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深淵 ――視線の先で、世界は静かに狂う  作者: 天冥麟


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決意


 空港の自動扉が開く。


 二人の男が外へ出た。


 「結局、飛行機ならもっと早く乗れば良くなかったか」


 「途中から降りる気はないのではと疑っていた」


 「そんな楽しいものじゃなかったよ」


 一拍。


 「主犯達の方がそう思っていただろうな」


 足元のアスファルトに、車の音が重なる。


 そのまま歩き出した二人の前に、一人の男が近づいてきた。


 「お二人さん」


 男が片手を上げる。


 「足がないなら乗っけて行きますよ」


 「暇ついでに寄ってきたか」


 「そんなこと言わずに。安くしておきますよ」


 一拍。


 社長とテンが視線を交わす。


 男は気付かない。


 「そういえばさ」


 男はテンを見る。


 「こっちに出張で来てた人いたじゃないですか」


 社長の視線が止まる。


 テンは動かない。


 男は気付かずに笑う。


 「その人に、ちょっとだけ言ったんですよ」


 「近くにいた危ない連中には気を付けた方がいいって」


 一拍。


 空気が落ちる。


 「……待て」


 社長の声が低くなる。


 男が振り返る。


 「え?」


 「お前、それ誰に言った」


 男は首をかしげる。


 「だから、その出張で来てた人にです」


 社長の表情が固まる。


 テンが小さく息を吐いた。


 「えーと」


 「お前のせいで今バレた」


 男の笑顔が消える。


 「……え?」


 「知ってて一緒にいたんじゃ……」


 社長は額を押さえた。


 男はテンと社長を交互に見る。


 「いや」


 「その」


 「本当に安くしますから」


 一拍。


 テンは男を見る。


 「話す手間が省けてよかったよ」


 一拍。


 「無料で乗れるんだよな……」


 男は何も言えなかった。



──────



 車が走り去っていく。


 二人はそれを見送った。


 一拍。


 「アレでよかったのか」


 テンが言った。


 社長は前を向いたまま答える。


 「お前が言えた義理か……?」


 「遅かれ早かれだろ」


 テンはそれ以上言わなかった。


 視線の先には会社の建物がある。


 社長が歩き出した。


 「行くぞ」


 「はいはい」


 テンが後に続く。


 会社の自動扉が開く。


 テンが先に入った。


 受付の女性達が顔を上げる。


 テンは笑顔で片手を上げた。


 何人かが笑顔で振り返す。


 その直後だった。


 後ろから社長が入ってくる。


 上がっていた手が静かに下りた。


 笑顔だけが残る。


 社長は気にした様子もなく通り過ぎた。


 そのまま奥へ向かった。


 テンが扉を開いた。


 「ただいま」


 何人かが顔を上げる。


 だが、すぐに視線は手元へ戻った。


 部屋の奥で話をしていた秘書が顔を上げる。


 社員に何かを告げると、そのままテンへ歩いてきた。


 テンはそれを見ていた。


 秘書が半歩手前で止まった。


 「お帰りなさい」


 笑みを浮かべる。


 次の瞬間。


 振られた手をテンが避ける。


 テンはそのまま横を抜けた。


 一拍。


 秘書は振った手を下ろした。


 目の前には社長が立っていた。


 一拍。


 「お帰りなさいませ」


 「彼は、何故ここに?」


 「会長の指示だ」


 短い返答だった。


 秘書が口を開きかける。


 「終わった」


 後ろからテンの声が飛んだ。


 秘書が振り返る。


 テンがこちらへ歩いてくる。


 「続きは社長室でしないか」


 「代わりに分かりやすく伝えておいた」


 「気になるなら、本人に直接聞いて」


 一拍。


 テンは社長へ視線を向ける。


─────


 勢いよく扉が開いた。


 「失礼しまーす」


 テンがそのまま部屋へ入っていく。


 一拍遅れて社長が入る。


 開いたままの扉へ手を掛ける。


 静かに閉めた。


 テンはウォーターサーバーへ向かった。


 机の上へ目をやる。


 「どのくらいかかる?」


 社長は書類へ目を落としたまま答えた。


 「三十分……いや、一時間はかからない」


 テンは紙コップを二つ取り、水を注ぐ。


 一つを社長の机へ置いた。


 もう一つを手にソファへ向かう。


 腰を下ろし、一口飲んだ。


 部屋に静かな時間が流れる。


 紙をめくる音だけが響く。


 テンは紙コップを口元へ運び、一口飲んだ。


 そのまま社長へ視線を向ける。


 社長は書類から目を離さない。


 紙をめくる手も止まらない。


 「一つ、聞いてもいいか」


 テンは黙ったまま視線を向ける。


 「……話すつもりか」


 一拍。


 「話さない方がいいと思うか」


 社長は書類をめくる。


 「なら、殴られても仕方がないな」


 「それは覚悟の上だ」


 部屋に静かな時間が戻る。


 紙をめくる音だけが響いた。


 コンコン。


 返事を待たず、扉が開く。


 秘書が真っ直ぐテンの前まで歩いてくる。


 「……やったわね」


 テンは紙コップを口元へ運ぶ。


 「聞いたなら分かるよね」


 「社長の家に泊まりなさいよ」


 テンは社長へ視線を向けた。


 紙をめくる音が止まる。


 「ウチは嫌なんだと」


 社長は手を止める。


 静かに秘書へ視線を向けた。


 「泊めてやってくれ」


 秘書は小さく息を吐いた。


 「……分かりました」


 社長は頷く。


 「仕事は終わったか」


 「はい」


 「なら、晩飯でも行くか」


 秘書が顔を上げる。


 社長は書類へ視線を落としたまま口を開いた。


 「代金はテン持ちだ」


 秘書がテンを見る。


 「もちろん」


─────


 会社を出ると、夜の空気が肌を撫でた。


 「で、どこにする?」


 テンが歩きながら尋ねる。


 「高いところ」


 即答だった。


 「言うと思った」


 その時、一台の黒塗りの車が静かに路肩へ寄った。


 後部座席の扉が開く。


 降りてきた男は三人の前で足を止めた。


 「明日の早朝、お迎えに上がります」


 男は続ける。


 「海上でお会いしたいとのことです」


 「お迎えに上がる場所ですが――」


 男は社長と秘書へ視線を向けた。


 「どちらでも同じですね」


 それだけ告げると、一礼する。


 踵を返し、そのまま車へ乗り込んだ。


 黒塗りの車は静かに走り去っていく。


 テンはその方向を見たまま口を開いた。


 「お前の弟……もっと感情的じゃなかったか」


 秘書が顔をしかめる。


 「お前って言わないで」


 小さく息を吐いた。


 「私だって久しぶりに会って驚いてるんだから」


 「そりゃそうか」



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