2章の結末
引き金に指をかけた俺は、発動させるかどうか迷っていた。
どんなに醜悪な悪党だろうと、こいつはロイドの父親だ。目の前でその肉体を崩壊させてしまえば、せっかくできた初めての『友達』を、その瞬間に失ってしまうかもしれない。
俺が葛藤の泥に足を取られていた、その時だった。
「――おい、親父。もうやめろ」
ロイドが漆黒の魔剣をドンへと突きつけ、低く鋭い声で遮った。
「俺は、あんたのやり方がずっと気に入らなかった。部下を単なる使い捨ての実験台にして、挙句の果てにはダチまで脅してブツを横取りしようとするなんて……ヘドが出るほどダセェんだよ。……もう引退しろ、親父。これ以上、あんたの醜い強欲に付き合う気はねえ」
実の息子から引退を突きつけられた瞬間、ドンの顔から陶酔したような笑みが消え失せた。 その顔は瞬時に、獣のような、悍ましい怒りと憎悪の形相へと変貌する。
「……何だと? 誰に向かって口を利いている、この出来損ないが! おれの七光りでしかイキがれん無能なガキが、少し魔剣を振り回しただけで調子に乗るな!」
ドンはロイドに向けて、耳を劈くような罵詈雑言をぶちまけた。
「お前など、今日この瞬間から我が組織の人間ではない! 勘当だ! そこにいる薄汚い黒髪のボウズも、あの質屋の老いぼれも、我が組織の総力を挙げて必ず皆殺しにしてやる! 苦しみ抜いて死ね、このゴミ虫どもがぁっ!」
その怒号が響き渡った、直後だった。 ガクッ、と。 それまで圧倒的な武威を放っていたロイドの膝から、突然、すべての力が抜けた。
「あ……が、は……っ!?」
ロイドの口から血が溢れ、漆黒の魔剣が床に転がる。彼はそのまま、糸の切れた人形のように石床へと激しく倒れ込んだ。 全身の筋肉が激しく痙攣しているいる。
(なっ、何が起きた……!? 魔剣のデメリットか?だがハンスの【鑑定】には、こんなデメリットの記載はなかったはずだぞ……!)
脳内がパニックになりかける。 だが、すぐに理解した。これは魔剣の効果による代償ではない。規格外の身体強化の負荷に、ロイドの『生身の肉体』が耐え切れず、限界を超えて自滅したのだ。魔剣の呪いではなく、ただの物理的な副作用。だからこそ、ハンスの鑑定眼すらもすり抜けていたのだ。
「ククク……ハハハハハハハッ! 何だそれは! どこまで行ってもお前は出来損ないだな!」
床に倒れた我が子を見下ろし、ドンは狂ったように高笑いした。 そして、腰からギラギラと輝く剣を抜き放ち、狂気に染まった目でロイドへと歩み寄る。「死ね、ロイド。親に逆らった罰だ。まずは貴様を肉塊に変えてから、そこのボウズをじっくりといたぶって殺してやる」
ドンが剣を振り上げた。
ロイドを本気で殺そうとするその姿を見た瞬間、俺の脳裏から、先ほどまでの迷いや葛藤はすべて消え失せた。
――あいつは、自分の美学を貫いて、俺のために命をかけて戦ってくれた。
――そんなあいつを、ただのゴミのように切り捨てようとするこの男は、もう父親でも何でもない。ただの、害獣だ。
冷徹に、沈黙を守ったまま――脳内でレベル3の引き金を引いた。
「――【虚偽制裁・過積載】」
「が、はっ!? あ、あがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!?」
ドンの口から、この世のものとは思えない絶叫が迸った。
振り上げられた短剣が手から滑り落ち、その肉体がその場で硬直する。
1回目――「お前に期待していた」という嘘。
乗算された激痛が脳味噌を直接沸騰させ、ドンは頭を抱えて悲鳴を上げた。
「ひ、ひぃぃっ! 目が、耳が、何も分からんんんっ!」
2回目――「魔剣を渡すなら手を出したりはしない」という嘘。
五感が一瞬で喪失し、ドンは完全な暗黒の恐怖へと突き落とされる。
「あ、が……ぎゃ、ああああああああっっっ!?」
3回目――「無傷でここから帰してやる」という嘘。
ドンの右腕が、肩の付け根から破裂するように弾け飛び、鮮血が噴水のように舞った。肉体破壊のペナルティ。
そして――4回目。「俺の恩恵の力はわかった」という、最後の嘘。
パンッ、と乾いた音が、ドンの脳内で響いた。
「あ……う、あ……」
白目を剥いたドンは、その場に崩れ落ちるように倒れ込んだ。
口からだらだらと涎を流し、その目は一切の光を失っている。精神崩壊――魂そのものが完全に消滅した、生ける屍。
レベル3の累積ペナルティを一度に叩き込まれた犯罪組織のボスドンは完璧にこの世から魂が消滅させられたのだった。
「……ハァ、ハァ……」
静まり返った広間。俺は激しい息を吐きながら、倒れているロイドの元へと駆け寄った。
2章のボス撃破です。




