春の護符
ルリユール〈Langue de chat〉は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。
新しい護符作りました。
457春の護符
リグハーヴス公爵領の錬金術師グラッツェルの取引先は、主に冒険者ギルドと魔法使いギルドである。作っているのが主に護符なので、需要があるのがその二か所なのである。勿論、注文があれば個別に受けたりもする。
そして、素材の取引先はリグハーヴス公爵領在住の妖精達である。取りまとめてくれたのがエンデュミオンだからなのか、妖精達は街でグラッツェルに会うと、落ち髭などをくれたりする。
素材を貰うのは良いのだが、当然対価を支払わねばならない訳である。ギルド経由で支払う他、グラッツェルと契約しているケットシーのゼクスナーゲルの作るお菓子払いの時もある。
エンデュミオン個人からも、素材が詰まった〈魔法箱〉を贈られている。お金に変えたらとんでもない事になるのだが、殆ど何も持っていなかったグラッツェルの開業祝いらしい。
使っても使っても無くならないし、なんならいつの間にか素材が追加されている気がしないでもない。恐ろしい。
そんな〈魔法箱〉が自宅にあるグラッツェルだが、時々は冒険者ギルドの売店を覗きに行く。
冒険者ギルドの売店は、ギルドが冒険者から買い取った素材を売っている。公的に國から卸された魔石も売っている。
「魔石を見せてもらっていいですか? 小さい奴で構わないんですけど」
「今あるのはこの辺ですね」
仕切りのある天鵞絨張りの浅い箱に色別に入れられたクズ魔石は、大きくても人族の爪ほどの大きさだ。それ以上大きくなると、装飾品や魔道具に使われるので金額が上がる。
「きれーい」
一緒に来たゼクスナーゲルが、カウンターに座って魔石の箱を覗き込む。
「ゼクスが気になるのある?」
「ぜくすなーげるねえ、これすきぃ」
むに、とゼクスナーゲルが灰色の毛で覆われた前肢を箱に入れる。指が六本あるゼクスナーゲルの前肢は太めだ。上向きにして開いたピンク色の肉球の上には、大部分が白いが部分的に緑色と薄紫色が混ざった魔石があった。
「へえ、綺麗だね」
「それは自己再生する木の魔物から取れる魔石なんですよ。木属性と雷属性が一つの魔石になっているので、使い難くて人気がないんです」
「そうですか」
ギルド職員の説明に、グラッツェルは頷きつつも内心首を傾げた。何かに使えそうな予感がする。こういう時は後で後悔しないように、手に入れておくに限る。
「ゼクスナーゲルが気に入っているので、これ下さい」
グラッツェルは売店にあった緑と紫の混じった魔石を全て買い取った。需要がないというだけあって、安くてまとまった数があったのだ。指の爪大の魔石は、何かに使えなくてもゼクスナーゲルの玩具になる。
「はい、ゼクス」
「わーい、ありがとう」
ゼクスナーゲルに五つ程小袋に入れて渡す。数があればゼクスナーゲルと同じく、魔石集めをしているルッツにもあげるだろう。ルッツは魔石をおはじきにしているらしい。
グラッツェルはゼクスナーゲルを肩車して冒険者ギルドを出た。こうして高い場所から街見物をするのが、ゼクスナーゲルの楽しみなのだ。
「次はお買い物だよ、ゼクス」
「おかいものー」
「ライヒテントリットにない物書いてもらったからね」
買い物メモには、丸パンやチーズ、牛乳の他、〈Langue de chat〉で本を借りる必要もあると書いてある。ライヒテントリットが予約していた本の順番が来たらしい。
ライヒテントリットは淫魔で、目の色が赤紫色をしているので見た目で魔族だと解る。教会で聖別メダルを貰っているのだが、グラッツェルと一緒でなければ街には出ない。今日は留守番をしつつ、お昼御飯の準備をしてくれている。
「先に〈Langue de chat〉かな」
自宅から一番遠いのが〈Langue de chat〉だ。戻りがてら買い物をすればいい。
「ひろの、おかし!」
「クッキーも買おうね」
「はいっ」
客からの要望があったのか、カウンターでも袋入りのクッキーを置いてくれるようになった。孝宏のクッキーは、貸本の客が読書スペースで本を読む時に、サービスで出されるのみだったのだが、家でも食べたいと思う美味しさなのだ。
街の催しに〈Langue de chat〉が参加する時には、大抵孝宏のクッキーを配っていたから、ルリユールや貸本を使わない客もクッキーを欲しがったのかもしれない。
〈Langue de chat〉は本業がルリユールで、貸本は副業なのだ。文房具も少しだけ置いてあって、イシュカが作っている手帳や帳面は当然質が良い。幸運魔石がついた栞や、鍛造で作られたペーパーナイフもある。
幸運魔石の栞は、織子コボルトのヨナタンと幸運妖精シュネーバルが作っているのだが、不思議と必要な人だけが買えるようだ。手帳類も表紙は革の他、ヨナタンのコボルト織が混じっていて、密かに収集している人もいるらしい。
「おはようございます」
「おはよー」
ちりりりん、扉の上部に付けられた鈴を鳴らしてグラッツェルは〈Langue de chat〉に入った。
「いらっしゃいませ」
「だれぇ?」
カウンターにいたのは、癖のある黒髪で赤紫色の瞳の、執事服を着た物凄く顔の整った青年だった。赤紫色の瞳なので、魔物だ。
「私、メフィストフェレスでございます。お見知りおきを」
青年が微かに頭を下げ、慇懃に名乗った。何となく、強い魔物なのが解る。
「錬金術師グラッツェルです。この子はゼクスナーゲル」
グラッツェルが名乗ると、メフィストフェレスの瞳が輝いた。
「錬金術師グラッツェルというと、護符作りの」
「はい。ご存知なんですね」
「良いものは広まりますよ」
作ったものが良いものと言われるのは、正直嬉しい。
リグハーヴスの街に錬金術師はグラッツェルだけだったので、せっせと護符を作っていたら、製作者が一人なので、自然と客に名前を憶えられていたのだろう。
「いらっしゃいませ」
メフィストフェレスと話していると、カウンターの後ろの戸口から、紙製の小袋を綺麗に並べた籠を持った孝宏が出てきた。足元にはエンデュミオンもいる。
「グラッツェル、ライヒテントリットの予約本戻ってきているぞ」
「うん、借りていくよ」
「メフィストフェレス、手続きしてやってくれ」
「承知しました」
エンデュミオンの指示で、メフィストフェレスがカウンターの内側の棚から、本と革袋を用意する。
グラッツェルは肩の上から、ゼクスナーゲルを床に下ろした。ゼクスナーゲルはすぐに孝宏の元に行き、撫でてもらっている。
「久し振りだね、ゼクス。元気だった?」
「はい! るっつはぁ?」
「ルッツは今日テオとお仕事なんだよ」
「るっつに、これあげる」
早速ゼクスナーゲルは、緑と紫色が混じった魔石を一つ、しゃがんでいる孝宏に渡した。
『春帯彩翡翠?』
聞き慣れない言葉を孝宏が口にする。
「いや孝宏、これは自己再生能力のある木の魔物から取れる魔石だぞ」
「魔石なんだ? 俺、翡翠かと思った」
エンデュミオンの指摘に、孝宏が掌の上で魔石を転がす。
「ひろ、しってる?」
「俺がいた所ではね、春の彩りを感じさせる色の石って言われていたんだよ。指輪や腕輪に加工されていたかな。小さな置物とかね。彫刻しても綺麗なんだよ」
「へぇー」
孝宏がエンデュミオンに訊く。
「翡翠色と薄紫色って事は、木と雷の性質があるの?」
「そうだな」
「肩凝りとか腰痛に効く護符になりそう?」
「えっ!?」
孝宏の発想に、グラッツェルは意表を突かれた。思いつきもしなかった。だが、思いつきさえすれば、錬金術師は形に出来る。
「ヒロ、それ面白いかも」
「需要もありそうですね。肩凝りと腰痛は」
メフィストフェレスも真顔で言った。エンデュミオンがゆらりと尻尾を振った。
「メフィストフェレスも作った事がないのか?」
「私はどちらかといえば、錬金薬の方なので。ヘア・グラッツェル、私も錬金術師なんですよ。今は休業中ですが」
リグハーヴスに錬金術師がもう一人いた。
「錬金術師の仕事はしないんですか?」
「毛生え薬ばかり作るのは面白くないんで。昔の話ですけどね」
需要はあってもそればかりなのは、確かに面白くないかもしれない。メフィストフェレスは、イシュカと従業員契約しているのだそうだ。
「小遣い稼ぎに、たまには回復薬でも作ればいいんじゃないか? 軽い怪我でも使える初級回復薬なら、安いが需要はあるだろう?」
軽い擦り傷や切り傷は、魔女や医者に掛からずに、初級回復薬でも治せるのだ。主な購買層は冒険者だが、手荒れにも効くので街の住人も買っていく。
「善処します」
メフィストフェレスも上級錬金術師だろう。グラッツェルよりも、様々な錬金調薬レシピを知っていそうだ。
とはいえ、グラッツェルが得意なのは、護符製作である。
「帰ったら、肩凝り腰痛の護符試してみるね。出来たら持ってくるよ」
「有難う!」
孝宏やイシュカ、カチヤには必要そうな護符である。ギルドカードに付けられる大きさのチャームにすれば身に着けていられるだろう。
「メフィストー」
「フェレスー」
幼児の声と共に、とたとたと奥から白と黒のアナグマが二人出て来た。初めて見る、多分妖精だ。グラッツェル達に気が付くと、ぱっと右前肢を揃って上げた。
「いらっしゃい! ンガガルだよ!」
「いらっしゃい! ンガガロだよ!」
「ぜくすなーげるだよ!」
「グラッツェルだよ」
グラッツェルとゼクスナーゲルは挨拶されたので挨拶を返したのだが、メフィストフェレスが俯いて掌で額を抑えていた。そのメフィストフェレスの脚を、エンデュミオンがポンと叩く。
「ちゃんと挨拶しているんだから問題ないぞ、メフィストフェレス。ンガガルとンガガロは靴磨きの妖精で、メフィストフェレスの家族だな。他に家事妖精のシュティレがいる」
「靴磨くよ!」
「革の物も磨くよ!」
「ぴかぴかに磨いてくれるから、必要があれば声を掛けてくれ。靴片方が銅貨五枚だ。大概一足で頼むから、銀貨一枚だな」
営業に余念がないアナグマ二人に、エンデュミオンが苦笑しながら補足してくれる。
「じゃあ今度冬靴頼もうかな」
雪が解けたら夏用の靴に変えるので、手入れをきちんとする必要がある。普段は自分で磨いているが、時々は専門家に頼みたい。
「待ってる!」
「待ってる!」
物凄く期待されているようなので、ちゃんと持って来ようとグラッツェルは思った。
「袋にでも入れて、〈Langue de chat〉に持って来てくれたらいいぞ」
「解った。雪が解けて歩きやすくなった頃に持ってくるよ」
「溶け始めると、あっという間だがなあ。雪が解けたら春光祭の準備だな」
春にはリグハーヴスでもお祭りがある。雪で街に閉じ込められていた住人達が、楽しみにしている催しでもある。
「ご用意出来ました。ヘア・グラッツェル」
「有難う」
ライヒテントリットの予約本の他に、グラッツェルとゼクスナーゲルも本を借りた。
「くっきー!」
「はいはい、忘れずに買うよ。大きい袋でください」
孝宏のクッキーも買い込む。袋入りのクッキーは、どの種類が入っているのか解らないが、全部美味しいので毎回楽しみだ。
荷物は〈魔法鞄〉にしまい込み、グラッツェルはゼクスナーゲルを肩車した。もこもこと柔らかい感触が後頭部に当たる。
「それじゃあ、また来ます」
「有難うございました」
「またねー」
「またねー」
ンガガルとンガガロも見送ってくれた。ゼクスナーゲルは仲良くなった二人にも、魔石をあげていた。お返しにンガガルとンガガロは、いい香りのお茶の包みをゼクスナーゲルに渡していた。シュティレという家事妖精と一緒に作った花茶だという。
花茶は香りのいい花や、干し果物を紅茶の茶葉に混ぜたものだ。砂糖や蜂蜜を入れなくても、ほんのりと甘みを感じる花茶もあり、リグハーヴスの街では好まれている。
「おうちかえったら、みんなでおちゃにするぅ」
「そうだね。じゃあ、帰りながらお買物しようか。今の時間なら〈麦と剣〉で甘いパンも出ているかも」
「あまいぱん!」
早朝はカールが焼く食事用のパンが主に置かれるのだが、昼近くになるとカミルとエッダが作る甘いパンが追加される。この甘いパンが、ゼクスナーゲルのお気に入りなのである。
「まるぱんと、あまいぱんと、ちーずぅとおやさいとおにくぅ」
ゼクスナーゲルが歌うように買うものを言う。ここから近いのはアロイスの肉屋だろう。
「まずはお肉かな」
「おにくぅ」
通りすがりの人が、ゼクスナーゲルを見て微笑んで行く。その気持ちはグラッツェルも解る。可愛いのだ。
「グラッツェル、ごはんたべたら、ごふつくるのぉ?」
「うん。作ってみるかな」
「ひろ、はるのいしっていってたから、はるのごふだねぇ」
「春の護符か、いいね」
春の新作の護符だから、春の護符でいいかもしれない。
足取り軽く帰宅したグラッツェルが作成した〈春の護符〉は、後日、慢性的な肩凝り腰痛に悩む人々の大いなる希望となった。
そして、木と雷の二属性を持つ魔石は〈春の魔石〉と呼ばれるようになり、価値が見直されるのだった。
リグハーヴスの街の錬金術師は、グラッツェルとメフィストフェレス。
エンデュミオンも錬金術は使えるけど、登録はしていません。野生の錬金術師。
グラッツェルは護符。
メフィストフェレスは錬金薬。
メフィストフェレスはラルスが来るまでは、ンガガルとンガガロに自分が作った薬を飲ませていたと思われるので、味はとても研究しています。
まずいと飲んでくれないから。シュティレの作る薬草茶や花茶も美味しいやつです。
ゼクスナーゲルは最初にグラッツェルに、〈麦と剣〉で甘いパンを買ってもらっているので、お気に入りになっています。




