最果ての村のディーター
ルリユール〈Langue de chat〉は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。
結局、村の柵の強化はされるという。
書籍発売日が決定しました! お知らせはあとがきにあります。
460最果ての村のディーター
ディーターはリグハーヴス公爵領の最果ての村に住んでいる。
最果ての村というのは冒険者が便宜上そう呼んでいるだけで、正式な名前ではない。
〈黒き森〉に行く道程での最後にあるから、そう呼ばれるようになったらしい。
ハイエルンに暮らす人狼は〈黒き森〉の中に村を作っているが、平原族には無理がある。
ディーターはこの村で生まれた。先祖がリグハーヴス開拓団の一員だったので、村では古株扱いだ。
村の中に両親と兄一家が暮らす実家があるが、ディーターは兄の結婚に合わせて家を出て、一人暮らしをしていた。実に、半年ほど前までは。
昨年の終わり、雪が降る頃やってきた旅人が、降雪のために移動が出来なくなり、ディーターの家で冬を越したのだ。
そして、彼は今もディーターと暮らしている。
「ディーター、俺畑を耕してくるから」
納屋から持ってきた鍬を持った青年が、玄関の扉を開けて言った。銀色の髪が筋のように混じる黒毛の人狼で、ディーターよりも幾つか年下だ。
大抵機嫌が良さそうに尻尾をゆらゆら揺らしている彼は、ゼラフという名前で漂泊の民だった。
リグハーヴスの村は、自給自足に近い。村の畑以外にも、どの家も家庭菜園を持っている。
ゼラフは春から畑仕事をするのを楽しみにしていて、冬の間雪で押しつぶされて硬くなった畑を耕すつもりなのだ。
「ああ。俺もナイフを研いだら行くよ」
「おう」
にかっと笑ったゼラフが、ひらひらと片手を振って扉を閉めて行った。
漂泊の民というと定住せずに旅を続ける一族なのだが、ゼラフは知り合いがリグハーヴスに定住していると知って、会いに来たという。
昨年はゼラフがこの村に着いてすぐに雪が降ったので、まだその知り合いとやらに会いに行けていないのだが、ゼラフの知り合いとは十中八九、森番小屋にいるクレフとハシェ兄弟の事だろう。
森番小屋の管理人はヘルマンという採掘族の青年だが、彼の実家もこの村にある。ヘルマンの父親に頼まれて森番小屋に荷物を届けた際に、ディーターはクレフとハシェに会っていた。あの兄弟も漂泊の民だった。
リグハーヴス公爵領の住人は元々が各地から集められた開拓団から始まっているので、漂泊の民の事も人狼としか思っていない節がある。
しかし、土地によっては迫害されたりする一族が漂泊の民なのだ。
穢れを集めるというような迷信があるのだが、リグハーヴス公爵領では、漂泊の民の定住を認めている。
大魔法使いエンデュミオンが、「そういった事実はない」と否定したからに他ならない。
「よいしょっと」
ディーターは桶に水を張り、棚から砥石を取り出した。仕事用のナイフの他、台所から包丁を持って来ようとしたディーターは、勢いよく開いた扉にびくっとしてしまった。
「ディーター!」
「うわっ、何だ!?」
外に出て行ったばかりのゼラフが、居間に入ってくるなりディーターの腕を掴む。
「あんた何かしたのか?」
「はあ?」
「竜騎士が来たぞ。しかも黒い騎士服の。村長の家でディーターの名前を言っているのが聞こえた」
「や、竜騎士なんて知らんが?」
ディーターは思い切り眉根を寄せて困惑してしまった。
黒い騎士服は王族の筈だ。心当たりがなさすぎる。ディーターは王都に行った事もないのだ。
とりあえず状況が解らないので、ゼラフと家の外に出てみる。
村の古株であるディーターの実家は村長の家の近くにあるのだが、後から建てたディーターの家は村の外れにある。
二人揃って視力は良いので、村の中心の方を眺める。
村の中では大きい村長の家の扉が開いていて、村長と息子が黒い騎士服を着た竜騎士と、その足元に居るケットシーと話しているのが見えた。竜騎士の肩に翡翠色の小さな竜が乗っている。
竜騎士が村長に何か包みを渡していた。和やかな雰囲気である。村長の息子がこちらを向いて、指差すのが見えた。ぺこりとお辞儀をして、竜騎士とケットシーがこちらに向かってきた。
「おお、ンガガルとンガガロに聞いた通りの男だな」
ケットシーがディーターを見上げて、黄緑色の目を輝かせた。灰色で虎縞のあるケットシーだった。ディーターはケットシーの言う名前に心当たりがあった。
「ンガガルとンガガロというと、アナグマの靴磨きの妖精か?」
「そうだ。あの子たちがディーターの村に猪が下りてくるという話を聞いていてな」
「それなら、冒険者ギルド経由で護符が手に入った」
「その素材を錬金術師に用意したのはエンデュミオンだぞ」
「は?」
「ええと、護符作りの錬金術師グラッツェルを支援しているのは、このエンデュミオンなんです」
何故エンデュミオンが素材を用意したのか解らないディーターに、エンデュミオンの隣にいた若い竜騎士が言った。珍しい漆黒の髪に、焦げ茶色の瞳だ。
「初めまして。準竜騎士の塔ノ守孝宏とエンデュミオンです。この木竜はグリューネヴァルトです。本業はリグハーヴスの街にある〈Langue de chat〉っていうルリユールの店員をやっています。黒い騎士服ですけど、王族じゃないので安心してください」
「ンガガルとンガガロは、〈Langue de chat〉の一員だ」
「ああ、そういう繋がりで……」
〈Langue de chat〉の誰かと契約しているのかと、ディーターは納得した。隣にいたゼラフがエンデュミオンの前にしゃがみ込んだ。わくわくした顔で話し掛ける。
「エンデュミオンって、あのエンデュミオンなのか?」
「そのエンデュミオンだな。漂泊の民とは珍しいな。クレフとハシェに会いに来たのか?」
「やっぱりあの二人はリグハーヴスにいるんだな」
「もう少し地面が乾いたら、〈黒き森〉の森番小屋に行けば会えるだろう。ディーターに案内してもらえばいい」
「うん。有難う」
勢いよくゼラフが尻尾を左右に振る。
「それをわざわざ知らせに来てくれたのか?」
「いや他にも用事があってな。村長一家にも以前世話になったから礼を言いたかったんだ。ディーターにもまだ話がある」
ふん、とエンデュミオンが鼻を鳴らした。
「長くなりそうなら、中に入ってくれ。お茶くらい淹れるぞ」
「有難う」
「有難うございます」
「ゼラフも一緒に来てくれ」
「解った」
ゼラフが硬い畑に突き刺したままだった鍬を持って戻ってきてから、皆で家の中に入った。
ディーターの家のテーブルには椅子が四つあるので、丁度良かった。エンデュミオンには高さが足りないので、ソファーからクッションを取って座面に置いた。
ゼラフが台所にお茶を淹れに行く。ディーターもテーブルの上に広げていた、桶や砥石を台所に移動させた。
ゼラフが台所にある、扉付きの棚を覗き込んで唸る。
「うーん、菓子はないな」
ディーターもゼラフも、あまり菓子の作り方を知らない。甘い物といえば果実のジャムくらいだ。
「菓子ならあるからいいぞ。菓子皿だけくれ」と、居間からエンデュミオンの声がする。言われた通りにディーターが皿を持って行けば、テーブルに紙袋が置いてあった。
「〈Langue de chat〉で出しているクッキーだ。元々ディーターに渡そうと思っていたものだから遠慮なく貰ってくれ」
「それは有難う」
両手に乗るくらいの大きさの茶色い紙袋には、ずしりとした重さを感じる程に色々なクッキーが入っていた。有難く、皿に一種類ずつ並べてみる。
「お待たせー」
台所からゼラフが、青地に白い花模様のぽってりとしたティーポットとカップをお盆に載せて運んで来た。
ディーターの好みが色も味も濃いお茶なので、ミルクピッチャーもテーブルに置かれる。
「有難う」
お茶をカップに注いでくれたゼラフに礼を言い、孝宏が自分とエンデュミオンのカップにミルクを注ぐ。
「それで話とはなんだろうか」
「この村は一番〈黒き森〉と山に近い割に、村を囲む柵が古いだろう? 猪が下りてきたらすぐ突破されそうじゃないか」
肉球でカップの温度を確かめていたエンデュミオンが顔を上げた。
「確かにその通りだが、定期的に護符は交換しているぞ」
「護符も大切だが、もしもの時があるだろう。それでディーターと相性が合えば、頑丈な柵を作ってくれるし、夜中でも猪を捕獲してくれるモノがいるんだがどうだろうか」
モノ、という言い方に少々不安が募る。ディーターは艶々とした毛並みのケットシーをじっとりと見詰めた。
「……合法か?」
「エンデュミオンをなんだと思っているんだ。合法だ。多分」
「多分かよ!」
「うちにもいるから大丈夫だ! 基本的に愛玩植物だから、自分の飼い主には従順なんだ」
「植物なのに飼い主ってなんだよ!?」
「大丈夫だ、可愛いから!」
そういう問題ではない。
「エンデュミオンが言う愛玩植物ってなんなの?」
ゼラフがミルクティーを飲んでにこにこしている孝宏に訊く。濁すエンデュミオンよりも、孝宏に訊いた方が早いと思ったのだろう。
「可愛いですよ。見ますか?」
孝宏が肩から下げていた、蓋つきの布鞄をぱかりと開けた。ディーターたちから見えない位置で何かを取り出し、テーブルの上に載せる。
「キュウ!」
テーブルの上に鎮座したのは、エンデュミオンの半分弱の大きさをした、黄色の花を頭に咲かせたカニンヒェンプーカだった。しかしよく見ると身体は木で肢や尻尾は木の根で出来ている。赤い瞳は丸く煌めいているが、木の実か魔石か解らない質感だ。
ディーターは自分の頬が引きつるのを感じた。これはマンドラゴラだ。しかも鳴いた。
「……鳴いたが」
「鳴くぞ? カニンヒェンプーカに擬態しているマンドラゴラだからな。カニンヒェンプーカと鳴き声は違うが」
違う、そうじゃない。
「真顔で言わないでくれないか!? マンドラゴラを抜いたら死ぬだろうが!」
「土から出ている個体は安全だぞ。危害を加えようとしない限りはな。毎日の綺麗な水と、時々欲しがる属性のクズ魔石をやればいいから」
「この子の寝床は植木鉢でいいのかな?」
ディーターとは異なり、ゼラフはカニンヒェンプーカ型のマンドラゴラの前肢に見える根を、指先でちょいちょいと触っている。ぺし、とマンドラゴラがゼラフの指に前肢を乗せた。
「室内なら寝床は植木鉢だな。夏場ならいいが、冬は外には出せないぞ」
「植物だもんねえ。ディーター、この子可愛いよ」
「物欲しそうな顔で見るな、ゼラフ」
マンドラゴラは物凄い危険物なのだ。そんな「飼いたい!」という眼差しで見られても困る。
「キュウ?」
可愛い声を出して頭を傾げるカニンヒェンプーカ型マンドラゴラは、確かに愛らしい。
「マンドラゴラがいると、畑仕事を手伝ってくれますし、防犯面も安心ですよ。強いんで!」
孝宏からも謎の推薦が始まる。
「木属性と地属性があるので、固い地面もふかふかに耕してくれます」
「よし、飼おう!」
リグハーヴスでその能力は得難いものがある。迷う気持ちを是の方向に振り切るくらいの決定打だ。
エンデュミオンが声を出さずに笑う。エンデュミオンとしては、最初からディーターにマンドラゴラを押し付ける気だったのだろう。
「じゃあ、この子に名前を付けてやってくれ」
「そうだな……ルティルトにしよう」
「キュウ!」
黄色い花を上下に振ってマンドラゴラが返事をし、跳ねるようにディーターの前に来て、前肢の木の根で手に触れて来た。動きがまるでカニンヒェンプーカだ。
「よろしくな、ルティルト」
「キュ!」
「ルティルトに頼めば木の柵を強化してくれるし、畑も耕してくれるぞ。たまに珍しい植物を勝手に植えたりするが容赦してやれ。大体が薬草だったりするから、増えてきたらルティルトに聞いて薬草師に売れるぞ」
なんだ、その臨時収入源は。
「あと、村の人達にルティルトの花を覚えてもらって、土に植わっている時に抜かないように注意するくらいですかね? 見れば他の花と違うのは解るんですけど」
「あー」
孝宏の注意は的を得ていた。
ルティルトの頭の花は、鮮やかな檸檬色だ。この辺りでこれだけ綺麗な色と形をした花は他に見ない。
「ルティルトの根っこが欲しい時は、頼めば譲ってくれるから無理矢理取ろうとするなよ」
「そんな恐ろしい事するかよ」
「こんな可愛い子に、そんな無体をするなんてあるのか?」
ディーターは命大事さだったのだが、ルティルトの身体を撫でていたゼラフはすっかりマンドラゴラを擁護している。
「いや、一般的なマンドラゴラは動物型に擬態していないからな? うちにいるレイクやこのルティルトは一寸特殊だぞ」
普通のマンドラゴラは可愛くないのだ。どう特殊なのかは、あえて聞かないでおこうとディーターは心に決めた。嫌な予感しかしない。
「解らない事があれば〈Langue de chat〉に精霊便を送ってくれ」と言って、エンデュミオンと孝宏は翡翠色の竜に乗って帰って行った。
「キュウ、キュ」
一緒に見送りに出て来たルティルトが、ぴょこんぴょこんとディーターとゼラフの周りを跳ねている。少し離れてしまえば、頭に黄色い花を載せたカニンヒェンプーカの子供にしか見えない。
「はあ……」
ディーターは小さくなっていく竜影から溜め息を吐いて視線を外し、「キュ?」と赤い目で見上げてくるルティルトを抱き上げた。大人しく抱っこされるルティルトはほんのりと暖かい。
「ゼラフ、ルティルトのお披露目に一緒に行くかぁ?」
「行く行く」
ゼラフが大きく尻尾を振った。
人騒がせな小さな大魔法使いは、今もこの國を守ってくれている。
そのエンデュミオンに託されたのだから、ルティルトを大事に育てなければならないだろう。
「なんだろう、子持ちになった気分だ」
「あはははは!」
ぼやいたディーターに大笑いしたゼラフの声が、村に気持ち良く響いた。
猟師ディーターの後日談です。
〈黒き森〉や山に近いという事は、地下迷宮にも近い訳です。
じゃあ一寸、有事には要塞化出来るようにしとこうか? という親切心です。
レイクもですが、ルティルトもそのうちコボルトやカニンヒェンプーカくらいに大きく成長します。
今は子供サイズ(成体になっていない)。
ルティルトも、親株はフィッツェンドルフにいるアレです。
リグハーヴスの群生地に居るのは、基本的に動物型に擬態しているタイプです。
エンデュミオンも頭を抱えます。
ディーターとゼラフは番です。
【お知らせ】
本作が『エンデュミオンと猫の舌 異世界製本屋の長閑な日常』として、
電撃の新文芸より2026年6月17日に発売決定しました。
イラストはLINO先生。
素敵で格好いい〈Langue de chat〉の面々が表紙でお迎えします。
挿絵が複数枚あって、同人誌掲載済みの書き下ろしと、新作書下ろしを収録。
B6判で、364p。定価1,870円になります。
LINO先生の素敵で可愛いイラストで、数々のシーンが見られます!
表紙とカラー口絵だけでも、読者さんをにやけさせる予感がビシビシします。
是非とも、帯を一度外して観賞していただきたいです。細かい所まで可愛いです。
電撃の新文芸作品ページ
『エンデュミオンと猫の舌 異世界製本屋の長閑な日常』
https://dengekibunko.jp/product/322508000881.html
既に書店予約が開始されています。
デビュー作家の初版ですので、地方書店では入荷が1冊だとか、配本がつかない場合も考えられます。
電子書籍も出る予定ですが、紙で欲しいとお考えの読者さんは、お早目のご予約をお勧めします。




