〈4.そして、秘密は暴かれて〉
エミリアはその日以降も同じ夢を見続けたらしい。
日に日に顔色が悪くなっていく。ただ、それは悪夢を見たからだけではないようだ。
「あれはきっとお姉様だわ……私にはわかる。お姉様はきっともう……」
姉を思い涙を流すエミリア。
そんな彼女を空気もよまずに叱咤する男がいた。
「エミリア、おかしな妄言を吐くのは止めろ! 無責任な噂のせいでこっちは迷惑を掛けられているんだぞ!」
『アリシアが実は殺されているのではないか』という疑惑が広まった結果、学園内でいつもアリシアを邪険にしていたカミロに疑いの目が向くようになっていたのだ。
「ただでさえアリシアが家出だかなんだかして迷惑しているのに、姉妹揃って忌々しい!
ブレンダが渡した香水瓶が原因だっていうなら俺が処分してやるからさっさと寄こせ!」
「止めてください! 嫌っ、誰か!」
「このっ!」
カミロはエミリアに掴みかかり、強引に香水瓶を奪おうをする。さらに、姉の持ち物を奪われまいと必死に抵抗するエミリアに激高して殴ろうとまでした。
「何をしているの無礼者!」
カミロの凶行を止めたのはディルフィーナだった。
格上の令嬢の登場に、小さく舌打ちしながらもエミリアを離すと取り繕うように笑った。
「ごきげんよう、ディルフィーナ嬢。これは……婚約者の家族が貴族令嬢として相応しくない振舞いをしていたので、少々躾けていただけですよ」
「まぁ、年下の淑女を殴ることが伯爵家流の躾けですって! 随分独特のやり方ですこと。今度、お父様やお母様にもご存じだったか聞いてみようかしら」
カミロは顔色を悪くする。そんなことをされれば、伯爵家自体が日常的に女性に暴力を振るう乱暴者だと思われてしまう。
「い、いえ。今回は少々やりすぎてしまいました。エミリア嬢も申し訳なかった。ただ、俺もアリシアのことがとても心配だったので、不謹慎な噂に怒りを覚えてついやりすぎてしまったんです」
誤魔化すように適当なことを言うカミロに、ディルフィーナは冷たい視線を送り、手で追い払うしぐさをする。
「エミリアを躾ける前に、まずご自身が貴族令息として相応しい振る舞いを身に着けることね。アリシアやエミリアの物を勝手に奪うなんてもってのほかよ。
少なくとも私達は泥棒を有耶無耶にするつもりはありませんから」
そう告げるディルフィーナと彼女の傍で震えながらもキッと睨みつけて頷くエミリアに、カミロは一瞬顔をしかめたものの大人しく去っていった。
「怪我はないエミリア? 駆けつけるのが遅くなってごめんなさい」
「平気です。助けていただきありがとうございます、ディルフィーナ様」
ようやく身体の震えが止まったエミリアに安堵した後、ディルフィーナは改めて顔を引き締めた。
「ねぇ、エミリア。アリシアの香水瓶だけど、私が預かっては駄目かしら?」
「えっ?」
「カミロは諦めた様子では無かったし、また何らかの方法で貴方から香水瓶を奪って処分しようとするかもしれないわ。腐っても伯爵令息のあの男に子爵令嬢の貴方では対応が難しいでしょう? 私相手ならば無理矢理取り上げたり、盗む事は出来ないはずよ」
ディルフィーナの言葉にエミリアは迷う素振りを見せる。
「ですが、あの香水瓶を持ち帰ってから恐ろしい夢を見るようになったのは事実です。その様な物をディルフィーナ様にお預けする訳には」
「アリシアの夢かもしれないのでしょう? 私も知りたいの、あの子に何があったのか!」
エミリアに止められてもディルフィーナは一歩も引かず、きっぱりと告げる。
「もしその夢がアリシアが最期に遺した記憶なのだとしたら……あの子の身に何が起きたのか知るヒントが得られるかもしれないわ。お願いエミリア、カミロに証拠を消されない為にも、私にその香水瓶を預けてちょうだい」
そう真剣にお願いするディルフィーナに、とうとうエミリアも折れて『決して無理はしないでください』と念を押して香水瓶を預けた。
——ディルフィーナが香水瓶を預かった日の夜、予想通り彼女もまた夢を見た——
内容は事前にエミリアから聞いていたものも同じだったらしい。
覚悟していた為か、叫んで飛び起きる事は無かったものの、メイド達によれば翌朝の顔色は悪かったそうだ。
翌日の学園にて、ディルフィーナはエミリアや自分と同じくアリシアのことを心配していた友人達と夢の内容について話し合った。
「夢の中の薔薇園、見覚えがあったわ。多分、カサンドラ・ローズ公園のものだと思うの」
カサンドラ・ローズ公園とは学園から少し足をのばしたところにある公園で、園内にある薔薇の迷路が有名だ。
背の高い薔薇の垣根に阻まれ視認性が低いその迷路は、よく恋人達の秘密の逢瀬に利用されている。
「なるほど。カサンドラ・ローズ公園の薔薇迷宮なら、何か事件が起きても目撃される可能は低いですわね」
「ええ。それで私、薔薇迷宮を調べてみようと思いますの」
アリシアが行方不明になってから既に三ヶ月以上が過ぎている。証拠らしい証拠は失われている可能性が高いが何、もせずにはいられない。
そんな決意をあらわにするディルフィーナをカミロは物陰から忌々しそうに睨みつけていた。
その顔には隠しきれない焦りが滲んでいる。
ディルフィーナ達に見つかる前にその場を離れたカミロは不機嫌さを隠しながらブレンダの元に向かう。
いつも通り寮母には適当な理由をつけて、男性の出入りを咎める者は実家の権力や賄賂で黙らせて女学生寮にあるブレンダの部屋に入る。
部屋では相変わらずブレンダが引きこもっていたが、カミロの姿を見るな否や怯えたように縋り付いてきた。
「あぁ、カミロ様、助けてくださいカミロ様! あの女がまた夢に出てきたんです! 香水瓶はあいつらに返したのにしつこく何度も何度も……」
そう言って泣きじゃくるブレンダを慰めもせず、カミロは苛立ち気に言い放った。
「ブレンダ! 何故あの香水瓶をディルフィーナ達に渡したんだ。そのせいで面倒なことになったんだぞ!」
「そんな……『香水が夢を見せるなんてオカルトじみたことありえない。気にし過ぎだ』とおっしゃったのはカミロ様ではありませんか!
ですから私、あの事を忘れられるようにと、あの女に香水瓶を押し付けたんですのよ!」
カミロは言葉に詰まる。確かに最初にブレンダから話を聞いた時は、彼女があの事で過敏になって気が滅入っているだけだとまともに相手しなかった。
まさか、香水瓶を手にした人間が次々同じ夢を見るなんて現象が起きるとは思ってもみなかった。
(いまはまだカサンドラ・ローズ公園までしか気づかれていないが、その先はまずい!)
焦って黙り込むカミロの様子に、ブレンダはますます不安を募らせたようで、再度カミロに問いかけた。
「ねぇ、カミロ様。本当にしっかり隠したんですよね? もし見つかったりしたら、私達、終わりなのでしょう?」
「……っ、勿論だ! 領内の森の奥深くにしっかり埋めた! そう簡単に見つかるものか!」
「ですが、森の中では獣が掘り返してしまうかもしれません! それに……ディルフィーナは目敏い女です。何度も夢を見るうちに、どこの森に埋められたのか気づいてしまうかもしれないわ……」
青ざめながら訴えるブレンダの言葉に、カミロもどんどん不安が募ってくる。
「だが、今更どうすれば!」
「……カミロ様、埋めた場所はわかりますの?」
「ああ、万が一掘り返す必要が出た時の為に、行き方や場所は記憶している」
「でしたら……いっそ別の場所に移動してはいかがでしょう? あの夢があの直後の記憶を反映したものなら……今から場所を変えれば、誤魔化せるかもしれませんわ!」
ブレンダの提案にカミロは眉間に皺を寄せて考える。
「しかし、掘り起こして移動させるのはデメリットも大きい。下手に触らない方が良いんじゃないか?」
「……ディルフィーナは侯爵令嬢です。その気になれば、家の権力を使って強引に伯爵領中の森を掘り返せてしまうのではありませんか? せめて、もっと場所が特定できないような場所に移すべきです」
「まさか! いくら侯爵家とはいえ、そんな横暴出来るわけが……」
口では否定しながらもカミロの中ではっきりと不安が形作られていく。
再び泣き出したブレンダを構う余裕もなく、カミロは悩んだまま彼女の部屋を後にした。
(ブレンダはああ言っていたが、大丈夫……そう簡単に見つかる訳がない)
そう自分に言い聞かせるカミロだったが、不意に視線を感じて身体を強ばらせた。
「だ、誰だ!」
辺りを見渡すも人影は無い。まるで、幽霊にでも見られていたかのようだ。
考えたくもないのに、アリシアが最期に見せた、自分を責めるような目が脳裏に浮かび、誰もいない中庭でカミロは一人身体を震わせた。
***
ブレンダと話した週末、夜明け前からカミロは大きなシャベルを持って、一人森の奥へと向かっていた。
まだ使用人ですら、起床していない時間帯だ。こんな時間にこそこそ出歩くなど、まともな貴族令息ならまずやらないだろう。どう見てもやましい事情のある人間の行動である。
(なんで俺がこんなことしなければいけないんだ。それもこれも、全部アリシアが悪いんだ!!)
ブツブツと悪態をつきながら、カミロは目印にしていた木の近くまでやってきた。
「ここで間違いないな……クソっ! アリシアがあんな風に騒いだりしなければ、こんな面倒な事にはならなかったのに。アリシアが……」
静かな森の中にカミロの文句と、地面を掘り起こす音が響く。
そうして暫く待っていれば、掘られた地面から布につつまれた人間サイズの塊が出てきた。
労働とは別の汗を流しながら恐る恐る中身を確認したカミロは、叫び声をあげて腰を抜かした。
「なんで……!?」
次の瞬間、カミロの視界が眩しい光に覆われた。
同時に複数人の男性が木陰や茂みから姿を見せる。眩しかったのは彼らが点けた灯りのせいだったようだ。
「だ、誰だお前たち!」
そこに居たのは複数の警察官。それから、見覚えのある若い男性と中年男性の姿だった。
「お前達はアリシアの……!?」
そこに居たのは、今にもカミロを八つ裂きにしそうな、憎悪に満ちた目で睨むアリシアの父親と兄だった。
その視線の恐ろしさに固まるカミロには何も言わず、彼らは他の先ほどカミロが掘った穴へと駆け寄る。
「や、止めろ!!!」
ハッとして二人を止めようとしたカミロだったが、残った警察官に邪魔をされた。そうこうしているうちに、地中を覗き込んだ父親と兄は表情を一転させて悲痛な声を上げた。
「ああっ、アリシア! こんなところにいたのか!」
「アリシア! アリシア! やっと見つけてやれた……」
膝をついて悲嘆にくれる彼らの視線の先には、失踪した当時とまったく変わらない姿をしたアリシアの亡骸が埋まっていた。




