四、会議は巡る、堂々と
とまあ、こんな具合でますます解決が遠のいてしまい、僕たちはすっかり頭を抱えてしまった。外ならぬ北署の方でも、事件の矛先がまたややこしいほうへ向いたのには困り果てているという。
「幽霊のくれた赤ん坊、かあ。なかなか風情があるな、こいつは」
「笑い事じゃないよぉ。これじゃ卒業まで、おばさんには頭が上がらないよ」
呑気に笑う波さんへ愚痴を垂れると、僕は寝ている赤ん坊の顔を指で軽くつついた。ほんのりと甘い、牛乳のような香りが伝わってきて、いくらか怒りも薄れる。
「こっちの大変なのも知らんで、よう寝とる。まあ、この子に責任はあらへんし、恨むのはお門違いやけれど……」
「ケド、そうなるといったい、僕らはどこを目当てに動けばいいんでしょうネ」
英さんの言葉に、それが問題や……と若旦那はガックリうなだれる。思いがけない爆弾の落ちた日の夕方、僕たちは若旦那の家へ集まり、今後の方策を話し合うことになった。さすがに連日預けっぱなしでは悪いから、赤ん坊も伴っての集会である。
「若旦那、例の二枚、見比べていいか?」
波さんの手へ、それぞれをコピーしたものが渡る。一枚は警察から提供された、ドライブレコーダーからの切り抜き。そしてもう一枚は、店長が保管していた「平和」のアルバイト・荒本美子の履歴書の証明写真である。この二つは、どこからどう見ても同じ人物にしか見えない。
普通ならこれで大当たり、というところだが、そこへ実に悲劇的なものが割り込んでくる。ちょうど一年前に彼女の実家から届いた、荒本美子の死去と葬儀の日取りを伝えるハガキである。店長によると、荒本さんは宇治の大きな食品会社のご令嬢で、一個人の葬儀にしては非常に規模が大きかった、と当時のことを話してくれた。
「しかしまさか、そんないいとこのお嬢さんとはなあ。もっと他にいいバイト先、あったんじゃないのか?」
「僕もその辺が気になったんやけどな。店長さんがご家族から聞いた話じゃ、なまじ身元がエエ分、それを知られてチヤホヤされるのが嫌やったらしくてな。そういうのを避けようとして、消去法で雀荘に決めたそうや」
「あ、なるほど……」
納得がいったのか、波さんはふたたび写真の方へと目を落とした。そして、
「やっぱり、同じ人にしか見えないなあ」
彼のつぶやきに、隣にいた英さんもそうですネェ、としきりに頷く。
「美子さんは車道で転んだ子供をかばって、トラックに跳ねられて亡うなったそうや。ほかならぬ店長さんが、呼ばれて宇治まで通夜へ出向いとるからこれは確実やね」
「ますますもって、奇妙な話になって来たな。そっくりな人は世の中に三人ぐらいいるって言うけど、いくらなんでもこれは偶然が過ぎるぜ」
波さんの言葉に、ほんとよぉ、と若旦那は嘆息する。
「それこそ、怪談話だと思った方がよっぽど収まりがよさそうデスね。――まあ、若旦那はそうお考えではないようだケド」
英さんが顔を向けると、若旦那は煙草代わりの飴玉を懐から出し、包みをはがしているところだった。赤ん坊優先の禁煙生活が、かなり板についてきている。そのまましばらく、若旦那は頬を動かして飴をしゃぶっていたが、
「一年経つってことは、そろそろ一周忌と違うか?」
その呟きに波さんが、そういやそうだけど……と反応する。
「荒本家ってのは結構太いウチや。そうなりゃ確実に、一周忌だって親戚縁者が集まろうというもんよ。ひょっとすると、ゆかりある店長のところへ案内が来ていてもおかしくない――つーのは、僕の買いかぶりすぎかな?」
全面的な肯定も出来ないが、わざわざアルバイト先へ通夜の知らせを出してくれた家なのを考えると、あからさまに否定も出来ない。話も煮詰まって来たので、僕が持参したコーヒーサイフォンで淹れたモカを味わっていると、廊下に置かれた黒電話の音がこちらへも伝わって来た。
「――どーせ間違い電話やろ。ふた番違いの歯医者があって、ようそこへの電話が来るんよ」
「いや、どうもそうじゃあないらしいぜ?」
波さんの予想が当たり、かろやかな足音と共に、例のご友人がひょっくりと姿を見せた。なんでも、若旦那へ店長から電話がかかってきているのだという。もしや……という表情のまま若旦那は廊下へ出て、しばらく店長と何やら話し合っていた。が、そのうちに、
「――おっかない偶然があるもんやな。冗談が現実になりおった」
「じゃ、届いたのか」
客間のソファへ持たれてモカを飲んでいた波さんに、若旦那は黙って頷く。なんでも、宇治
「店長さんに無理言って、ついていかせてもらうことにしたわ。――ごめんやけど、しばらく留守にするよって、坊やのこと頼んだで」
「あ、うん……」
そこで話が終わると、あとはご友人が持ってきてくれたお茶菓子などをつまみ、ゆったりとしたひと時が過ぎた。若旦那が店長と共に宇治へ、荒本美子の一周忌へ顔を出したのは、それから四日ののちのことだった。




