連鎖
テンが先に歩いている。
その後ろから、ナツが追いつく。
「何しに来た。」
「感謝を述べてもいいんだぞ。」
「聞きたいことがあるなら、手短にしてくれ。」
ナツはテンの一歩半ほど後ろを歩く。
「お前……海上で死んでなかったんだな。」
「なるほど。」
テンは前を向いたまま続ける。
「あの時の出来事を、VEILに投稿されてたのか。」
「お前はおまけみたいな感じだったのに、知ってる奴らは好き勝手騒いでたぞ。」
「こんな事で倒せるなら苦労しない、とな。」
「これだから僻みは困るよ。」
「で、あの海中を泳いで脱出したとは言わないよな。」
「流石に、サメも呼んだ上に爆発までされたからな……。」
「間一髪と言う所か。」
「となると、潜水艇でも事前に作らせて、船の下に着艦させてたって所か。」
「御名答。」
テンは淡々と答える。
「そればっかりは事前に計画してたとは言え、信じる他なかったからな。」
「そこまでしてやる義理はなかったんじゃないか。」
「そうなんだよな。」
テンは前を向いたまま答える。
「今回、凄くマイナスなんだよな。」
「それに対して、制裁はしたのか。」
「いいや。してない。」
「お前の牙も丸くなったってことか。」
「そうじゃなくて。」
テンは歩きながら続ける。
「今回は、相手方に貸しを作った形なんだよな……。」
「貸しって、そんなレベルの話じゃないだろう。」
「だからマイナスなわけ。」
「心証も悪くなることがあってさ……。」
「……心証は常に悪いから、気にするな。」
「今回は許したけど、次はないから。」
「家族で今一度、話し合っていればいいんだけどね。」
「貸しにした理由がわかった気がするよ。」
二階の船尾デッキ。
先ほどまでとは違い、皆それぞれに過ごしていた。
テンは手摺に固定されたブラックマスクへ歩み寄る。
その後ろから、ナツが追いつく。
テンが固定部分へ手を掛ける。
「湊、八雲。」
ナツが二人に声を掛けた。
二人が振り返る。
周囲を見る。
数人が二人を見たあと、ブラックマスクへ視線を移した。
「……。」
八雲は小さく息を吐く。
湊と八雲は渋々、テンのもとへ向かう。
テンが固定部分を外す。
ブラックマスクが傾く。
湊と八雲が下で受け取る。
テンは残った固定部分を外し、ブラックマスクを下ろした。
そのまま通路へ向かって歩き出す。
ナツもテンの一歩半ほど後ろを歩く。
「お前……同伴者の相手をしなくていいのか。」
「あれ。」
テンが振り返る。
「俺、同伴者を連れてきたこと言ったっけ?」
「俺も今知った。」
ナツは携帯を取り出す。
「ジンから伝言が来たぞ。」
ナツが画面を見せる。
『テンに、同伴者の相手をしろと伝えておけ』
「参ったね。」
テンは画面を見る。
「まだやることあるのに……。」
「船尾デッキの解放は、皆の意見を聞いた上で決める。」
「ピアノも、船尾デッキへ続く道を封鎖してる警備に、そのまま警護させておく。」
「それ以外は、お前から皆に連絡すればどうにかなるだろ。」
「なら、任せるわ。」
テンは会場へ向かう。
ナツは船尾デッキへ戻っていった。
船尾デッキへ戻ったナツは、携帯を取り出す。
先ほどのジンからの伝言を開く。
画面を少し下へ送る。
『ナツへ』
『テンが会場へ向かったら、連絡しろ』
ナツは画面を見つめる。
短く文字を打つ。
『大人しく会場に行ったぞ』
送信。
一拍。
「……こいつら、お互いに信頼し合ってるのか分からないな。」
ナツは小さく呟き、携帯をしまった。
────
会場の一角。
飾られている花へ手を加えている女性がいた。
花の向きを少し変え、全体の見栄えを確かめる。
「問題ないように見えるが、そんなに気になるか。」
ジンが声を掛ける。
「そりゃ、一応仕事で来てますからね。」
女性は花から目を離さずに答えた。
「それより、今後のためにもクライアントになりそうな人を紹介しようか。」
「そんなに気を遣わなくて大丈夫です。」
女性は手を止める。
「既に、クライアントから貴方の庇護を受けていると勘違いが起きてるので。」
「それは……俺のことじゃないだろうな。」
「テンの仕業だろうな。」
「彼が何でそんなことを。」
「それは……。」
ジンは女性を見る。
「形は違えど、少しでもお前達が哀しい思いをしないためじゃないか。」
女性は何も言わない。
そのとき、ジンの携帯が震えた。
画面を見る。
ナツからの返事だった。
ジンは画面を確認すると、携帯を下ろした。
「今の言葉を確認したいなら、これから会場に来るテンに聞いたらいい。」
「そう。」
女性がジンを見る。
「彼が来るのね。」
その表情を見て、ジンは少しだけ間を置いた。
「話しづらいなら、一緒にいてやろうか。」
「来るまでに、クライアントになりそうな相手を紹介することも出来るが……。」
「ありがとう。」
女性は小さく笑った。
「気持ちだけで十分よ。」
一拍。
「貴方は貴方のやるべきことをして。」
「困った時は、叫んででも頼らせてもらうから。」
「そうか。」
ジンは小さく頷く。
「あまり無理はするなよ。」
それだけ言い残し、ジンはその場を離れた。
女性は再び花へ視線を戻す。
しばらく黙ったまま、花の位置を整える。
そして、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「これも、あなたの仕業なの……菫。」




