第7話:『神界の確定申告』、最高神の脱税を容赦なく暴く
魔王軍の財務部長ガストが去ってから数日。
王宮地下四階の『第十三倉庫』には、相変わらず平和な(そして相変わらず山積みの)書類仕事の日々が戻っていた。
「……ふう。やっぱり、誰も来ない静かな倉庫が一番落ち着くな」
私は淹れたての緑茶をすすりながら、手元の古い台帳をめくっていた。
定時退社を阻む邪魔者さえ来なければ、ここは最高の職場である。――そう、「来なければ」の話だが。
トントン、と、控えめなノックの音が響いた。
セレスティアがビクッと肩を揺らし、恐る恐る扉を開ける。そこに立っていたのは、いつものパシリ役……ではなく、純白のローブを纏った、いかにも尊大な雰囲気を漂わせる初老の神官だった。
「失礼する。ここが、噂の『記録管理局・第十三倉庫』かね?」
「あ? 誰だお前は。予約なしの来客は受け付けてないぞ」
私が無愛想に言い放つと、神官は不快そうに眉をひそめた。
ほう、と鼻で笑いながら、彼は懐から一通の黄金の封筒を取り出した。
「無礼な男だな。私は天界・最高神殿の『主席監査官』だ。我が神界の神々が納めるべき『信仰税および神力特措法の申告書』を持ってきた。……お前が例の、最近天界や魔界の書類に赤ペンを入れているという無礼者だな」
「ほう、神界の税務申告書、ねえ」
私は紅茶のカップを置き、その黄金の封筒を受け取った。
中身を引き抜き、パラパラと目を通していく。――そして、数秒後。私のこめかみにピキリと怒りの青筋が浮かび上がった。
「なんだこれ……」
「ふっ、驚いたかね? 我ら神々が地上から集めた信仰心の対価として支払うべき税金だ。不備などあろうはずが――」
「あるわボケが!!」
ガチャンッ! と、私は盛大に机を叩いて立ち上がった。
セレスティアが「ひぃっ!?」と小さく悲鳴を上げる。
「な、なんだっていきなり……!」
「これを見ろ! 最高神の年間所得欄、『ゼロ』になってるぞ! お前らのところの最高神様、毎日世界中に奇跡を起こしたり、天変地異の演出したりして莫大な信仰心(=収入)を得てるはずだろ! なんで無収入の無職扱いになってんだよ!」
「っ……! それは、その、神々におかれましては税などという下界の俗物的なものとは無縁であらせられるからして……!」
「脱税だろそれ!!」
前世でも、大企業の経営者や政治家が巧妙な手口で税逃れをするのを見てきたが、まさかファンタジー世界の「神様」が堂々と脱税をしてやがるとは思わなかった。神界の最高権力者が無申告とは、脱税のスケールがデカすぎて逆に清々しいわ。
「さらにここ! 『神域の土地代控除』の項目、実際の面積の十倍の水増し申告になってるぞ! これ、完全に架空経費の計上だろ!」
「ひっ……! なぜそれが……っ!?」
「見ればわかるわ! 経理の基本すらなってない素人が適当にごまかしたような数字だ。ふざけるな、神様だからって税金をごまかせると思うなよ!」
私は怒りに任せて真っ赤なボールペンをつかむと、その神界の確定申告書に、これまでにないほど激しい筆圧でデカデカとバツ印を書いた。
「却下だ! 圧倒的却下!」
ドカン、と倉庫の床が揺れるほどの勢いで『追徴課税および即時再申告命令』のハンコを押す。
そして、震え上がる主席監査官の顔面に、その書類を突きつけた。
『――【神界に対する追徴課税勧告】最高神の所得隠しおよび架空経費の計上を確認。直ちに正しい所得を計算し直し、これまでの未納分を含めた「莫大な追徴課税(+延滞税)」を今すぐ現金……ではなく純金の延べ棒で一括納付しなさい。さもなくば、天界への電力供給……ではなく神力ネットワークの接続を断絶する』
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ――っ!! 神に対する追徴課税だとぉ……っ!? そんなことをすれば天界の財政が破綻してしまいますぅ……っ!」
「知るか! 払うもん払ってから文句を言え!」
私が怒鳴りつけると、主席監査官は恐怖のあまり泡を吹いてその場で気絶した。
私は冷ややかにその巨体を跨ぎ、セレスティアに言った。
「これ、天界の国税庁……じゃなくて神界の会計局に叩き返しておいて。一週間以内に払わなかったら、神様の財産差し押さえの差し止め請求書を送るって伝えてくれ」
「は、はい……っ! かしこまりました……っ!」
セレスティアが震えながらその書類を天に向かって掲げた瞬間、天界の方向から「まさか我々の脱税が見破られるとは……っ! 急いで全財産から税金をかき集めろぉぉぉ!!」という最高神のガチ泣きの悲鳴が響き渡った。
その頃、地上では「神様すらも管理官様の厳しい税務チェックから逃れられない……! なんて公平で美しい世界なんだ……!」と、謎の税制改革に対する賞賛の嵐が巻き起こっていた。
ふう、と息をつき、私は時計に目をやった。
時刻は16時55分。
「よし、今日もいい仕事をした」
私はジャケットを羽織り、脱税者を一喝した爽快感を胸に、定時退社の準備を始めるのだった。




