


その最中、船尾デッキの出入口からナギとナミが戻ってきた。その後ろには、唯もいる。


三人に気づいたメンバーの一人が、唯へと目を向けた。


「唯さん。どうやってここに?」


「テンが根回ししてたみたい」


唯が答えた。


唯は集まっているメンバーたちを見渡した。


「皆で集まって、何の話してるのかな?」


すると、メンバーの一人が唯に尋ねた。


「唯さん。テンの同伴者のこと、知ってます?」


「同伴者は……」


唯は言葉を切り、集まっているメンバーたちを見渡した。


「今のテンの同居人よ」


その言葉に、何人かが驚き、千沙都へと視線を向けた。


「千沙都は知ってるの?」


「えーと……私の同僚であり、親友だからね。今回ここに来られたのも、あの子のおかげだし……」


千沙都は苦笑した。


「そうなんだ。で、どんな人なの?」


「素直で元気な人よ」


千沙都はそう答えたものの、向けられる視線に、どこか居心地の悪さを感じていた。


そんな彼女を見て、八雲が口を開く。


「なら、皆で千沙都の親友を拝むとしようぜ」


「いいわよ。万が一、テンに何か言われたら、全部八雲の責任ね」


柚希が即座に返した。


「待ってくれよ。それはマズいって! ただでさえテンには頭が上がらないのに……」


八雲は周囲を見回したが、誰も助けてくれそうにない。


「だったら、もっといい案を出しなさい。誰も一緒に責任を取ってくれないわよ」


柚希にそう言われ、八雲はもう一度周囲を見渡した。


やはり、誰も味方してくれなかった。


「そんなにいじめたら可哀想じゃない」


唯が口を挟むと、八雲はすかさず助けを求めた。


「唯さん、一緒に責任を取ってくれませんか……?」


「ゴメンね。一緒に責任を取るのは嫌かな」


あっさり断られ、八雲は肩を落とした。


「でも、皆が協力してくれるなら、責任は私が取るわよ」


唯はナツに顔を向けた。


「ナツ。本当にテンは同居人のところに行ったのよね?」


「そうらしい。あいつが、こんな嘘をつくと思うか?」


「なら、この場からテンと同伴者の会話を盗撮・盗聴しましょう」


唯は悪びれもせず、そう宣言した。


「柚希とナツを中心に、バレないように作戦を立てて、実行してちょうだい」


さらに、ナギとナミへ視線を向ける。


「ナミとナギも協力するのよ」


「やった! 参加していいの?」


ナミが嬉しそうに声を上げた。


「……面倒くさ」


ナギは露骨に嫌そうな顔をした。


「私は監督官だから、サボる人には容赦しませーん」


唯がそう告げると、柚希とナツを中心に、メンバーたちは作戦の段取りを始めた。



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