〈5.自白と悪足掻き〉
行方不明の子爵令嬢が遺体で発見され、その婚約者が逮捕されたというビッグニュースは瞬く間に世間に広がった。
遺体を掘り起こしていた現場を見られているにも関わらず、カミロは事件への関与を否定した。
『あんなところに死体があるなんて知らなかった。掘っていたのは別の理由だ』などと言って無罪を主張するカミロを追いつめたのは、意外にもブレンダだった。彼女が事件当時の事を自白したのだ。
「あの日は……カミロ様とカサンドラ・ローズ公園の薔薇園に行っておりました」
当時カミロとブレンダは親密に過ごしていたものの、流石に学園内で決定的な不貞と思われるような行動は避けていた。
そう言った行為に都合が良かったのが密会に適した薔薇迷宮であり、彼らはそこで逢瀬を重ねていた。
薔薇の垣根のせいで視界が悪いとはいえ、学園から近くいつ知り合いと会うかもわからないような場所。背徳感や高揚感から、そこで二人はこっそり口付けを交わすことが常習化していた。
「あの日も、いつも通りカミロ様と口付けを交わしていました……その瞬間を密かにカミロ様の後をつけてきたらしいアリシア様に見られてしまったのです」
当時のアリシアの衝撃は計り知れない。何しろ大人しかったアリシアが、怒りとショックのあまり勢いそのままカミロとブレンダの前に飛び出すほどのものだったのだから。
「突然現れたアリシア様に、私もカミロ様も驚きました……ただカミロ様はすぐに取り繕って、いつも通りアリシア様を適当な言葉で追い返そうとしました。
それまでのアリシア様でしたら、カミロ様からそう言った態度を取られれば、悲しそうにされながらもすぐに立ち去っておられましたから。ですが、あの日は違いました」
いつもカミロに従順だったはずのアリシアは、彼の言葉を遮り声を震わせながら二人に思いの丈をぶつけた。
これまでカミロの浮気に心を痛めながらも、決定的な瞬間を目撃したことは無かった。だから、どれだけ蔑ろにされてもカミロがいつかまた自分に振り向いてくれるかもしれないという希望を捨てきれなかったこと。
しかし、婚約者でもない相手と情熱的な口付けを交わすところを目撃して目が覚めたこと。
カミロのような男に惚れていた自分が心底愚かだったと気づいたこと。
「カミロ様は耳障りの良い言葉でアリシア様をなだめようとされましたが、アリシア様はそんなカミロ様を一蹴して……最後には何があっても婚約を破棄すると宣言されて、その場から駆け出されました」
流石のカミロも、明らかに普段と様子の違うアリシアに彼女が本気だと悟ったようだ。
近くにいたブレンダを突き飛ばすと、倒れるブレンダには目もくれず『待ってくれアリシア!』『彼女とはただの遊びだ、本気じゃない!』などと言いながら後を追いかけて行ってしまった。
「残された私は暫くの間、茫然としていました。ですが、次第にカミロ様の言葉の意味を理解して、とても怒りを覚えたんです」
散々一緒にアリシアを馬鹿にしておきながら浮気がバレた途端、こちらを切り捨てるようなことを言い出すカミロ。彼は最初からブレンダとは遊びのつもりで責任など取る気など無かったのだろう。
だが、未婚の身で唇まで捧げていたブレンダはいつしか本気で彼と一緒になることを夢見てしまっていたのだ。
「今にして思えば馬鹿な考えでした……でも、あの時はとにかくカミロ様に文句を言って、せっかくアリシア様が婚約を取りやめるとおっしゃっているのだから、責任をとって私を婚約者にするように詰め寄ろうと思ったんです。
なので、私も起き上がって後を追いました。ですが、あそこは迷路のようになっていて、二人を見つけるまでに少し時間が掛かってしまいました」
美しい薔薇の迷路をさまよいながら何とかカミロとアリシアの元に辿り着いたブレンダ。
彼女がそこで見た光景は衝撃的なものだった。
「ようやく二人に追いついた時……カミロ様は地面に倒れたアリシア様に覆いかぶさって何かされているようでした。私からはアリシア様の足しか見えませんでしたが、ピクリとも動いておらず……嫌な予感がして近寄ったんです。
カ、カミロ様は、両手でアリシア様の首を……絞めていました。血走った眼で、傍に居る私にも気づかず、ずっと……」
ブレンダはその小さな手で両腕を握りしめ、身体を震わせながら絞り出すように話す。
「私は咄嗟にカミロ様を揺さぶって正気に戻させようとしました。恐怖と混乱の余りほとんど声が出せませんでしたので……」
話を聞いていた刑事は内心、叫び声を上げなくて正解だっただろうと思った。もし、ブレンダが叫んで人を呼びよせるような真似をしていれば、今度は黙らせる為に彼女の首が絞められていた可能性が高い。
「何度も揺すっていれば、ようやくカミロ様はアリシア様から手を離されました。アリシア様は……まったく動きませんでした。
私には医学の知識も無く、アリシア様をまじまじと見る勇気もありませんでしたが、それでも僅かに見えたアリシア様の首にははっきりと手の痕が残っておりました」
じわじわと事態を飲み込みはじめたブレンダは、頭が真っ白になりながらも医者を呼ばなければと思った。
『は、早く、病院に……お医者様にみせないと』
しかし、カミロは頭を抱えながら『駄目だ!』と制止した。
『もう……死んでいる、手遅れだ』
『そんな……!』
『こ、このことは誰にも知られては駄目だ! もしばれたら俺達は終わりだ!』
焦りからか呼吸を荒くしながらそう言い切ると、カミロは素早く辺りに人がいないことを確認した。
『俺が使えそうなやつを呼んでくる。君はそれまでアリシアが見つからないように見張っててくれ。誰か来そうになったら追い返すんだ!』
『えっ!? ま、待ってくださいカミロ様!』
一方的に言い放つと、追いすがるブレンダを無視してカミロはどこかに走り去ってしまった。
いつ人が来るかもしれない不安の中、動かないアリシアと二人きりで過ごす時間はブレンダにとって地獄だった。
もしかしたら、カミロは自分だけ逃げだしたのかも知れない。
それならば自分もさっさと逃げるか、いっそ警察にでも行くべきだろうか? だけど、本当にカミロが仲間を呼んで戻ってきた場合、逃げたとばれたらどんな目にあわされるか……
逃げる決心も警察に行く勇気も出せないまま、不安と恐怖と疑心をぐるぐると巡らせながらどれほど待っただろう。
永遠にも思える時間は、カミロが数人の粗暴な男達と共に戻ってくるまで続いた。
男達はカミロと何かを話し合うとアリシアの身体を布で包み労働者がよく使用するズタ袋に入れてどこかに運んでいった。
カミロはそれを見届けるとブレンダに『詳しいことは明日また話すから、今日は彼らとも自分とも違う出口からひとりでこっそり帰るんだ』と言い聞かせた。
翌日、ブレンダは怯えながらもカミロからあの後のことを聞いた。
『アリシア様は……?』
『夜のうちに領地にある森の奥に埋めた。領民ですら滅多に入らないような場所だ。絶対に見つからないだろう』
『昨日の方々はどなたですの?』
『以前、街遊びをしている時に知り合った奴らだ。こういう厄介事の対処には慣れているらしい』
カミロは不安そうなブレンダに強く念押しする。
『アリシアのことはもう忘れろ。幸い昨日俺達と彼女が会っていたと知る人間はいない。何を聞かれても知らないふりをするんだ!』
その言葉にブレンダはただ頷くことしかできなかった。
「私が、私がカミロ様に……カミロに近づいたりしなければこんなことには……ごめんなさいアリシア様! ごめんなさい……」
話し終えたブレンダはそのまま泣き崩れた。その涙は、彼女の取り調べが終わった後も止まることは無かったという。
一方、カミロはひたすら罪を逃れようと足掻いた。
彼はブレンダが自白したと知るや否や、あろうことか『ブレンダがアリシアを殺した』と言いだしたのだ。
カミロによれば、自分とブレンダが一緒にいるところを目撃したアリシアは嫉妬のあまりディルフィーナに言いつけてやると言って走り去ったそうだ。
それに焦ったブレンダも彼女を追いかけて行ってしまい、我に返ったカミロは少し遅れて二人を追いかけたが、迷路のせいで見失ってしまった。
ようやく見つけた時には、ブレンダはアリシアの首を絞めて殺害してしまっており、彼女から自分が捕まったらカミロも共犯だと言いふらすと脅されて仕方なく遺体の隠蔽に協力したのだと主張した。
「真実を言わなかったことは本当に申し訳なかったと思います。でも、本当に俺は殺していない! むしろ婚約者を殺された被害者だ!」
必死に訴えるカミロだったが、話を聞く刑事の顔は一切変わらなかった。
「貴方の言い分はわかりました。ただ、ブレンダ嬢は女性の中でも小柄で非力な方ですよね? そんな人物が同じ女性とはいえ人を素手で殺めるのは難しいのでは?」
明らかにこちらの話を信じる気がなさそうな刑事の態度に、カミロは顔を赤くしながら、さらに言い募った。
「あの時、アリシアは頭を打って意識が無い状態だったんだ! 非力なブレンダでも十分殺せたはずだ!」
カミロの発言に刑事の表情が僅かに崩れた。
確かに検視結果によれば、アリシアの後頭部には生前何かに強くぶつけたと思われる外傷が残っていた。
かなり深い傷で、直接の死因が絞殺による窒息でもその前の打撲の時点でかなりのダメージを負っていただろうと推測されている。
「確かにアリシア嬢の頭部には外傷がありました。かなり深い傷のようなので、意識が混濁して抵抗できなかった可能性は高いでしょう」
「そうだ! それで動けないアリシアをあの女は卑怯にも絞め殺して」
「……何故、アリシア嬢が頭を打ったと知っていたんですか?」
「へっ?」と困惑するカミロに刑事は冷静に問いかける。
「アリシア嬢の頭部に打撲痕があったことは、まだ一般には公表されていない情報なんです。
ブレンダ嬢が首を絞めているタイミングで合流した貴方が、どうしてその前にアリシア嬢が頭をぶつけていたと知っているんですか?」
刑事の言葉に己の失言を悟ったカミロはみるみる顔を青ざめていく。
「それは……アリシアの遺体を処分する時に頭に怪我をしているのを見たからです! それで、先に頭をぶつけて、それから絞殺したんだと思って」
「“処分”ですか。ご自分の婚約者に対して随分な物言いをされますね」
「た、ただの言葉の綾だろう!」
何とか誤魔化そうとするカミロに刑事はさらに畳みかけた。
「ところで、アリシア嬢のご遺体ですがね。屍蝋化という大変珍しい状態になっていたんですよ」
「シロウカ? なんだそれは……」
「アリシア嬢は亡くなってから数か月は経っているというのに生前とほとんど変わらない姿をしていたでしょう? あれは屍蝋化といって、特定の環境下起こるで遺体が腐敗せず蝋や石鹸のような状態になる現象なんですよ」
屍蝋化した遺体は外傷が残りやすい。
アリシアの身体にも事件当時の痕跡がはっきりと残されていた。
「アリシア嬢の首には犯人が両手で絞めた時の痕がはっきりと残っていました。その痕は小柄なブレンダ嬢の手よりもはるかに大きいものでしたよ。ちょうど、貴方くらいのサイズのね」
「まさか……そんなことが……」
「さて、先ほど貴方はブレンダ嬢がアリシア嬢の首を絞めていたと証言しましたが、それは遺体に残る手の痕で否定されました。
それで、次はどうします? 自分と同じ大きさの手を持つ第三者がアリシア嬢を絞め殺したとでも言いますか?」
そう刑事に追いつめられたカミロは、とうとう観念してアリシアを殺したことを認めた。
あの日、走り去ったアリシアになんとか追いついたカミロは彼女を説得しようとした。
散々浮気を繰り返していたカミロだったが、アリシアとの婚約を解消するつもりなど毛頭なかった。今更新しい婚約者を探すのは大変だし、疎ましいと思っていたアリシアの聡明さも結婚して仕事を押し付けられる相手……と考えたら好都合に思えた。
それに何よりアリシアには侯爵令嬢ディルフィーナとの繋がりがあった。
ディルフィーナがこちらを嫌っていることには薄々気づいていたが、アリシアがカミロにべた惚れな以上、下手に手は出せないと高を括っていた。それどころか、結婚したらアリシアをだししてディルフィーナ、ひいては侯爵家から何か便宜を図ってもらえないかとすら考えていたのだ。
しかし、アリシアがカミロを見限ったとなれば話は別だ。
不貞が原因の婚約破棄となれば、伯爵家側が慰謝料を払わなければならなくなるかもしれない。さらに、アリシアの婚約者で無くなれば、ディルフィーナがカミロに遠慮する理由はなくなる。彼女ならば、嬉々としてこれまでの報いを受けさせようとしてくるだろうとカミロは予想した。
兎にも角にも、婚約破棄や解消だけは避けなければならない。
その一心でアリシアを説得するカミロだったが、目が覚めたアリシアはまったく耳を貸さなかった。
完全に自業自得でしかなかったが、傲慢に慣れ切ったカミロはすぐに言うことを聞かないアリシアに怒りを覚え……気づけば彼女を激しく突き飛ばしていた。
倒れた先には運悪く石かレンガがあったようで、アリシアは強く頭を打ち付けた。
カミロもこれには動揺してアリシアに恐る恐る呼びかけたのだが、倒れて動けない彼女と目が合った瞬間、その瞳に自分を責める気配を感じてしまった。
実際のところ、意識が混濁していたアリシアがそこまではっきりと意図を持ってカミロを見たのかはわからない。
だが、取り返しのつかない大怪我を負わせてしまったことに加え、もはやアリシアの心を取り戻すことは不可能だと察してしまったカミロは、すっかり恐慌状態に陥いり(アリシアに告げ口されてはまずい)という考えに取り憑かれて衝動的に彼女の首を絞めてしまった。
ブレンダに揺すられて正気に戻った時には、アリシアは既にこと切れていたそうだ。
遺体を埋めた協力者は、カミロが遊びの中で知り合った街のならず者達だった。
彼は表向きは(女子生徒とイチャつく以外)普通の貴族令息として過ごしていたが、裏では女遊びを切っ掛けにどんどん他の悪い遊びを覚えており、その過程で質の悪い連中とも繋がるようになっていたのだ。
以前から『消したい奴がいれば、金さえ払えば殺ってやるよ』などと言われていた為、アリシアの事件の隠蔽を依頼したそうだ。
彼らは事情を理解すると手慣れた手つきでアリシアの遺体を運び出した。身なりの良いカミロが運んでいれば目立っただろうが、労働者風の彼らが汚いズタ袋を運んでいたところで、人々の記憶には残らなかったようだ。
そうして、一旦目立たないところに遺体を隠すと、その日の夜には用意した金品と引き換えに指定した森の奥に埋めてくれたらしい。
当時のカミロは運が良かった。
衝動的な犯行だったにもかかわらず、目撃者は誰も居なかった。
学園内で多少白い目で見られたものの、まさかアリシアが殺されているとは誰も思わず、疑われることも無かった。
隠蔽に協力したならず者達は引き際を見極められるのが上手い連中だったらしく、貴族のスキャンダルに関わったと察するとそれ以上巻き込まれないよう、報酬を貰ってすぐに姿を消した。
余りに順風満帆過ぎて、始めのうちは警戒していたカミロも一ヶ月、二ヶ月と過ぎるうちに段々気が緩んでいった。
婚約者がいなくなってしまったのは痛手だが、気がかりだったディルフィーナもアリシアのことに夢中でこちらに構う様子はない。男性の自分は令嬢ほど婚期がシビアではないし、アリシアの件が世間から忘れ去られた頃に新しい婚約者を探せばよい。
そう楽観的に考えていた。
——ブレンダが、香水瓶に入れていた香水の香りが突然変化して、おかしな夢を見るようになったと騒ぎ立てるまでは——
***
カミロは子爵令嬢殺害及び遺体遺棄の罪で投獄された。
身勝手な犯行動機に加えて事件を隠蔽しようとしたこと、ブレンダに罪を擦り付けようとしたことなどから、反省の色が見えないとして、かなり重い罰が課せられた。
実家の伯爵も子爵家に多額の賠償金を支払うことを命じられた。さらに、身内から殺人者を出したことで評判を落とし、社交界から締め出された。
結局そこからズルズルと没落して最終的には爵位を返上することとなり、カミロの帰る場所は永遠に失われた。
一方、ブレンダは厳しく叱咤されたものの直接殺害には関わっていなかったことが認められ、罪には問われなかった。遺体の隠蔽に関しても自白したことに加えて、爵位が高く腕力も強い男性のカミロに非力な男爵令嬢のブレンダが逆らえなかったのは理解ができ、情状酌量の余地ありと判断されたそうだ。
ただし、こんなことをしでかした後では社交界に復帰することもどこかに嫁ぐことも出来ない。事件後のブレンダはどこかの修道院に入り、殺されたアリシアの冥福を祈ることになったそうだ。
こうしてアリシア子爵令嬢失踪事件は幕を下ろした。
事件解決後、アリシアの香水瓶は夢を見せることは無くなったが、珍しい逸話のある品物として様々な蒐集家の手を渡り歩くことになったとかなんとか……




