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エピローグ:ハンスとトキ

更新が空きすぎて申し訳ないですね。お詫びにかなり長くしました。

side:ハンス


「ったく、あのクソガキはどこで何をしてやがる……」


夜も更けた深夜。俺は店の奥で、明かりも点けずに一人で安物の酒をあおっていた。

ギルドの裏手にあるこの質屋には、昼間はろくでもない悪党や訳ありの客ばかりがやってくる。そんな泥をすするような毎日の中で、最近、一人の奇妙なガキと同居するようになった。

クロサキ トキ。見たこともない奇妙な黒い学生服を着た、武力も持たない、どこか影のあるガキだ


あいつは驚くほど人間を信用していないが、頭の回転は早い。


俺の恩恵【鑑定】は、あいつが持つ固有能力【言霊記録】の存在を見抜いている。

言葉の嘘を暴き、制裁を下す、恐ろしい因果の能力だ。


だが、そんな能力があったところで、あいつ自身の肉体はただの非力な高校生に過ぎない。

最近この街を騒がせている、歪んだ全能感に溺れた殺人鬼――『人斬り』の噂が流れる夜の街へ、あいつは何食わぬ顔で出かけていきやがった。


あいつのことだ、危なくなったら持ち前の悪知恵ですぐに逃げるだろうとは思う。

だが、もし逃げ切れねえような手慣れた奴に捕まったら、戦う術のないあいつは一瞬で終わりだ。


「……心配のしすぎか。あいつはあいつで、ずる賢く立ち回る耳を持ってる」


自分に言い聞かせるように呟くが、胸のざわつきは収まらない。

大人として、あの、嘘を吐こうとして己の能力のペナルティにのたうち回り、それでも俺の『本気の心配』を向けられて動揺していたガキの顔が、どうにも頭から離れないのだ。




――カチャ、と。

店の裏口の鍵が、静かに回る音がした。

俺は一瞬で酒瓶を置き、音もなく立ち上がる。

隙間から差し込む月光の中に現れたのは、酷く疲れ果てた様子のトキだった。


「……トキ、か」


思わず声をかけると、ガキはビクッと肩を揺らし、それから心底嫌そうな、それでいて少しホッとしたような顔でこちらを睨んできた。


「ハンスのオヤジ……起きてたのかよ。悪趣味に待ち伏せなんてするな」


「バカ言え。誰のせいでこんな夜更けまで起きてると思ってやがる」


無事な姿を見て、心の底から安堵が広がっていく。

だが、よく見るとあいつの様子がおかしい。頭を両手で抱えるようにして、まだ少し足元が震えている。おまけに、あの黒い制服は土塗れに汚れていた。

どこかで地面を激しく転げ回ったような汚れ方だ。まさか、誰かに襲われて手酷くやられたのか?

だが、トキはそんな俺の視線に気づくと、小さく溜息をつき、背中にボロ布で不格好に包んでいた長い『何か』を解いて、カウンターの上にドサリと置いた。


布が滑り落ち、中身が露わになる。

その瞬間、俺の肌が粟立った。

それは、漆黒の輝きを放つ一本の不気味な長剣だった。


主を失ったことでその気配は静まり返っているが、放たれるプレッシャーは尋常ではない。

俺の【鑑定】が、その詳細なステータスを脳内に弾き出す。


(なっ……【魔剣創出】の恩恵で生み出された現物……! 間違いねえ、あの『人斬り』の魔剣だ!)


「おいおいおい……嘘だろ……」


俺は驚愕のあまり、言葉を失った。

戦えないはずのガキが、夜中にふらりと出かけて、街を恐怖に陥れていた殺人鬼の魔剣を平然と持ち帰ってきたのだ。

俺は目の前の、まだ頭を押さえて不格好に土を払っている少年を、まるで未知の化け物を見るかのような目で凝視するしかなかった。


「おいおいおい……嘘だろ……」


カウンターの上に置かれた漆黒の長剣を前に、俺の口からはそんな間の抜けた声しか出なかった。

俺の恩恵【鑑定】が、その刀身に刻まれた詳細な情報を脳内に容赦なく叩き込んでくる。


名称:【人斬りの魔剣(変質)】

詳細:【魔剣創出】の恩恵により生み出された現物。製作者の死後、その執念によって破壊不可の性質を獲得。所有者の身体能力を大幅に強化する。ただし、生前に有していた「人間を斬ることで経験値を得て成長する」という呪念は完全に消失している。


物質創造系の恩恵で生み出された武器は、持ち主が死んだ後、ごく稀に確率で現物がこの世に残ることがある。それを俺は知識として知っていた。


つまり、この仕様が適用されているということは、あの街を恐怖に陥れていた殺人鬼は――もうこの世にいない。


俺はごくりと唾を飲み込み、目の前でいまだに不機嫌そうに頭を押さえているガキを見つめた。


「……トキ。これがあるってことは、あの人斬りを、お前が倒したのか?」


トキの持つ【言霊記録】のペナルティを、俺は目の前で見ている。こいつは少しも嘘を吐くことはできない。だからこそ、俺はトキの口から出る言葉に絶対の確信を持っていた。


トキは煩わしそうに耳の後ろを掻きながら、小さく息を吐いた。


「まさか。俺があんな化け物相手に、真正面から戦って勝てるわけないだろ。俺はただ、現場に居合わせて、別の奴と協力して追い詰めただけだ。そうしたら、なんか勝手に死んだ」


あいつの言葉に嘘偽りはない。俺の前にいるガキは、本当にただ事実だけを告げている。

トキ自身には、あの殺人鬼を殺すほどの武力はない。それは俺もよく知っている。だが、あいつの言う「なんか勝手に死んだ」という言葉の裏にある意味を、俺は俺なりの経験から推測し、納得した。


あの『人斬り』は、人を斬れば斬るほど強くなるという、あまりにも強力な恩恵を持っていた。

そういう強力な恩恵には、往々にして使用者を蝕む致命的なデメリットや、限界を超えた時に自滅するような『罠』が仕込まれていることが多い。現に、目の前のトキだって、嘘を吐けば脳を焼かれるような痛みを受けるデメリット持ちだ。


おそらく、トキとその協力者に追い詰められ、焦った人斬りは、その能力の代償か何かに耐え切れなくなって勝手に自滅したのだろう。


「……運が良いんだか、悪いんだか分からねえガキだな、お前は」


俺はふぅ、と大きく溜息をつき、肩の力を抜いた。

なかなか残ることのない物質創造系の遺品、それも呪いが消えて純粋な身体強化能力だけが残った、破壊不可の剣。まともな騎士や高位の冒険者なら、喉から手が出るほど欲しがる最高峰の『業物』だ。


「で? ハンスのオヤジ。それはいくらで買い取ってくれるんだ? 泥まみれになって頭痛に耐えたんだ、高値で買ってくれよ」


トキは現金な目で魔剣を見つめている。


そんなガキに向けて、俺は額に青筋を浮かべながら、カウンターを拳で引っぱたいた。


「バカ言え!! こんなもん、うちの店でまともに買い取れるわけねえだろ! 全財産使ってもこっちが破産するわ!!」


「……え」


トキが初めて、呆然としたように目を丸くした。

いつもお澄まし顔で世界のすべてを疑っているクソガキが、完全に思考停止している。


「勘違いするなよ。そいつはそれだけの大物だってことだ。お前が持ってきたのは、国宝級の、文字通りの『化け物』だ。なぁトキ、いっそのことお前、これを売らずに自分で使ったらどうだ? 破壊不可で身体強化の恩恵付きなんて、持っておいて損はねえぞ」


武力を持たないあいつにとって、これ以上ない護身用になる。そう思っての提案だったが、トキは即座に嫌そうな顔をして首を振った。


「断る。そんな目立つ高価なものを持ち歩きたくない。目をつけられて奪われでもしたら最悪だ。それよりも、俺は金が欲しい」


俺はあご髭をなでながら、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「そうか……よし、まともなルートじゃ扱えねえから、裏のやり方で行こう。この街の地下で開かれてる【裏オークション】ってのを知ってるか?」


「裏オークション……?」


「ああ。まともな市場には出せないような、曰く付きの品が取引される、犯罪組織が仕切ってる闇の競売会だ。そこなら、この魔剣の本当の価値を理解して、喜んで財産を投げ打つイカれた金持ちがいくらでも集まる」


俺はカウンターの上に身を乗り出し、トキの目を真っ直ぐに見据えた。


「お前がどうしてもその剣を金に変えたいってんなら、俺のツテでそのオークションに出品してやる。手数料は引かれるが……上手くいけばお前が当面どころか、死ぬまで、いや、場合によっては死んでも使い切れないぐらいの大金が手に入るかもしれねえ。……どうする?」


トキはしばらく黙って、カウンターの魔剣を見つめていた。

あいつの持つ【言霊記録】の耳は、俺の言葉に打算や騙しがないかを精査しているのだろう。だが、俺はまったく嘘をついてもいないし、不確かな儲けについては()()()()()()()。こいつの能力は明言さえしなければ発動しないのは確認済みだ。


やがて、トキは小さく息を吐き、どこか観念したように肩の力を抜いた。


「……分かった。そのオークションとやらに、これを出品してくれ」


「決まりだ。じゃあ、さっそく手続きの準備を始めるが……その前に一つ言っておく」


俺は声を少し低くし、真剣な眼差しをガキに向けた。


「その裏オークションを運営してるのは、この街の地下を牛耳る本物の犯罪組織だ。出品する以上、お前もその組織の連中と少なからず関わることになる。……絶対に油断するなよ」


「……言われなくても、他人のことなんて最初から1ミリも信じてないさ」


トキはそう言って、いつもの冷徹で、人間不信に満ちた目を覗かせた。

皆さんは前までの話を覚えていますでしょうか?

17話しかないので読み直していただいた方もいますかね?

これからは投稿頻度を落としますが最低月4は投稿⋯⋯できたらいいな


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