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深淵 ――視線の先で、世界は静かに狂う  作者: 天冥麟


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舞台


 パーティー当日。


 一台の黒塗りのリムジンが、離れの脇へゆっくりと停車した。


 運転席から降りた執事は玄関前まで歩み寄り、インターホンを押す。


 程なくして扉が開いた。


 姿を現したのは、紺色のドレスを纏った麗と、淡い桃色のドレスを纏った千沙都だった。


 二人を見た執事は、穏やかに微笑む。


「お二人とも、とてもお似合いでございます」


 そう告げると、麗へ視線を向けた。


「やはり、そのドレスをお選びして正解でございました」


「お陰様で」


「ところで、ジンは?」


「ジン様でしたら……車内でお待ちです」


 執事の言葉に頷き、麗は千沙都と共にリムジンへ向かった。


 執事が後部座席のドアを開ける。


 背もたれへ深く身を預け、目を閉じるジンの姿があった。


「……ジン?」


 麗が静かに声を掛ける。


 ゆっくりと目を開いたジンは、小さく息を吐いた。


「何かあったの?」


「……屋敷で、ちょっとな」


 そう言うと、再び目を閉じる。


 麗は小さく首を傾げたものの、それ以上は聞かず、千沙都と並んで車内へ乗り込んだ。


 執事はドアを閉めると運転席へ戻る。


「それでは、出発致します」


 リムジンは滑るように走り出し、豪華客船が停泊する埠頭へ向かった。


  埠頭へ向かう途中、ジンの携帯電話が短く鳴る。


 ゆっくりと目を開き応答すると、二、三言だけ言葉を交わして通話を終えた。


 小さく息を吐き、再び目を閉じる。


 やがてリムジンは、豪華客船が停泊する埠頭へ到着した。


 執事が後部座席のドアを開ける。


 麗と千沙都は先に車を降りた。


 一人車内に残ったジンは、長い髪を手際よく後ろで一つに束ねる。


 バックミラーで身だしなみを確認すると、小さく息を吐き、車を降りた。


「手間を掛けるが、あいつらの事も頼んだ」


「かしこまりました」


 執事は一礼すると、ドアを閉めて運転席へ乗り込む。


 リムジンが走り去るのを見届けると、麗はジンへ視線を向けた。


「……あいつらって?」


「……唯と凛だ」


 その答えを聞いた麗は、小さく頷く。


「そっか。私達が来るんだもの、唯が来ない訳ないか」


 ジンは二人へ向き直る。


「悪い。らしくないとこ見せた」


「気にしてないわ。ねぇ……千沙都」


「そうね。珍しい所が見られてラッキーだったわ」


  三人はターミナルへ足を踏み入れた。


 千沙都は麗へ小さく声を掛ける。


「ねぇ……さっき名前が出てた、凛って人は?」


「私も詳しくは知らないけど、メイドの話では……テンが連れてきた、新しいメイド見習いらしいわ」


「メイド見習いなんだ」


 千沙都が小さく頷く。


 ジンは受付近くのロビーへ向かうと、空いているソファーへ腰を下ろした。


 麗と千沙都も、その隣へ腰を下ろす。


 受付へ向かおうとしないジンへ、麗は小さく首を傾げた。


「受付しないの?」


「招待券は二人分しかない」


 ジンは受付へ視線を向けたまま続ける。


「足りないから待っている」


「そっか……」


 「誰かが入れないのね……」


 ジンは、何も言わなかった。


 何組かの招待客が受付を済ませ、ターミナルの奥へと姿を消していく。


 三人はその様子を眺めながら、静かに待っていた。


 受付の向こう側から、足音が響く。


 足音は次第に大きくなり、三人のいるロビーへ近付いてくる。


 一人の男が姿を現すと、三人の前で立ち止まった。


「ゴメン。待たせたよな」


「あいつは、いたか?」


「あぁ。言われた場所に何とか入れてもらって、厨房へぶち込んできたぜ」


「お前も、いい加減やめた人間を使うのはやめたらどうだ」


「……あいつは、ナツを生け贄にしたのに、自分まで贄になるとは予想外だっただろうな」


 男は苦笑を浮かべる。


「ナツの奴も事情を話したら、厨房で料理しながら連れてこいって言うから困ったぜ」


 やがてジンが口を開いた。


「それより、例のものは持ってきたか」


「あぁ、持ってきたぜ」


 男は麗へ視線を向ける。


「紫のドレスの貴女が……麗さん」


「あぁ、はい」


 男は一枚の紙を差し出した。


「これが招待券になります」


「遅くなってゴメンね」


「料理は一級品だから、楽しんでいってね」


 そう言い残すと、男は受付へ戻っていった。


 ジンはゆっくりと立ち上がる。


「よし。問題も解決したから行くか」


 三人は受付へ向かった。


 受付係は招待券を確認すると、三枚の書類を差し出す。


「ご乗船前に、こちらへのご署名をお願い致します」


 麗は書類へ目を通した。


 一、この招待券は下船時に回収致します。


 一、招待券を紛失された場合、次回以降のご招待をお断りさせて頂きます。


 一、船内で問題が発生した際は、速やかに運営までお申し出下さい。


 三人は順番に署名を済ませ、書類を返した。


「ありがとうございます。それでは、お楽しみ下さい」


 「最後に、こちらをご確認の上、お通り下さい」


 受付係は側に設置された案内板へ手を向ける。


「なお、各階船尾デッキへ繋がる通路は終日立入禁止となっております。船内にも同様の看板が設置されております」


 三人は小さく頷き、受付を後にした。


 ターミナルを抜け、船内へ足を踏み入れる。


 穏やかなBGMが流れる館内では、スタッフ達が招待客を案内し、あちらこちらで談笑が交わされている。


 すれ違う招待客の何人かはジンへ軽く会釈を送り、ジンもまた静かに応えた。


 その様子に倣うように、麗と千沙都も小さく会釈を返しながら歩みを進める。


 やがて、人の出入りが絶えない会場入口が見えてきた。


 談笑を交わしながら会場へ入っていく者もいれば、飲み物を片手に外へ出てくる者の姿もある。


  三人は、その入口へ歩みを進めた。



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