第4話 記録はSOAPで書け
「診る。」
神崎はリナのベッド脇へ腰を下ろした。
病室には緊張が漂っている。
フィリウス。
エルド。
神官たち。
全員が固唾を呑んで見守っていた。
神崎はまず少女の顔を見る。
呼吸。
表情。
発汗。
皮膚の色。
唇の乾燥。
そして意識状態。
順番に確認する。
【推定死亡率:72%】
数字は変わらない。
神崎は小さく舌打ちした。
高い。
想像以上に悪い。
「紙。」
神官たちが顔を見合わせる。
「……紙?」
「ああ。」
「紙とペン。」
「早く。」
慌てて神官が走り出した。
数分後。
紙と羽ペンが運ばれてくる。
神崎は受け取ると、迷いなく文字を書いた。
S
O
A
P
神官たちがざわつく。
「魔法陣ですか……?」
「勇者様の術式では……」
「神代文字か……?」
神崎は顔を上げた。
「違う。」
「では何なのですか?」
神崎は面倒そうに答えた。
「仕事だ。」
病室が静まり返る。
神崎は続ける。
「Sは本人の訴え。」
「Oは事実。」
「Aは考察。」
「Pは方針。」
「記録はこれで書け。」
神官たちはぽかんとしていた。
意味が分からない。
だが神崎は気にしない。
分からないなら覚えればいい。
それだけだ。
神崎はリナへ視線を戻した。
「名前。」
「リナです。」
フィリウスが答える。
「熱は何日目だ。」
「三日ほど。」
「咳。」
「あります。」
「痰。」
「あります。」
「食事。」
「ほとんど摂れていません。」
神崎は紙へ書き込む。
羽ペンが止まらない。
一人の神官が不思議そうに尋ねた。
「なぜそこまで記録を?」
神崎は顔を上げない。
「忘れるからだ。」
「え?」
「人間は忘れる。」
さらさらと文字を書く。
「だから書く。」
神官たちは黙る。
神崎は続けた。
「患者を助けるためにな。」
その言葉に、
フィリウスが少しだけ目を見開いた。
神崎は今度はリナの手首を取る。
細い。
軽い。
熱い。
指先を橈骨動脈へ当てた。
脈を確認する。
速い。
弱い。
だが――。
「脈は触れるな。」
フィリウスが首を傾げる。
「それで何が分かるのですか?」
神崎は脈を取りながら答えた。
「血圧80はありそうだ。」
神官たちが顔を見合わせた。
「けつあつ……?」
「何でしょうそれは……」
神崎は説明を諦めた。
「説明すると長い。」
「つまり?」
フィリウスが尋ねる。
神崎は短く答えた。
「まだ助かる。」
病室が静まり返った。
神官たちは思わずリナを見る。
神崎は続けた。
「ただし。」
空気が張り詰める。
「時間はあまりない。」
神崎はリナの額へ手を当てる。
熱い。
かなり熱い。
「熱は測ったか。」
神官たちは顔を見合わせた。
「触れば分かります。」
神崎は眉間を押さえた。
「何度だ。」
「え?」
「だから何度だ。」
「分かりません。」
神崎は深いため息を吐いた。
「高いと熱いは違う。」
「……。」
「数字で見ろ。」
誰も反論できない。
その時だった。
若い神官がリナへ近付く。
神崎の声が飛んだ。
「待て。」
神官が固まる。
「はい?」
神崎は眉をひそめた。
「手。」
「手?」
「洗ったか。」
「いえ。」
即答だった。
神崎は額を押さえた。
「洗え。」
「しかし――」
「洗え。」
有無を言わせない声だった。
神官は慌てて後ずさる。
神崎は大きく息を吐いた。
「患者触るんだろ。」
「はい……。」
「じゃあ洗え。」
神官たちは黙る。
神崎は呆れたように言った。
「患者より先にお前ら隔離した方がよさそうだな。」
病室が静まり返った。
神官たちの肩がびくりと震える。
フィリウスが思わず苦笑した。
エルドですら反論できない。
神崎は構わず続ける。
「患者をみろよ。」
病室が再び静まり返る。
神官たちが目を見開いた。
神崎はリナを見る。
乾いた唇。
荒い呼吸。
やせ細った身体。
「神じゃない。」
「……。」
「奇跡でもない。」
「……。」
「患者だ。」
誰も言葉を返せない。
神崎はリナを指差した。
「熱は。」
「脈は。」
「呼吸は。」
「水は飲めてるか。」
「飯は食えてるか。」
「寝れてるか。」
「まずそこだろ。」
エルドは黙っていた。
神崎は再び紙へ視線を落とす。
S:高熱、咳嗽、食欲低下
O:頻呼吸、脱水、全身衰弱
A:重症肺炎疑い
そして最後の欄へ羽ペンを走らせる。
P:救命開始
紙を机へ置く。
神崎は立ち上がった。
「水を持ってこい。」
誰も動かない。
神崎は眉をひそめる。
「あ?」
神官たちがびくりと震えた。
「聞こえなかったか。」
神崎は紙を机に叩きつける。
「救命するぞ。」
その瞬間。
病室の空気が変わった。




