岐路
「ご馳走さまでした」
そう満足そうに話す唯。
「さっきから何度言うつもりだ」
「何度感謝してもいいでしょう。こんな機会なんて滅多にないんだから」
「次は、母さんも一緒に来れたらいいな」
「それを言ったら、あの子も含めてね」
「でも、お母さんの事を考えたら…屋敷の方がいいかな」
「屋敷なら、お母さんも周囲に気を遣わずに済むはずだし」
「その時は、料理をあの子にお願いすれば、お店と変わらない味が食べられるし、ワインだって屋敷なら選び放題になるわね」
「ワインが選び放題って…誰がジンを説得させるんだ」
「それは、ねぇ……お父さん。お母さんと私の為に頑張ってね」
「お母さんもワイン好きだし、ワインセラーにはお母さんが気に入るようなワインが沢山あるから頑張りどころよ」
とても楽しみなのか傍から見ても分かるほど笑みを浮かべて話す唯。
「俺じゃなくて、あいつに説得させたらいいんじゃないか」
男の発言に、思考を巡らせたのかみるみる罰の悪そうな表情に変わっていくと…
「あの子は…ダメよ!きっと、私が後で後悔しそうな提案でジンを説得させるかも知れないから…絶対ダメ」
それを聞いて、2人の関係性を疑う男。
「おいおい、まさかと思うが…唯達、仲が悪いのか」
「そんなことないわよ!」
「ただ、ねぇ……。ちょっと私が都合良くあの子を使ったりしてたから仕返しが飛んでくるじゃないかって…」
「…」
「まぁ、唯が昔から何かと頼りにしている事は知っていたが…こちらに来ても相変わらずなのか」
その言葉に黙り込む唯。
「分かったよ。その時は、俺がジンを説得させると約束する」と話す男。
唯は、安心したのか表情が戻ると…最寄りの駅に近くなってきたのか、徐々に人並みも増えてくる。
すると、路上ライブの声も聞こえてくるようになり唯の足並みが少しずつ早くなって行く。
「ねぇ、お父さん。この曲って…NEJWRCよね」
「………………」
「ゴメンなさい。お父さんが曲名を知ってるわけないか……」
「No Echo, Just One Warm Rain Corner」
「えっ……。なんで知ってるの」
「なんでって…俺の暮らす第二の故郷で、あのアーティストのこの曲を知っていたら変なのか」
「世界的に有名だと聞いたが……」
「お父さんが知ってるって事は…おじさんも知ってるわけだよね?」
「……。唯…おじさんって」
「いいじゃない。私にとっては、どんなに偉くなっても…おじさんには変わらないんだから」
「今さら、余所余所しくする方が変だと思わない?きっと、おじさんもそう思うはずだわ…」
二人は通行人の邪魔にならない場所へ寄り、路上ライブの歌声に耳を傾けた。
男はしばらく娘の背中を見つめていたが、不意に念を押すように尋ねた。
「俺が、レストランで言った約束を覚えているか」
娘は前を向いたまま、振り返ろうとはしなかった。
「約束……!? もちろん、覚えているわ」
答えた後、少し間が空き──
「知らない人に付いて行ってはいけません」
同じように、少し間が空き──
「確かに言った。でも、それは子供の頃にな」
唯も男の言葉に納得したのか頷く。すると…次は、ちゃんと答えますと話す。
「困った事が起きたら、周りを見なさい」
唯の何とも言えない発言に…
「様子を見ていたが、唯…いつまでふざけるつもりだ」
「………………」
「覚えているなら、それでいい。決して忘れるな」
「曲も終わっちゃったし…行こうかな」
唯は、歩き出すと振り返り笑顔を見せると
「私は、もう一駅分歩いて帰るね」
「なら、俺も歩くかな…」
「慣れないことして疲れているでしょう。無理しないでお父さん」
「それに、約束…ちゃんと覚えていたでしょう」
「なら、見えなくなるまで見送る分にはいいだろう」
「子供じゃないんだけど…お父さんが、それで納得するならどうぞ」
少しずつ遠ざかって行く娘を静かに見送る男。
次第に姿は小さくなり、辛うじて見えるくらいになる。
唯は、不意に振り向くと未だ自分を見ている男に気付き手を振った。
男も、それに気付き手を振り返すが…
「ここまで、待ってくれたことに感謝するべきか」と呟く。
「気にしないでいい。寧ろ、感謝しないといけないのはこっちだからな」
「美女と一緒に、あんな料理が只で食べれたんだからな」
そう話し、男の背後を取り話す人物。
「女性が一緒だったのか」
背後を取る人物の発言が不思議だったのか手を振り続けたまま、質問する。
「あぁ。残念ながら、連絡先を聞きそびれたが…名前は覚えている。確か、アルシュ(ARCHES)と言ったかな」
ご機嫌なのか、警戒をする様子もなく答える。
(アルシュか…何とも皮肉な名前なのか)
「なぁ、一つ相談なんだが…いいか」
今なら、相談を受け入れてくれると思い背後を取る人物に話を持ちかける。
「娘だけは見逃してくれないか?」
その言葉に、男の背後に突き付けていたものを一段と強く当てられる。
「悪いが…聞けない相談だ。見ての通り、部下達が娘に興味津々でな。あの様子を見れば分かるだろう。残念だが…諦めてくれ」
視線の先では、いつの間にか唯の周囲を数人の男が囲んでいた。
だが、その合間で…助けを求めるような視線が向けられる。
男は手を振るのをやめ、小さく頷いた。
「安心しな。大人しく従えば娘と合流して同じ場所に連れていってやる。だから、指示通り動け」
未だ、突き付けられているものの力は変わらず従うことしか出来なかったが…
「俺は、ちゃんと伝えたからな」
「娘の事か…。強がってるようにしか見えないがな……」
笑い声と共に、言われるがまま移動する。
─────
別地点。
「あんた、何処にいるわけ? こっちに何度もジンから電話が来てるんだけど……」
「…………」
「交渉は失敗みたい。二人とも連れていかれたわよ」
「…………」
「……やりました。それと、忘れられない席をありがとうございました」
「…………」
「呼べるわけないでしょう! あんたに捕まってたんだから!」
「…………」
通話が切れた。
「……本当に、便利な人」




