猪と朝顔
ルリユール〈Langue de chat〉は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。
黒森之國の民にとっても、猪は手強い動物です。
*あとがきにお知らせがあります。
459猪と朝顔
冒険者ギルドに靴磨きに行ったンガガルとンガガロは、午後のお茶の時間の前にテオとルッツと一緒に帰って来た。
カウンターにいたメフィストフェレスに銅貨を見せて褒めてもらい、工房に行ってイシュカとカチヤに褒めてもらい、居間に戻りがてら診療所のヴァルブルガとシュネーバルに褒めてもらい、居間に来て孝宏とエンデュミオンに褒めてもらった。
「シュティレにも褒めてもらうー」
「シュティレにも褒めてもらうー」
ンガガルとンガガロは台所脇の扉を通って、隣家に走って行った。〈Langue de chat〉の裏庭と隣の家の裏庭は、エンデュミオンが作った錬鉄製の隧道で繋がっている。
「お茶淹れようかな」
そろそろイシュカとカチヤが休憩にくる頃だったので、孝宏は水を入れた薬缶を焜炉に載せる。
「ん?」
トントントン、と裏庭への扉が外からノックされたので、孝宏はノブを掴んで開けた。
「シュティレ?」
「……」
家事妖精のシュティレが、足元にンガガルとンガガロをくっ付けた状態で立っていた。少し儚げで穏やかな表情をしているシュティレだが、常になく少し緊張した表情で、会話用に使っている小さく切った紙の束の端に穴を開けてリングで留めている単語帳のようなものを孝宏に差し出した。
「ええと、なんて意味だっけこれ」
単語帳に書かれている単語の意味がすぐに解らず、孝宏はエンデュミオンに見せる。
『猪だな』
『猪?』
「猪がどうかしたのか? シュティレ」
エンデュミオンがシュティレに直接訊く。するとシュティレが、ンガガルとンガガロの頭を指先でちょんちょんと突いた。
「あのねー、ディーターが猪が山から下りてくるって言ってた」
「トルデリーゼが錬金術師に護符を頼むって言ってた」
「ディーター? 誰だ?」
「山に一番近い村の猟師?」
「罠師?」
こて、こて、とンガガルとンガガロが同じ方向に頭を傾げる。
「山に近いって事は〈黒き森〉に一番近い村? 森番小屋のヘルマンの実家がある村かな?」
「多分そうだろうな。カチヤ」
丁度居間に入って来たイシュカとカチヤを見て、エンデュミオンが右前肢でカチヤを招く。
「何ですか? エンデュミオン」
「一番〈黒き森〉に近い村の、ディーターという猟師を知っているか?」
「知っていますよ。ヘア・ディーターは罠も使う腕の良い猟師です。彼がどうかしましたか?」
「冒険者ギルドで山から猪が下りてくるから、猪避けの護符が欲しいと頼みに来ていたそうだ」
それを聞いてカチヤが真顔になった。
「ヘア・ディーターが言うなら、本当に猪が下りてくるでしょうね。村を囲むのは石壁じゃないから、猪なら壊して入ってくるんです」
「そうか。うーん、猪避けの護符か。護符ならグラッツェルだが、猪避けの護符には猪の素材が要るんだよな。グラッツェルが猪の素材を持っているかだな。持っていなかったら、一寸行って毛を拝借してくるか」
「エンデュミオン、誰から毛を拝借するって?」
孝宏は思わず聞き咎めてしまった。悪びれもなく、エンデュミオンが答える。
「猪」
「柔らかいケットシーなのに、何言ってんの?」
猪に衝突されたら、成人男性だって吹っ飛ぶ。自動車にぶつかられるようなものだと聞いた覚えがある。
「エンデュミオンだって正面からはいかないぞ。飛んで行って上から確認して、猪の通り道から毛を集める。ねぐらのある場所なら、毛が落ちているからな。きちんと〈障壁〉も張るし」
「行く時は俺とルッツもついていこうか?」
「ああ、頼む」
「本当に気を付けてね」
村の畑が襲われると困るのは解るが、孝宏としては危ない事はあまりしてほしくない。
「村を囲む柵をもっと頑丈なものにすればいいんだがなあ」
最初の頃は少しずつ村を拡張したりするので、木柵のままなのだろう。
「相性さえよければ、頑丈な柵を作れなくもないんだが」
「相性?」
温めて茶葉を入れたティーポットにお湯を注ぎながら、孝宏はその言葉に引っ掛かった。
「マンドラゴラと相性がよければ、村を守って貰えるんだ」
「あー、シュネーバルとレイクみたいな?」
「うん」
エンデュミオンが頷く。
マンドラゴラのレイクはシュネーバルの愛玩植物なのだが、エンデュミオンの温室と隠者の庵周辺を管理している。時々貴重な植物を食べようとやって来たバロメッツが、レイクに蔓で捕獲されている。
「そのディーターという猟師とマンドラゴラの相性が合えばいいんだが」
「マンドラゴラってその辺にいるものか?」
クッキージャーから皿にクッキーを並べていたイシュカが呟く。
「シュネーバル経由でレイクに聞けばいい」
それはレイクがいるなら、他にもいるだろうという、そういう考えなのだろうか。
「でもコボルトの子供はマンドラゴラを拾いがちって言ってたっけ……」
コボルトはマンドラゴラが叫ぶ前に土から掘り出せる能力が元からあるらしい。シュネーバルがレイクを拾って来た時に、ヨナタンが言っていた。
「という訳で、猪の件はこちらで預かる。教えてくれて有難うな、シュティレ」
「……」
礼を言うエンデュミオンに、シュティレが微笑んで頷いた。
「はい、イシュカ」
孝宏はイシュカに紅茶のカップを渡した。
「有難う。ヴェスパは隠者の庵か?」
「そうだよ。アメリと一緒に赤ちゃんの顔を見に行ったよ。ビブリオは領主館に行ってる」
最近産まれたヴェスパの妹は、ヴィンデという名前になった。母親のグリューヴルムに似た可愛いカニンヒェンプーカの赤ん坊だ。里のケットシーたちにも可愛がられている。
ヴェスパはエンデュミオンの直弟子なので、勉強の時間があるがそれ以外は自由だ。今まで末っ子だったヴェスパは、妹が可愛くて仕方がないらしく、一日一回は顔を見に行く。
屋根裏に住む古代シルヴァーナ大図書館の本の精霊ビブリオは、本日はアルスと一緒に領主館の図書室だ。ビブリオはコボルトの身体を得て、領主館のコボルトたちとよく交流している。
「ヴィンデかわいいよねー」
ルッツも会いに行って〈祝福〉を与えているので、ヴィンデは妹のようなものらしい。
「あれ? 猪とカニンヒェンプーカってどっちが強いんだっけ?」
ふと、孝宏は思いついてしまった。エンデュミオンが即答する。
「カニンヒェンプーカだな」
「スコルって、猪のねぐら知らないのかな」
庭師であるスコルだが、里の庭師ケットシーたちと一緒に、ケットシーの里の手入れを手伝っている。
「猪の毛も誰か持ってるかもしれんな……」
「護符も誰か作ってそうだもんね」
ケットシーの里のケットシーたちは、暇潰しに色んなものを作るのが好きなのだ。
「シュティレー、これ半分にして」
「シュティレー、こっちも半分にして」
猪に村が襲撃されるかもしれないという話題を持ってきたアナグマたちは、呑気にシュティレにクッキーを割ってもらっていた。
おやつのあと、エンデュミオンはシュネーバルと一緒にレイクに会いに行き、森の奥にあるマンドラゴラの群生地を教えてもらったらしい。
「群生しているなんて聞いてない」と肉球で顔を覆ったエンデュミオンを、「マンドラゴラは株分け方式なの。勝手に増えるの」とヴァルブルガが慰めていた。
一体いれば、知らない内に増えていくのでエンデュミオンのせいではない。
孝宏は聞いてはいけない事を聞いてしまった気がして、カチヤと顔を見合わせてしまった。イシュカとテオも苦笑していたので、黙っていた方がいい情報のようだ。
「しーなの、しー」とルッツも教えてくれた。
とりあえず、リグハーヴスの〈黒き森〉にいるマンドラゴラたちは、森での生活を満喫している模様である。
ちなみに、猪の毛は護符作りの為に集めていたケットシーがいて分けてもらえたので、錬金術師グラッツェルは無事に猪避けの護符を冒険者ギルドに納品出来た。
本日もリグハーヴスは平和である。
おうちに帰ってきたンガガルとンガガロに今日の出来事を報告されて、これは知らせないと拙いかもとやってきたシュティレです。
カチヤの実家はディーターの村のお隣です。
ディーターの村にはエンデュミオンと孝宏は〈黒き森〉から出て来た時に寄っているんですが、村長さん一家としか交流していません。
マンドラゴラと仲良しなシュネーバル、意外と爆弾抱えてます。
マンドラゴラは基本的には土に埋まってて、気紛れに散歩したりしてまた土に埋まる感じ。
触らなければ安全です。勧誘したい場合は、マンドラゴラと仲良しなコボルトが必要。
【お知らせ】
本作が『エンデュミオンと猫の舌 異世界製本屋の長閑な日常』として、
電撃の新文芸より2026年6月17日に発売決定しました。
イラストはLINO先生。
素敵で格好いい〈Langue de chat〉の面々が表紙でお迎えします。
挿絵が複数枚あって、同人誌掲載済みの書き下ろしと、新作書下ろしを収録。
B6判で、364p。定価1,870円になります。
LINO先生の素敵で可愛いイラストで、数々のシーンが見られます!
表紙とカラー口絵だけでも、読者さんをにやけさせる予感がビシビシします。
是非とも、帯を一度外して観賞していただきたいです。細かい所まで可愛いです。
電撃の新文芸作品ページ
『エンデュミオンと猫の舌 異世界製本屋の長閑な日常』
https://dengekibunko.jp/product/322508000881.html
既に書店予約が開始されています。
デビュー作家の初版ですので、地方書店では入荷が1冊だとか、配本がつかない場合も考えられます。
電子書籍も出る予定ですが、紙で欲しいとお考えの読者さんは、お早目のご予約をお勧めします。




