〈7.真相〉
「どういうことですか!? 狂言って……?」
衝撃発言から我に返ったミリヤの疑問にレタラは淡々と答えた。
「悪夢の話はカミロって人の悪事を暴くための演技なんですよ。
ディルフィーナさん達はアリシアさんがカミロに殺されたことを知っていた。だけど、証拠が無かったので悪夢の話でカミロを揺さぶって、遺体が埋められている場所を特定したんです」
「おいおい、レタラ。それだとブレンダって嬢ちゃんの件はどうなるんだよ? 他人に特定の夢を見せるなんて、それこそ摩訶不思議な力を持つ道具にでも頼らなきゃ無理じゃねえか?」
「まぁ、やり方次第ではある程度決まった夢を見せる方法もあるでしょうけど、今回はもっと簡単……ブレンダさんもディルフィーナさんやエミリアさんとグルだったのよ」
またもや予想外の発言にミリヤが疑問をぶつける。
「ブレンダさんはカミロって人と浮気関係にあったんですよ。どうしてカミロを裏切ってアリシアさんの事件解決に協力する必要があったんですか?」
「……人殺しっていうのは、相手を見限るのに十分すぎる理由じゃないですか?」
不思議そうに答えるレタラにミリヤは言葉を無くした。
言われてみれば確かにそうだ。
カミロは衝動的に人を殺し、ついでに遺体と一緒にブレンダを放置して、事件の隠蔽までしている。どれも百年の恋も一瞬で醒めるような所業である。
「推測ですが、ブレンダさんは殺人を犯して隠蔽までしたカミロに恐怖を覚えたのでしょう。
疎んでいたとはいえ長年婚約者であった相手を衝動的に殺すような人間ですもの。自分も機嫌を損ねたら、アリシアさんのように殺されるかもしれないと警戒した可能性は高いです。
それにカミロはブレンダさんのことを共犯とみなしていたけれど、実際は殺害直後の現場に居合わせただけ。
そりゃあ、事実が公になれば社会的なダメージを負うでしょうけど、実際に殺したカミロと殺人には関与していないブレンダさんとでは量刑に雲泥の差があります。
その事実にカミロが気づい時、余計なことを言わないよう口封じされる可能性も考えたと思うんです」
カミロに恐怖したブレンダだったが簡単に離れることはできなかっただろう。
下手な行動をすれば、それこそ裏切りを疑われて殺されてしまうかもしれない。
「そこで、ブレンダさんはディルフィーナさんを頼ったんです。
何しろ相手は伯爵令息。少しでも対抗できる手段が欲しかったんでしょう。
ブレンダさんが情状酌量の余地ありとされたのも、事件発覚前に自白していた事が評価されたからだと思います」
「だけどよ、ディルフィーナの嬢ちゃんはブレンダの嬢ちゃんのことを滅茶苦茶嫌ってたんだろう。そんな相手に協力なんてするか?」
「普通はしないでしょうね……でも、アリシアさんが関わっているなら話は別」
彼女を親友として本当に大切に想っていたディルフィーナ。
そんな彼女ならばアリシアが既に殺されていて、しかも、その犯人が捕まりもせずのうのうと過ごしていると聞かされれば無視できないはずだ。
「とは言え、ブレンダさんの話を完全に信じることは出来なかったでしょうし、仮に信じたとしても、ブレンダさん一人の証言だけでカミロを殺人犯として裁くことは難しいです」
遺体が無く、ブレンダの話以外に証拠もない状況では、殺人事件があったと証明することすら困難だ。
最低限どこかに隠されたアリシアを見つけて、殺されたのだと証明する必要があった。
だが……
「遺体の隠蔽に関わらなかったブレンダさんは、伯爵領内の森のどこかにアリシアさんが埋められた、ということしかわからなかった」
仮に侯爵家の権力をフル活用して伯爵領内の森を片っ端から掘り返したとして。
運よくアリシアを発見できれば良いが、見つからなかった場合、伯爵令息に殺人の汚名を着せたとして侯爵家の面子は丸つぶれだ。それ以上の事件の追及も出来なくなってしまうだろう
アリシアを見つけるには、カミロから直接情報を引き出す必要があった。
「それで、アリシアさんの香水瓶を利用してみんなで一芝居打つことにしたんですね。
でも、どうしてそんな面倒な方法を取ったんでしょう? ブレンダさんに聞き出して貰えば良かったんじゃ……」
そちらの方が手っ取り早いし、後々、醜聞もつかずに済むのに。
そう考えるミリヤにレタラは、当時のディルフィーナの心境を推測して語った。
「第一にブレンダさんをそこまで信用しきれなかったのでしょう。
例えば、ブレンダさんの話をそっくりそのまま信じてカミロを糾弾したとして、後から証言を翻されたら困るでしょう?
ブレンダさんに協力させることで彼女が嘘を吐いていないか見極めつつ、より正確で信用できそうな情報が欲しかったんだと思います。
それに、カミロから忘れろと言われている状況でしつこく聞き出そうとすれば、疑われてブレンダさんに危険が及ぶ可能性があります。
嫌っている相手とはいえ流石に殺されるのは忍びないですし、遺体さえ見つかればブレンダさんの証言はカミロを有罪にする切り札となります。何かあってはディルフィーナさんも困ったはずです」
カミロは人気の無い場所で視線を感じて怯えていたらしい。
本人は幽霊かと思っていたが、実際は侯爵家や子爵家の手の者が陰で見張っていたのだろう。
彼がボロを出すその瞬間をずっと。
「ブレンダさんとディルフィーナさん達がグルだったという証拠はあるんでしょか?」
「香水瓶が見せたという悪夢の内容と、アリシアさんは亡くなった時の状況をよく比較してみてください」
(亡くなった時……アリシアさんはカミロと口論になって、突き飛ばされて……)
そこでミリヤは気が付いた。
「アリシアさんは突き飛ばされて頭をぶつけています。それなのに、夢の中では一切そのことにふれていない。
それに、意識が混濁して抵抗できなかったとされているのに、夢では手を外そうと藻掻いていました。」
ミリヤの言葉にレタラは正解だと頷いた。
「夢の内容と実際のアリシアさんの状況には齟齬があります。もし“夢”が本当にアリシアさんの最期を反映したものだったら、こんな事はありえないでしょう。
“夢”は事件現場に居合わせた人物——ブレンダさんから聞いた話を元に創作されたもので、ブレンダさんはアリシアさんが頭をぶつけたことを知らなかった為に、あのような齟齬が生じてしまったと考えれば辻褄が合います」
***
話がひと段落してレタラは一口紅茶を飲んだ。
それを見たミリヤも、せっかく出して貰った紅茶に手を付けていないことに気づいて慌てて頂く。
いままで飲んだことのない味のお茶だ。
渋みが少なくほんのりとした甘みを感じる。花のような優しい香りが心を落ち着かせてくれた。
「数十年前の話が当時の令嬢達によるお芝居ということは納得できたんですが……それでは、今回のご依頼の件はどうなるんでしょう?」
あの香水瓶になんの力も無いとなると、あの貴婦人が嘘を吐いていることになる。
しかし、ミリヤには離れた街に住む貴族が、何故こんな田舎の見習いシスター相手に嘘を吐く必要があるのか理解できない。
「……その貴婦人はシスター・デボラの昔のお知り合いなんでしょう」
ミリヤから「ええっ!」と本日何度目になるかわからない声があがる。
「いくら頼りにされているとはいえ、離れた街に住む貴族の婦人がわざわざ名指しでシスターに頼るのはやはり不自然です。
それに彼女はシスター・デボラなら香水の意味が一発で分かると確信していたのでしょう? シスター・デボラと元々面識があったと考える方が自然です」
「でも、そんな事は一言も言ってませんでしたよ!?」
「詳しいことはわかりませんが、何か面と向かって会えない理由があったのでしょう。
例えば喧嘩別れをしたとか、身分違いの知り合いがいると公に知られたくなかったとか……
ただ、彼女にはどうしてもシスター・デボラに伝えたいメッセージがあった。だから、わざわざ香水瓶の逸話を利用して、彼女にだけ分かる形で伝えようとしたのだと思います」
ミリヤは再び机の香水瓶を見る。
しかし、見た目には何かメッセージが込められているようには思えない。
「伝えたかったメッセージとはいったい……?」
レタラはミリヤに試香紙を差し出した。
表面に小さな青い花の模様が描かれた変わったデザインのもので、先ほどレタラが確認の為につけた香りがまだ漂っていた。
「……香水瓶に入れられていた香水は、“ネモフィラ”という花の香りでした」
ネモフィラは以前、シスター・デボラから教えて貰ったことがある。春頃に咲く小さな青い花だ。
「シスター・デボラは花言葉にも詳しいのですよね?
……ネモフィラの花言葉は『成功』です。きっとその貴婦人は、表立って会いづらいシスター・デボラの病気の治療が成功するように、という気持ちを香水に込めて彼女に贈ろうとしたんでしょう」
それを聞いたミリヤの顔が明るくなった。
「それじゃあ、あの方はシスター・デボラのことを心配してくださってたんですね!」
レタラは穏やかな笑顔を浮かべて頷いた。
「香水瓶は何も言わずそのままシスター・デボラに渡してあげてください。彼女なら誰からの贈り物で、どんな意味が込められているのかすぐにわかるでしょうから。
それに、香水瓶に込められた想いを受け取れば病気の治療にも応じてくれるはずですよ」
ミリヤは何度もレタラにお礼を言うと、今すぐにでも香水瓶をシスター・デボラに届けるべく駆けだしたのだった。




