男のツンデレに需要はない
「ハァ、ハァ……っ」
静寂を取り戻した路地裏に、ルナの荒い息遣いだけが響いていた。
大剣に体重を預け、その場にへたり込むルナ。いくら加護で強化されていたとはいえ、精神的にも肉体的にも限界だったのだろう。
一方、俺は冷徹に周囲の状況を確認し、足元に転がっている魔剣を拾い上げた。
呪いを吐ききった刃は、先ほどまでの禍々しさが嘘のように静まり返っている。ボロ布に包んで背中に括り付けながら、俺は内心でほくそ笑む。ハンスのオヤジのところへ持っていけば、生活基盤のための良い資金源になるはずだ。
「……トキ、さん」
背後から、弱々しい、けれどどこかホッとしたような声が聞こえた。
振り返ると、ルナがふらつく足取りで立ち上がり、こちらへと一歩ずつ歩み寄ってくるところだった。
その綺麗な瞳には、涙がたまっている。
恐怖から解放された涙ではない。俺が、無事だったことに対する涙だ。
「よ、よかったです……! 本当に、無事で……っ。私、トキさんが巻き込まれて殺されてしまったらどうしようかと、本当に生きた心地がしなくて……っ!」
ルナは俺の目の前まで来ると、躊躇うことなく俺の両手をぎゅっと握りしめてきた。
昼間の泥仕事で汚れた俺の手を、彼女は全く気にすることなく、ただただ愛おしそうに包み込む。
「ありがとうございました。トキさんが、あのとき私を助けてくれたから……私、勝つことができました。本当に……本当に、ありがとうございました……!」
正面から、至近距離でぶつけられる、眩いほどの『光』。
彼女の瞳にも、言葉にも、握られた手の熱にも、裏表なんてこれっぽっちも存在しない。100%の、純粋無垢な善意と感謝。
――ゾワゾワ、しない。
分かっている。分かっているんだ。こいつは本気で俺に感謝している。こいつは嘘をつくような奴ではない。
「あ……、が……」
脳の奥が、嫌な形で粟立つ。
他人の善意や笑顔を一切信じない、信じたくない俺の最大の弱点。能力が『これは真実だ』と強制的に突きつけてくるからこそ、逃げ場がない。猛烈な居心地の悪さと動揺が、俺の全身を駆け巡った。
一刻も早く、この気恥ずかしい状況から逃げ出したかった。
「っ……! 勘違いするな!」
俺は慌ててルナの手を振り払い、ぷいっとそっぽを向いて、早口で言い放った。
「別にお前が心配でここに来たわけじゃない! 俺はただ、夜風に当たりに散歩してただけだ。あいつに石を投げたのも、ただの気まぐれだ。お前のためなんかじゃ――」
――直後。
「あ、がぁっ!?!?!?!?!?」
俺は自分の頭を両手で抱え込み、その場に激しく転がった。
「ト、トキさん!? どうしたんですか!?」
脳の髄に直接、沸騰した鉛を注ぎ込まれたかのような凄まじい衝撃。視界が真っ赤に染まり、あまりの激痛に全身の筋肉が一瞬で硬直して、俺は石畳の上へと激しく転がった。
【因果応報】――自分が吐いた『嘘』に対する、容赦のないペナルティだ。
(クソ、が……っ! 『心配してない』も『散歩』も、全部システムに『嘘』って判定されやがった……っ!)
「ト、トキさん!? どうしたんですか!? トキさん!!」
ルナの悲鳴のような大パニックの声が響くが、返事をする余裕なんて1ミリもない。
本当は、放っておけなくて駆けつけた。
本当は、ルナを助けるために石を投げた。
その本心を隠そうとした不器用な強がりを、世界のルールは絶対に許してくれないらしい。
1章本編完結。
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