聖女のような女
ヒロインはチョロインではありません。てか、チョロインなんていません。
「あ、修繕の依頼を受けてくれた方ですね!ありがとうございます!」
不意に、透明感のある、明るい声が聞こえてきた。地図から顔を上げると、孤児院の玄関から一人の少女が小走りでこちらに向かってくるところだった。
見惚れるほどに綺麗な金髪を揺らし、泥臭いこの街にはおよそ似つかわしくない、聖廉な雰囲気をまとったとても可愛らしい少女だ。
彼女は俺の前で足を止めると、形の良い唇をきゅっと上げて、ひまわりが咲いたような満面の笑みを向けた。
「本当に助かります。ここ、雨漏りも酷くて子供たちが困っていたんです。来てくれて嬉しいです!」
「あ、は、はい……。雑用ギルドから来ました、トキです……」
俺はいつもの気弱なモブっぽく、縮こまるように頭を下げた。
それと同時に、身体が勝手に反応していた。
(――【言霊記録】。対象、目の前の少女)
思考の海で、パチリとスイッチが切り替わる感覚。ここ一ヶ月でも騙そうとしてくるやつは大勢いた。【虚偽感知】は嘘発見器としてとても優秀だ。人と話すときはとりあえず使うようにしている。
「私はルナと言います。よろしくお願いしますね、トキさん!」
裏表のなさそうな純粋な笑顔を正面から浴びせられ、俺の心臓が嫌な音を立てて跳ね上がる。背中に冷や汗が伝う。彼女に騙されていた事を知ったときから女性の笑顔が少し苦手になったのだ。
「あの、ルナさんは、ここのシスター……か何かなんですか?」
動揺を隠すため、少し探りを入れる。これだけ綺麗な身なりの人間が、なぜ貧民街の孤児院にいる。
ルナは一瞬、あからさまに視線を泳がせ、頬を少し赤くして言った。
「ええと……私は、その……! ここで子供たちの面倒を、その、お仕事の手伝いのようなことをしている身です!」
ピク、と俺の神経が尖る。だが、頭痛も違和感も来ない。
嘘はついていない。おそらく「手伝いをしている」というのは事実なのだろう。だが、自分の正確な素性や身分については、完全に言葉を濁して隠している。
(……ハンスの同類か? 嘘を吐かずに事実だけを並べて煙に巻くタイプか。……いや、ハンスほど老獪には見えないが……何にせよ気味が悪い)
そう自分に言い聞かせなければ、あの異常なまでの『純粋さ』に俺の心が耐えきれなかった。
「……そうですか。じゃあ、さっそく始めます。まずは屋根の瓦からやりますね。結構重いし危ないので、下がっててください」
「あ、それなら私も手伝います! これでも力仕事には自信があるんですよ?」
そう言って、細い腕でぐっと力こぶを作るポーズをとるルナ。
重い瓦の束を運ぼうとする俺を遮るように、彼女はひょいっと、大の男でも顔をしかめるような重量の建築資材を両手で持ち上げてみせた。しかも、涼しい顔で。
「……え?」
思わず素の声が出た。華奢な見た目からは想像もつかない怪力だ。
驚く俺を見て、ルナは少し照れくさそうに、しかし真っ直ぐな目で笑った。
「ふふ、驚きました? 私、『誰かのため』とか『みんなのため』って思うと、すっごく力が湧いてくるんです。だから、子供たちの家を直すためなら、これくらいへっちゃらですよ!」
(――ゾワゾワしない)
【虚偽感知】は嘘だと言ってこない。つまり、今のセリフも100%本心。
お約束の脳筋アピールかと思いきや、本気で「みんなのためならパワーが出る」と信じ込み、実際にその通りの怪力を発揮している。
(……いや、良いやつすぎるだろ。大丈夫か、この女?てか、絶対能力者だろ、怪力系か?)
騙し合いが横行するこの泥泥の街で、こんな「純粋な正義の味方」みたいなマインドで生きていたら、いつか悪い奴に骨までしゃぶられて死ぬぞ。
あまりの善人っぷりに、不信感を通り越して激しい困惑が押し寄せてくる。関わり合いたくない。この眩しすぎる生き物は、俺の精神に有害だ。
「……はぁ。じゃあ、それ、そっちに運んでください……」
俺は彼女から目をそらすように、支給された道具袋を掴んで梯子へと向かった。
お読みいただきありがとうございます。
文字数がどんどん増えていっている今日このごろ。でも、書きたいことをかいているから削れない。切りどころがなかった。皆さんは長いほうがいいですか?短いほうがいいですか?よければコメントください。




