第2話:『神界の土地利用申請書』、ハンコ一つで即日却下
「あー……肩が凝った」
あれから数日。王宮地下の『第十三倉庫』での業務は、相変わらず平和そのものだった。
俺――アルトは、積み上がった古文書をテキパキと分類し、適当にハンコを押して棚に放り込むという、社畜時代に培った効率化ルーチンを極めていた。
今日も定時――というか、日が完全に沈む前に帰る予定だ。
そんな俺の元に、相変わらず監視役として居座る聖女のセレスティアが、震える手でお茶を運んできた。
「ア、アルト様……また……またすごい書類が届きました……」
「ん? なんだ?」
彼女が差し出してきたのは、見たこともないほど分厚く、禍々しい紫色の光を放つ巻物だった。
表紙には『魔界:第二十六層および第三十層における、人間界・侵略用拠点建設に伴う土地利用申請書』と書かれている。
「……はぁ。また魔王軍か。魔界の連中、そろそろこの書類の書き方を学習しろよ。欄外に飛び出してるし、印鑑の位置もバラバラだ」
俺はため息をつきながら、万年筆を手に取った。
この申請書、要するに「人間界の土地を魔王軍が使いたい」という願い出だ。前世のブラック企業でも、こういう不備だらけの稟議書は山ほどあった。
「あー、ダメダメ。ここの『建設予定地』の項目、都市計画法に抵触してるし、何よりこの地域の『環境影響評価報告書』が添付されてないじゃないか。これじゃあ受理できないな」
俺は迷うことなく、真っ赤なインクでドカンと『書類不備につき却下』という特大のハンコを押し、備考欄に『再提出の際は、環境への配慮を記したマスタープランを添付すること。※期限厳守』と赤ペンで書き入れた。
「はい、処理完了。これ、またファイリングしておいて」
「ひっ……! は、はい……!!」
セレスティアが恐る恐るその巻物を受け取った瞬間――。
ドォォォォォォン……ッ!!
王都を包む結界が、眩いほどの浄化の光を放った。
魔界の方角から、先ほどまで「全軍進撃せよ!」と叫んでいた魔王軍の軍勢が、全員一斉に「あ、アルト様から却下された! 撤退だ! 環境対策の書類を作れ!」と大パニックを起こしながら、慌てて魔界へと帰還していくのが遠目に見えた。
「……全く。忙しいやつらだな」
俺はそんな光景を一瞥もせず、定時になった時計を確認した。
「よし、今日はこれで終わり。セレスティア、お茶ごちそうさん。帰りに寮の近くで温かいスープを買って帰るから、また明日」
「あ、アルト様……っ! ま、待ってください……っ!」
俺は背中越しに手を振り、ルンルン気分で倉庫の扉を開けた。
廊下に出ると、通りかかった第一王子や宰相が、倉庫の扉の前で顔面蒼白になり、ガタガタと震えて平伏していた。
「あ、すみません。通りますよー」
「ひ、ひぃぃぃ……ッ!? 神界の土地利用さえも自在に操る……究極の管理者様が……っ!」
何を言っているんだこいつらは。
俺は心の中で毒づきながら、王宮の出口へと向かった。
……まあいい。誰が何を言おうと、俺の目的はただ一つ。
この完璧なワークライフバランスを、明日も維持することだけだ。
今日も今日とて、定時退社。
窓際事務員アルトの平和な日常は、世界を救いながら続いていく。




