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〈1.来店〉

 見習いシスターのミリヤは、入院中の恩師シスター・デボラの元へお見舞いに向かう途中で、見慣れない路地を見つけた。


『どこかの路地を抜けた先に、その“お店”はあるんですって』


 噂好きのカフェ給仕が話していた事を思い出したミリヤは、すぐさまその路地に飛び込んだ。

 昔から、後先考えない行動力だけは人一倍だと言われていたのだ。

 石造りの階段を上がったり下がったりして、古いアーチを潜り抜ける。

 そうやって暫くの間、人気のない狭い路地をひたすら進み続ければ、やがてその先に開けた空間が見えた。


 ミリヤは気がつくと見知らぬ門の前に立っていた。


 白い鴉の石像が飾られたその門の先には、何やら建物がある。ミリヤはこの近くの孤児院で育ってきたが、こんな場所は今まで見たことが無い。

 取り合えず挨拶しながら開かれた門の先へ入ってみれば、そこには白い樹皮を持つ木——白樺(しらかば)——が植えられた庭と、同じく白い外装をした一軒の店があった。

 掛けられた看板には、店名らしき文字が書かれている。


 “骨董サロン・白樺”


 小走りで駆け寄ってみれば、扉のには一枚の紙が貼られている。


『“物”にまつわる奇譚(奇妙なお話、不思議な物語)募集中! ご相談も受付けます』


 妙に達筆な手書きの文字で書かれたその文章に、ミリヤは息を飲んだ。

 間違いない。この店こそ、ここ最近ミリヤが探し回っていた、噂でしか聞いた事のない幻の店だ。


 骨董品が数多く眠っているとされるその店では、お喋り好きの店主がいつでも“物にまつわる奇譚”を募集しているとされている。

 そして、披露した物語が店主の興味を引くものだったら、お礼に語り手の悩み事解決に力を貸して貰えるのだとか……


「そんなところに突っ立てないで入りなよ、嬢ちゃん」


 突然、後ろから声を掛けられてミリヤは飛び上がった。

 若い青年のようにも、壮年の男性のようにも聞こえる不思議な声に驚き振り向いてみるも、そこに人の姿はない。


 代わりにあったのは、先ほど門に置かれていたはずの鴉の石像だ。


(誰が移動させたの?)


 そう疑問に思った次の瞬間。鴉は石でできた硬い翼を本物の鳥のように広げて飛び上がった。


「この店に来れた時点で、あんたは立派なオキャクサマだ。遠慮するな」


 そう言いながら、ポカンとしているミリヤの頭上を軽々飛び越えると、店の屋根に取り付けられた小窓——恐らく彼の為に用意された出入口だろう——に飛び込んでいく。


「おーい、レタラ。来客だぞ。修道服の嬢ちゃんが外で待ってる」


 中からはそんな鴉の声が聞こえてくる。


 普通ならあり得ないはずの光景に驚きつつも、不思議と心の中で(このお店ではこれが普通なんだわ)と目の前の出来事を受け入れたミリヤは、鴉の声に導かれるように店内へと足を踏み入れた。


***


「失礼します……」


 店の中は噂通り“物”で溢れかえっていた。

 修道院で普段使っているような日用品から、立派な宝石の付いた装飾品、紐を蜘蛛の巣のように編み込んだ飾りと言った用途がよくわからない品物まで、その種類は多岐に渡る。


「いらっしゃいませ!」


 恐る恐る店内を見渡していたミリヤを出迎えてくれたのは一人の少女だった。


 真っ白な髪に深い緑色の瞳。決して派手ではないが目を離せなくなる魅力を持つ美しい娘だ。

 年齢はミリヤと同じ十代後半くらいに見えるのだが、何故だか一瞬自分よりはるかに年上の人間と話しているような錯覚に陥った。


「レイヴン……先ほどの鴉が話していたお客様ですね? こちらへどうぞ!」

「あ、ありがとうございます」


 促されるままソファに腰を下ろす。


「初めまして。店主のレタラと申します。ここ最近来てくださるお客様がいらっしゃらなかったので嬉しいです! あっ、お飲み物は紅茶でよろしいですか?」


 そう言って店主が自らテキパキと紅茶を入れた。


「私が昔、暮らしていた国の紅茶なんですけど、少し変わってるんですよ」


 茶葉の心地よい香りが気持ちを落ち着かせてくれる。


「どうぞごゆっくりしていってください。ここで多少時間を過ごしてもちゃんと元の時間(・・・・)に戻れますから……って、すみません。私ばかり話してしまって」

「客が来たからってはしゃぎ過ぎなんだよ。勢いそのまま何も話させずに帰らせる気かよ」


 慌てるレタラに呆れたように突っ込むレイヴンと呼ばれた鴉。

 親しげな一人と一羽の様子に、孤児院の子ども達のやり取りを思い出して、自然と肩の力が抜けた。


「こちらこそ、突然お邪魔して申し訳ありません。私はこの近くの修道院で見習いシスターをしているミリヤと申します。

 その……こちらのお店では珍しい不思議な話を募集していて、その話が気に入って貰えたら、悩み事の相談に乗っていただけると噂で耳にしたのですが本当でしょうか?」

「奇譚募集のことですね? 勿論、本当ですよ!」


 奇譚を話しに来たと知って、レタラは期待に満ちた笑顔を浮かべた。


「仕事の関係で奇譚を集めている面もありますけど、私はそれ以上に誰かからお話を聞くことが大好きなんです! 面白かったり、興味深いお話をしてくださった方には当然お礼もします」

「ちなみに、興味引けたら~とか言われてるけど、レタラは他人から聞く話には大抵喰いつく奴だからな。あんまり気負わなくていいぞ」


 「むしろ興味を持たない話をする方が難しいくらいだ」とレイブンが横から補足する。お陰でミリヤの緊張も少しほぐれた。


「でしたら、是非聞いて欲しいお話があるんです……私がご相談したいこととも関係しています」

「まぁ。是非聞かせてくださいな!」


 レタラから許可を貰ったミリヤは、大事そうに抱えていた荷物の中から小さな“香水瓶”を取り出した。

 ガラス製で百合の意匠が施されたその香水瓶は、多少古さを感じるもの綺麗に磨かれており、大切に扱われていたことが伺える。

 見やすいように机に置けば、中の香水がかすかに揺れた。


「こちらは、とある貴族のご婦人がわざわざ離れた街から、うちの修道院まで預けに来られたものなんです」


 レタラは興味津々な表情で香水瓶を見つめる。

 まるで絵本の読み聞かせを待つ子どものようで少し和んだものの、すぐにこれからする話がホラー寄り且つ、気分の良い内容では無いことを思い出して、若干いたたまれない気持ちになった。


「これからお話するのは、その貴婦人から聞いた数十年前、実際にあった出来事だそうです。少し長くなってしまうのですが……」


 かくしてミリヤは“香水瓶が見せた夢が、迷宮入りしかけた事件を解決に導いた物語”を語り始めた。

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