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深淵 ――視線の先で、世界は静かに狂う  作者: 天冥麟


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兆し


 正門を抜ける。


 石柱と鎖が並ぶ歩道を進む。


 千沙都は前を歩く麗へ目を向けた。


 「ねぇ」


 「なによ」


 「皆、何も言わないけど」


 「だから、なに」


 「あなたの事情を聞かれる身にもなってくれるかな」


 「なら、適当に答えれば」


 「あっそ。今の言葉……後悔させてやるからね」


 「……ごめん。言いすぎました」


 「わかればいいわ」


 一拍。


 「同居人には、伝えたの?」


 麗は首を横に振る。


 一拍。


 「なら、そんな顔してても良くならないんだから……普段通りしてなさい」


 「…………」


 「どうせ、連絡しろって言ってもしないんだから……」


 その言葉に、麗は俯く。


 しばらく二人は無言で歩いた。


 先に口を開いたのは千沙都だった。


 「ねぇ……麗」


 「なに」


 「守衛さん、いい人ね」


 麗は小さく頷く。


 「気さくでいい人よ」


 麗の言葉に、千沙都は小さく頷く。


 二人は、正門へ目を向けると…守衛が車の対応をしていた。


 一拍。


 短くクラクションが鳴る。


 守衛の横を抜け、一台の車がこちらへ向かってくる。


 麗は立ち止まった。


 このタイミングで声を掛けてくる相手は……ジンしかいない。


 鞄から鍵を取り出す。


 「千沙都」


 呼ばれた千沙都が振り返る。


 麗は鍵を差し出した。


 「先に行ってて」


 「すぐ行くから」


 千沙都は車へ視線を向ける。


 一拍。


 「わかった」


 鍵を受け取ると、そのまま離れへ向かった。


 麗は車へ向き直る。


 車は、麗の隣につけて停止すると…後部座席の窓がゆっくりと下がる。


 「今、少しいいか?」


 「そうだと思って待ってたんだけど」


 麗は車へ歩み寄る。


 「週末、予定空いてるか?」


 「週末……」


 少し考える。


 「特に予定はないけど」


 「そうか」


 一拍。


 「なら、ドレスは持ってるか?」


 麗は眉をひそめた。


 「持ってる訳ないでしょう」


 「それに、話がみえないんだけど……説明してくれる?」


 ジンは小さく息を吐いた。


 携帯を取り出す。


 何度か画面を操作した後、そのまま麗へ向けた。


 麗の視線が止まる。


 『豪華ディナーの件、忘れんじゃないわよ!』


 『いっーーーーちばん良い所で』


 『ビッーークリする程の店じゃなかったら』


 『許さないんだから』


 『バーーーーカ ヽ(`∧´)ノ』


 一拍。


 「その文面……」


 「送られてきた」


 ジンは携帯を下ろす。


 「伝えるより早いだろう」


 一拍。


 麗は小さく息を吐いた。


 「なるほど」


 一拍。


 「なぁ……」


 麗は首を傾げた。


 「なに……?」


 「後程、離れに行っていいか」


 「なんで来るのよ」


 「屋敷にあるドレスを何点か持って行く」


 「ドレスがないと困るだろう」


 一拍。


 「それとも、自分で新調するのか」


 「…………」


 一拍。


 「わかりました。お願いします」


 ジンは小さく頷いた。


 「わかった。では、後程」


 窓がゆっくりと上がる。


 車が静かに動き出した。




 ジンは窓の外を見たまま口を開いた。


 「先程の一緒にいた女性……」


 一拍。


 執事はバックミラー越しに主を見る。


 「承知しました」


 「確認しておきます」


 ジンは何も言わなかった。


 車はそのまま屋敷へ向かって走っていく。


─────


 車を見送った後、麗は眉をひそめた。


 「忘れてた……」


 離れにはメイドがいる。


 紹介するつもりだった事を思い出し、歩く速度を上げた。


 玄関を抜ける。


 その時だった。


 奥から楽しそうな話し声が聞こえてくる。


 麗は足を止めた。


 一拍。


 声のする方へ目を向ける。


 千沙都とメイド達がテーブルを囲んでいた。


 どうやら既に打ち解けているらしい。


 「おかわりどうですか?」


 「いただきます」


 麗は小さく息を吐いた。


 「お帰りなさいませ」


 先に気付いたメイドが声を掛ける。


 その言葉に千沙都が振り返った。


 「おかえり」


 麗は小さく頷く。


 一拍。


 空いている席へ腰を下ろした。


 「御曹司となんの話だったの?」


 「後でここへ来るらしいわ」


 千沙都は小さく頷く。


 「そう」


 「ドレスを持って」


 一拍。


 「良かったわね」


 「ありがとう」


 千沙都は紅茶を口に運ぶ。


 「当然、私も連れてってくれるわよね」


 「行きたいの?」


 「巻き込まれた身としては」


 一拍。


 「否定はしないけど」


 「私に言われても困るんだけど」


 「じゃあ、御曹司に言えばいいの?」


 「ジンに言えるならどうぞ」


 そのやり取りを聞いていたメイド達が苦笑する。


 その時だった。


 「邪魔するぞ」


 聞き覚えのある声に、麗は振り返った。


 「鍵は、どうしたのよ」


 「鍵など掛かってなかったぞ」


 ジンは室内を見回す。


 「戸締まりはちゃんとしておけ」


 一拍。


 麗は小さく息を吐いた。


 「その台詞、自分の行動を見直してから言ってくれる?」


 ジンは何も答えない。


 その間にも、執事と数名のメイドが運び込んだ荷物を広げていく。


 「では、準備に取り掛かります」


 執事の合図でメイド達が動き始めた。


 一拍。


 「今しばらく待ってくれ」


 ジンはそう言うと、視線を千沙都へ向ける。


 「ところで麗……一緒にいる女性は紹介してくれないのか?」


 「あぁ、そうね」


 麗は千沙都へ手を向けた。


 「こちらは同僚の栗花落千沙都」


 そして今度はジンへ視線を移す。


 「で、こちらが貴女が会いたがっていた御曹司のジンよ」


 「…………」


 ジンは何も言わない。


 千沙都もまた、ジンから視線を逸らさなかった。


 「えっと……邪魔してます」


 先に口を開いたのは千沙都だった。


 「なに二人とも。あまり見ない態度じゃない」


 麗は不思議そうに首を傾げる。


 「ジンに関しては、屋敷に人を入れるのが珍しいからって……言葉も出ないわけ?」


 「あぁ、すまない」


 ジンは小さく笑った。


 「お前の同僚にしては、随分と態度が真逆に見えてな」


 「そう?」


 麗は首を傾げた。


 「ジン様、ドレスの方が準備出来ました」


 執事の声に、全員の視線がそちらへ向く。


 メイド達は手際よく作業を進めていた。


 組み上げられたマネキンへドレスを着せる。


 最後の調整を終えると、一歩下がる。


 「お待たせしました」


 一拍。


 二体のマネキンが並ぶ。


 それぞれ異なる意匠のドレスを纏っていた。


 執事は一体目のドレスへ手を向けた。


 「こちらは落ち着いた雰囲気を意識した一着となっております」


 深い紺色を基調としたドレスだった。


 一拍。


 今度は隣のマネキンへ手を向ける。


 「そして、こちらは華やかさを重視した一着です」


 明るい色合いの生地が目を引く。


 一拍。


 執事は二着のドレスへ視線を向けた。


 「どちらを選ばれても、お似合いかと」


 「……」


 「なに黙ってるのよ、麗」


 「ただ見てただけ」


 一拍。


 「千沙都」


 呼ばれた千沙都がジンへ目を向ける。


 「君は、どちらを選ぶ」


 一拍。


 千沙都は二着のドレスへ視線を向ける。


 「私なら、明るい色の方かな」


 ジンは小さく頷いた。


 一拍。


 「なら、一度着てみるといい」


 千沙都は目を瞬かせる。


 一拍。


 執事が近くのメイドへ視線を向けた。


 「手伝いを頼む」


 「承知しました」


 数名のメイドが前へ出る。


 千沙都はメイド達と共にリビングを後にした。



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