第9話:『世界平和記念・大有給消化キャンペーン』、全大陸が強制的に連休へ
定時退社を完全にキメて迎えた、ある日の金曜日の朝。
王宮地下四階の『第十三倉庫』には、これまでのような「どこかから送られてきた面倒なトラブル書類」の山はなかった。代わりに、私の机の上には一通の白い封筒がポツンと置かれているだけだった。
「ん? なんだこれ」
私は淹れたてのコーヒーを啜りながら、その封筒を手に取った。
封を開けると、中から出てきたのは王宮総務部からのお伺い書だった。
『――【王宮より:全大陸の平和維持および各組織のホワイト化達成を記念し、来週の一週間を「世界平和記念・強制有給消化期間」とする件について、管理官様の最終決裁を仰ぐ】』
「ほう……?」
私は思わず感心したように息をもらした。
天界の脱税を摘発し、魔王軍を世界一のホワイト企業に仕立て上げ、英雄たちの過労死を防いだ結果、王宮全体が「じゃあ、全大陸で一斉に有給を取らせてバカンスを楽しもうぜ!」という最高に頭のいい(そして社畜の私にとっては夢のような)結論に至ったらしい。
「いやぁ、素晴らしい。素晴らしいぞ王宮総務部」
私は我がことのように喜び、万年筆を手に取った。
これまでの人生(前世含む)で、これほど理にかなった、これほど素晴らしい法案を見たことがない。全員が強制的に休むのだ。つまり、来週の一週間は、誰一人として私に面倒な書類を持ってこないということである。
「これこそ真の『完全週休二日制』の神髄だな」
私は迷うことなく、一番インクの乗ったお気に入りの『完全承認』のハンコを、これ以上ないほど力強くドカンと押した。
さらに備考欄に、私の全霊を込めたメッセージを書き添える。
『――【最終決裁・完全承認】本法案を全面的に支持する。来週の一週間、国王、宰相、神々、魔王、そしてすべての兵士および冒険者に至るまで、一切の例外なく強制有給休暇を取得するものとする。仕事をした奴は全員クビだ。存分に寝ろ』
「よし、完璧だ」
私はその承認書をセレスティアに手渡した。
セレスティアはキラキラと目を輝かせながら、その書類を両手で受け取る。
「あ、アルト様……! これって、つまり私たちも来週は一切お仕事をしなくていいってことですか……!?」
「当たり前だ。有給消化期間中に働いたら法律違反だからな。お前も来週は実家にでも帰って、うまいものでも食べてこい」
「わぁぁぁぁ――っ!! アルト様、ありがとうございますぅぅぅ!! 私、人生で初めての長期連休です……っ!」
セレスティアはその場で嬉し泣きしながら飛び跳ねた。
彼女がその承認書を空へと掲げた瞬間――。
世界首都の空に、まばゆい黄金色の光の文字が描き出された。
『【世界通達:管理官様のご決裁により、来週一週間は全大陸強制有給消化期間となります。すべての王族、神々、魔王、市民は直ちに仕事を放棄し、全力でバカンスを満喫してください。働いた者は不法労働として処罰されます】』
その瞬間、全大陸から凄まじい歓声が上がった。
王宮では大臣たちが「やったー! 休みだぁー!」と書類を投げ捨てて帰宅の途につき、天界では神々が「最高神命令だ! 雲の上でバーベキューをするぞ!」と大はしゃぎし、魔王城では魔王とガストが「全軍、来週はハワイ(※南国の魔界リゾート)へ慰安旅行だ!」と盛大にガッツポーズを決めている。
世界中から戦争や争いの気配が綺麗さっぱり消え去り、あるのは「どこへ遊びに行こうか」という最高に平和なワクワク感だけだった。
「ふう……」
私は大きく背伸びをして、深い溜息をついた。
窓際部署のゴミ溜めから始まったこの世界生活も、気づけば全大陸を巻き込む大騒動になっていたが――まあ、結果オーライというやつだろう。
時計の針を見る。
金曜日の17時00分。
「――よし、定時だ」
私は机の上を綺麗に片付け、コートを羽織った。
来週は一週間まるまる休みだ。家で積読になっていた小説を読むもよし、昼まで寝るもよし、最高の連休が待っている。
「じゃあな、セレスティア。良い休暇を」
「はいっ! アルト様も、ゆっくり休んでくださいね!」
私は軽やかな足取りで、地下倉庫の重い鉄扉を開けた。
背後では世界樹の枝葉が優しく揺れ、世界中が祝福の笑い声に包まれている。
最強の事務処理能力と、無気力な社畜魂を持つ男――アルトの伝説は、こうして「最高にホワイトな一週間」の幕開けとともに、平和な日常へと帰っていくのだった。
(――完?)




