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〈6.見習いシスターの悩み事〉

「……以上が、この香水瓶を預かった方から聞いたお話になります」


 話を終えて、レタラの反応を確認する。


「香水瓶を切っ掛けにして友人や家族の仇を取るとは……やっぱり人間(・・)って凄いのね……とても興味深いお話でした」


 どうやら無事店主を満足させられたようだ。

 ミリヤは内心ほっとしながら話を続けた。


「ここからは現代の話になるのですが、こちらの香水瓶は当初は珍しい逸話を持つ品物として注目されたものの、事件解決後は一切夢を見せることも無く、次第に人々の関心が遠ざかっていったそうです」


 香水瓶を預けてきた貴婦人も偶然入手したそうだ。

 ちょうど彼女が令嬢だった時に起きた事件の為、懐かしさから手元に置いていたが特に何か起きることも無く、結局そのまま普通の香水瓶として使用していたらしい。


「ところが……最近になって、こちらの香水瓶に入れた香水の香りが突然変化したそうなんです。それと同時に不思議な夢を見るようになったとか」

「昔と同じ現象が起きたと……その夢というのは、お話の中のものと同じ悪夢だったんですか?」

「いいえ。詳しい内容は教えて貰えなかったんですが、決して恐ろしい内容ではないから安心して欲しいとおっしゃられてました。

 ただ、実際にそう言った不可解な出来事が起きたことで不安になったのか……うちの修道院のシスター・デボラに、香水瓶を預かってほしいと……香水に込められた想い(・・・・・・・・・・)を読み取って欲しいと言い出されたんです」

「わざわざ、シスターに?」


 レタラとレイヴンは不思議そうに首を傾げる。

 不可解な出来事が起きた際に聖職者に助けを求めるのはよくあることだが、神官ではなくシスターに相談したいと言うのは少々珍しい話だ。


「そのシスター・デボラというのはどんな方なんですか?」

「彼女は私が暮らす修道院に昔からいらっしゃる方で、みんなのリーダー的存在なんです。修道院のことだけでなく、近隣の住人の困り事にも積極的に取り組んでいて、とても頼りにされているんですよ!」


 ミリヤの声色が若干明るくなる。

 浮かべた表情からしても、彼女がそのシスター・デボラを心から慕っていることが見て取れた。


「ミリヤさんはシスター・デボラが大好きなんですね」

「はい! 私、シスター・デボラが管理する孤児院の出身なんです。彼女は忙しい仕事の合間をぬって私達の面倒を見に来てくれました。

 頭がよくて、優しくて、誰かを守る為なら小さな身体で大男にだって立ち向かうようなとても勇敢な女性なんです! ……まぁ、その分、怒るとすごく怖いんですけど」


 幼い頃、危険なことをして叱られた時のことを思い出して苦笑する。

 孤児なんて無視する大人も多い中で、将来の為に良い事と悪い事、危険な事など根気よく教えてくれた彼女には感謝してもしきれない。

 嬉しそうにシスター・デボラについて語っていたミリヤだったが、ふいに顔を曇らせた。


「シスター・デボラは責任感が強くて頼りになる人なので、昔から色々と相談事を受けることが多かったそうです。あの貴婦人もその噂を聞いて、香水瓶のことを解決して貰う為に預けようとしたんだと思うんです。でも……」

「でも?」

「……シスター・デボラはいま病気で入院しているんです。

 本人は自分なんかの為に余計なお金を使う訳にはいかないと、直ぐにでも退院したがっているんですが……お世話になったみんなでお金を出し合って、何とか治療を受けて貰えるよう説得しているところなんです」


 ミリヤにとってシスター・デボラは親同然の存在だ。元気になって欲しいと思うのは当然だろう。


「あの人が香水瓶のことを聞いたら、それこそ治療を後回しにして解決に奔走しようとするかもしれません。

 だから、私が香水瓶が再び“夢”を見せるようになった原因や、伝えたがっている“想い”が何なのかを突き止めて、貴婦人やシスター・デボラを安心させたいんです」


 どうやらこれがミリヤが最初に言っていた『相談したいこと』のようだ。


「修道院のみんなにも事情を話して、自分なりに調べてはみました。

 少し遠かったですけど、事件があった街に実際に行って話を聞いたり、古い新聞や資料が残っていないか探してみたりもしました。

 ですが、事前にお聞きした内容以上のことはわかりませんでした……」


 すっかり手詰まりになったミリヤは、情報通のカフェの給仕からこのお店——骨董サロン・白樺——の噂を聞いて、藁にも縋る気持ちで探し回ったのだ。

 不思議な力が宿った道具のことなら、同じく不思議な店の店主に助言を聞くのが一番ではないかと思って。


「事情は分かりました。いくつか質問があるのですがよろしいでしょうか?」

「勿論です! 私が答えられることであればなんでも」

「香水の香りが変わったということですが、どんな香りかわかりますか?」

「何かの花の香りということしか……預かった時、シスター・デボラなら分かるはずだと言って教えて貰えなかったんです。

 私は香水には詳しくないので、香りだけじゃどんな花かわからなくて……良ければ、実際に確かめてみてください」


 孤児院の出身で、清貧な暮らしをする見習いシスターが香水に詳しくないのは当然だ。

 むしろ、香りだけで分かると断言されたシスター・デボラの方が気になった。


「シスター・デボラは香水に詳しいんですか?」

「どうでしょう? 物知りな方なので知識としては知っているかもしれませんが、本人が香水をつけているところも、持っているところも見たことありません」

「それなら、ご依頼人はどうして彼女なら分かると言ったんでしょう?」


 レタラの疑問にミリヤは誇らしげに答えた。


「それはシスター・デボラが植物、その中でも花にとても詳しいからだと思います!

 花の種類や手入れの仕方は勿論、薬や料理への使い方から、花言葉やちょっとした伝承まで幅広い知識を持っているんです。

 修道院の庭の手入れも彼女が中心に行っていて、珍しい植物も育てていたのでわざわざ遠方から話を聞きに来る人もいたんですよ」


 話を聞いていたレイヴンが関心したように声を上げる。


「そりゃ凄いな。その嬢ちゃん、元は学者か何かの家の生まれか?」


(じょ、嬢ちゃん……?)


「いえ、勉強し出したのは修道院に来てからだって言ってました」


 嬢ちゃん発言に戸惑うミリヤのことは特に気にせず、レタラはマイペースに香水の香りを確認していた。

 試香紙(ムエット)に少量つけて香りを確かめると、何か納得したように一人で頷く。


「ミリヤさん。貴方の望みは“香水瓶が夢を見せた原因を突き止める”ことと、“伝えたがっている想いが何なのか知りたい”でよろしいですね?」

「はい!」


 ミリヤは力強く頷き、縋るようにレタラを見つめる。

 熱い視線に晒されたレタラだったが、特に緊張する様子もなく「うーん」と悩まし気な声を漏らした。


「そうなると少し困ると言いますか……」

「やっぱり原因はわからないのでしょうか……」

「いえ、そもそも原因が存在しないと言うべきでしょうか。何しろ、数十年前に香水瓶が夢を見せたという話は、ディルフィーナさん達による狂言でしょうから」


 レタラが事も無げに言い放った台詞にミリヤ(とついでにレイヴン)は目を見開いて固まった。


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