〈終幕.閉店後のこそこそ話〉
気が付くと、ミリヤは見慣れた修道院と病院を繋ぐ道の途中に立っていた。
自分が飛び込んだ路地を探すも見つからない。まるで、煙のように消えてしまっていた。おまけに、店でそれなりに長く話していたはずなのに、頭上の太陽は路地に飛び込んだ時とまったく同じ位置にある。
あの出来事は最近悩んでいたミリヤが見た白昼夢だったのだろうか?
がっかりして肩を落としかけたミリヤだったが、ふと荷物が増えていることに気づいた。
慌てて確認してみれば、中には香水瓶と青い花の模様が描かれた小さな紙が入っていた。そっと嗅いでみると店で確認した時と同じ香りがまだ残っていた。
「夢じゃなかったんだ!」
そこでふとミリヤはふと頭を傾げた。
「あれ? そう言えばこの香水瓶、割ったりしないように修道院に置いていたはずじゃ……?」
暫く考えこんだミリヤだったが、気のせいだろうと結論付けた。そして、香水瓶を大事に仕舞うと、病院にいる恩師に届けるべく軽やかに歩き出したのだった。
***
静かになった部屋の中に文字を刻む音が響く。
新しく入れ直した紅茶をお供に、レタラが今日聞いたばかりの“物語”を記録しているのだ。業務とはではなく、完全に本人の趣味である。
近くの棚ではレイヴンが石の翼を器用に毛づくろいしている。
どうやっているのかはレタラにもいまいちわからない。
「なあ、レタラ。やっぱり最後のあれはおかしくないか?」
記入がひと段落したタイミングで、せっせと毛づくろい(?)をしていたレイヴンが、納得いかなそうに話しかけてきた。
「あれって?」
「花言葉云々のとこだよ」
すぃーっと飛んで机に着地したレイヴンが器用に翼を振り上げる。
「普通、病気が治るようにって気持ちを込めるなら“希望”とか“健康”とか他にもピッタリのものがあるだろ。手術する訳でもねえのに“成功”はなんかズレてないか?」
妙に鋭い指摘にレタラは額を「うーんっ」を困ったように額を抑える。
「やっぱり、あれはこじつけが過ぎたかしら? 花言葉に『成功』があるのは事実だし、意味としてはかけ離れている訳じゃないからセーフだと思うのだけど」
「こじつけって……じゃあ、本当は別の意味があったのか」
レイヴンは興味津々で身体を乗り出しす。レタラのことをあれこれ言っていた彼だが本人(本鳥?)も同じくらい好奇心旺盛な奴なのだ。
「なんでミリヤって嬢ちゃんに本当のことを教えてやらなかったんだよ?」
「だって、本当のことを言ったらせっかく例の貴婦人が隠そうとしたシスター・デボラの正体に触れなきゃいけなくなっちゃうじゃない」
「正体?」
「えっとね、シスター・デボラはブレンダさんなのよ」
「はぁ?」と存在しないはずの眉を器用にひそめるレイヴンにレタラは説明する。
「香水瓶を預けにきた貴族夫人だけど、噂で聞いただけにしては事件の内容に詳しすぎると思わない?
悪夢の詳細な内容だとか、取り調べでどういう失言をして逮捕にいたったかとか、普通は無関係の人間にあそこまで詳しいことはわからないわよ。
それから香水瓶に関しても、大事なアリシアさんの形見をご家族があっさり手放すなんておかしいと思うの。実際には何の力も宿っていないと知っているなら猶更、手元に大切に置いておくんじゃないかしら」
「なーるほど……つまり、その夫人とやらは詳しい事情を聞ける立場の人間——警察関係者か事件の関係者——の可能性が高い。そんで、香水瓶を所持してたってことは後者の被害者遺族ってとこか」
レタラも同意する。
「彼女は恐らく話に出てきたアリシアさんの妹のエミリアさんだと思うわ。
そして、エミリアさんがわざわざ香水瓶を持ちだして接触しようとしたということはシスター・デボラも同じく事件関係者の可能性が高い。関係者の中で修道院に入ったのはブレンダさんだけよ」
そういえば、ミリヤはシスター・デボラのことを『小さな身体で大男にだって立ち向かう勇敢な女性』と言っていた。小柄なブレンダと条件は一致している。
納得したように頷いていたレイヴンだが、ふとあることに気づいて動きを止めた。
「その貴婦人がエミリア嬢ちゃんなら、さっきの香水瓶そのまま渡させるのはまずかったんじゃないか? まだ恨んでる可能性もあるだろ」
「心配ないわ」
心配するレイヴンをよそにレタラは落ち着いている。
「修道院に入ったブレンダさんがちゃんと反省しているかどうか、ディルフィーナさんやエミリアさんは監視していたと思うの。罪には問われなくとも、アリシアさんの件はブレンダさんにも責任があったのだから」
ブレンダが自分の過ちを顧みないようであれば、ディルフィーナさん達はきっと個人的に罰を与えただろう。
しかし、彼女は修道院で己の過ちと向き合い、贖罪する日々を選んだようだ。シスター・デボラと名前を変えた彼女がこの数十年間をどんなふうに生きてきたのかは、今日会ったミリヤを見ればよくわかる。
「エミリアさんは、シスター・デボラが他人の為に力を尽くし周囲の人々や子どもたちから慕われる人間になったことも……その上で尚『自分なんかの為にお金を使う訳にはいかない』と治療を拒む程、罪の意識を持ち続けていることも知っているのだと思う。だから、彼女にあのネモフィラの香水を贈ったのよ」
「ああ、それだ! 結局あの香水ってどういう意味だったんだよ」
「なんか風情ないわね。少しは自分で調べてみなさいな」
「はぁっ!? ケチらず教えろよ~」
レイヴンの苦情を無視して、レタラは再び記録作業に取り掛かる。
「たくっ……そういや今回の話って“奇譚”扱いでいいのか? 不思議なオカルト話に見えて実は普通に仕掛けがありましたってパターンだろ。あと香水瓶あんまり関係なかったし」
その言葉をレタラは力強く否定した。
「何をいってるの、こんな不思議で珍しい話はないわ!
まず、カミロ。こういう嫌われる行動しかとっていないのに何があっても愛されていると思い込む人間って、いつの時代にもいるけれど、本当に理解できないの。
それから、この時代の人間は身分差を重視しているのに、自分の評判が傷つく危険も厭わずアリシアさんの敵討ちをしたディルフィーナさんも凄いわ。
大抵の生き物は本能で優先順位が決まっているけど、人間は価値観が本当に個々人で違っていてどれだけ聞いていて飽きないの。
そして何よりブレンダさん。シスター・デボラって呼んだ方がいいかしら? あの短期間でこんなに生き方や性格が変わるなんて、それこそ摩訶不思議としか言いようがない!
それらの話を繋ぐきっかけになったのがあのアリシアさんの香水瓶なのだから、とても重要なアイテムと考えても問題ないわ!」
「俺が迂闊だったよ。よくわかったから、ちょっと静かにしてくれ」
一気に捲し立てるレタラにレイヴンの呆れた視線が突き刺さる。
「あんたにとって人間の話は全部“奇譚”みたいなもんだって忘れてたよ。いっそ『奇譚募集中』じゃなくて『話し相手募集中』に張り紙変えた方がいいんじゃないか?」
「いやいや、それだと風情が……それに“物”に関係する奇怪で不思議な話を常に募集してるのは事実でしょう」
「風情っていうけど、『奇譚』の意味が通じなくて結局補足書く羽目になったじゃねぇか。大体……」
今日も数多の道具が眠るその不思議な店には一人と一羽のにぎやかな声がいつまでも響いていた。
“ネモフィラ”
2~3cm程の小ぶりで青い花弁を持つ一年草。
日当たりと風通しの良い土地を好み、春頃に花を咲かせる。
花言葉『どこでも成功』『可憐』『あなたを許す』




