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第3話 その根拠は?

神崎は治療院へ向かう廊下を歩いていた。


後ろには神官たちがぞろぞろと続いている。


「勇者様!」


「違う。」


「神崎様!」


「様はいらん。」


「神崎殿!」


「好きにしろ。」


神崎は歩きながらため息を吐いた。


異世界に来てまだ一時間も経っていない。


なのにもう疲れていた。


主に周囲の人間のせいで。


やがて、大きな木造の建物が見えてくる。


治療院だった。


入口をくぐった瞬間。


神崎の眉がぴくりと動いた。


臭い。


嫌な臭いだった。


汗。


排泄物。


湿気。


そして淀んだ空気。


病院勤務の経験が長い神崎には、それだけで分かる。


衛生状態が悪い。


かなり悪い。


室内を見回す。


窓は閉まっている。


患者同士の距離も近い。


寝具もろくに交換されていないように見えた。


神崎は額を押さえた。


「終わってるな。」


「え?」


案内していた神官が振り返る。


「独り言だ。」


できれば聞かれたくなかった。


現実を直視したくなかった。


そんな神崎の前に、一人の男が現れた。


白い法衣。


立派な杖。


年齢は五十代ほど。


周囲の神官たちが慌てて頭を下げる。


「エルド様。」


「大神官エルド様。」


神崎は男を見る。


男も神崎を見た。


「あなたが勇者様ですか。」


「違う。」


即答だった。


エルドは少し困ったように笑う。


「そう聞いておりますが。」


「俺は看護師だ。」


「……看護師?」


「説明すると長い。」


「なるほど。」


全く理解していない顔だった。


だが神崎も説明する気はない。


エルドは穏やかな口調で言った。


「私はこの治療院を任されている大神官エルドです。」


「そうか。」


「本日は患者の診察に?」


「高熱患者がいると聞いた。」


エルドは頷く。


「神聖魔法を施しておりますので、いずれ回復するでしょう。」


神崎の足が止まった。


「へぇ。」


「神の奇跡は偉大です。」


「そうか。」


神崎は興味なさそうに返す。


だがその目だけは笑っていなかった。


「必ず治るのか?」


「もちろんです。」


エルドは迷いなく答えた。


神崎は少しだけ首を傾げる。


「その根拠は?」


周囲が静まり返った。


神官たちが顔を見合わせる。


エルドも一瞬だけ言葉を失った。


「根拠、ですか?」


「ああ。」


「神聖魔法です。」


「……あ?」


神崎は歩きながら続ける。


「会話できるか?」


「効いてる根拠を聞いてる。」


エルドが眉をひそめた。


「神の加護が――」


「お前の感想は聞いてねえよ。」


神崎は冷たく言い放った。


「質問に答えろ。」


空気が張り詰める。


神官たちが息を呑んだ。


エルドは言葉に詰まる。


神崎は淡々としていた。


怒っているわけではない。


ただ確認しているだけだ。


それが神官たちには何より恐ろしかった。


「熱は下がったのか?」


「……いえ。」


「咳は?」


「続いております。」


「食事は?」


「ほとんど摂れておりません。」


「呼吸は?」


「苦しそうです。」


沈黙。


神崎は数秒考えた。


そして言った。


「効いてねえじゃねぇか。」


神官たちがざわついた。


エルドの顔が強張る。


「神聖魔法は万能ではありません。しかし――」


「さっき必ず治るって言ったよな。」


「……。」


「どっちだ。」


返答はなかった。


神崎はため息を吐く。


「まぁいい。」


「患者はどこだ。」


エルドは黙って案内を始めた。


治療院の奥。


薄暗い病室。


そこに、一人の少女が横たわっていた。


年齢は十三歳ほどだろうか。


金色の髪。


痩せ細った身体。


苦しそうな呼吸。


額には濡れた布が乗せられている。


神崎が近付いた瞬間。


視界に青白い文字が浮かんだ。


【対象を確認】


【リナ】


【重症肺炎】


【重度脱水】


【栄養状態:不良】


【推定死亡率:72%】


神崎は無言になった。


高い。


想像以上に高い。


このままなら死ぬ。


そう確信できる数字だった。


エルドが言う。


「毎日神聖魔法を施しております。」


「そうか。」


「きっと良くなります。」


神崎は少女の顔を見る。


乾いた唇。


荒い呼吸。


やせ細った腕。


そして。


明らかに限界が近い身体。


神崎は静かに尋ねた。


「水は飲ませたか。」


「神聖魔法を――」


「聞いてない。」


声が低くなった。


病室の空気が凍る。


「水だ。」


「……。」


「飲ませたのか。」


エルドは答えない。


神崎は目を閉じた。


そして大きなため息を吐く。


「そうか。」


数秒の沈黙。


やがて神崎は少女のベッドの横へ歩み寄った。


そして椅子を引く。


「神崎殿?」


フィリウスが声を掛ける。


神崎は少女から目を離さない。


「診る。」


神崎の視界には、今も青白い文字が浮かんでいる。


【推定死亡率:72%】


その数字が消えることはない。


この少女は死にかけている。


神崎だけが、それを知っていた。


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