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第2話 俺は勇者じゃない、看護師だ


「この世界は今、魔王軍の脅威に晒されています――」


フィリウスの第一声に、


神崎は無言で頷いた。


予想通りだった。


異世界。


勇者。


そして召喚。


ここまで来れば魔王くらい出てくる。


もはや様式美だ。


「現在、魔王軍は大陸北部を侵攻しております。」


「へぇ。」


「多くの国が滅びました。」


「そうか。」


「人類は存亡の危機にあります。」


「大変だな。」


フィリウスは困惑した。


反応が薄い…。


あまりにも薄い。


普通なら驚くところだ。


だが神崎にとっては、


昨日の残業時間の方がよほど深刻だった。


「神崎殿は驚かれないのですね。」


「驚いてるぞ。」


「そうは見えませんが……」


「心の中ではな。」


全く見えなかった。


神崎は欠伸を噛み殺した。


眠い。


異世界に来ても眠いものは眠い。


「それで。」


「はい。」


「俺に何をしろと?」


フィリウスは真剣な顔になった。


「魔王を倒していただきたいのです。」


神崎は数秒黙った。


そして言った。


「無理だな。」


神殿が静まり返る。


神官たちが凍り付いた。


「む、無理……?」


「無理。」


「なぜですか!?」


神崎は自分を指差した。


「見ろ。」


神官たちは見る。


普通の青年だった。


「俺。」


「はい。」


「看護師。」


「はい。」


「戦えない。」


「……。」


「終わり。」


神官たちは顔を見合わせた。


フィリウスも困ったように額を押さえた。


「しかし神崎殿には特別なお力が――」


「知らん。」


神崎は即答した。


「俺は剣も使えない。」


「魔法も知らん。」


「魔王倒せって言われても困る。」


フィリウスは言葉に詰まる。


正論だった。


あまりにも正論だった。


その時だった。


神殿の扉が勢いよく開かれる。


若い神官が飛び込んできた。


「神官長様!!」


「どうしました。」


「治療院の患者がまた高熱を!」


フィリウスの顔色が変わる。


「まだ下がらないのですか。」


「はい!」


神崎の眉が動いた。


「熱?」


神官が頷く。


「神聖魔法も効かず……」


「何日目だ。」


「え?」


「熱。」


「三日ほどです。」


神崎は嫌な予感がした。


「咳は。」


「あります。」


「痰は。」


「あります。」


「食事は。」


「ほとんど食べられておりません。」


神崎は天井を見上げた。


聞けば聞くほど嫌な予感しかしない。


「神崎殿?」


フィリウスが不思議そうに尋ねる。


神崎は立ち上がった。


「その患者。」


「はい。」


「見せろ。」


神官たちがざわつく。


「し、しかし勇者様にそのような――」


「だから勇者じゃない。」


神崎は歩き出した。


「患者だろ。」


「は、はい。」


「じゃあ行く。」


フィリウスは目を丸くした。


神崎は面倒そうに頭を掻く。


「勘違いすんなよ。」


神官たちが息を呑む。


神崎は振り返らずに言った。


「助けたいわけじゃない。」


「……。」


「ただ気になるだけだ。」


そう言って歩き出す。


神官たちは慌てて後を追おうとした。


だが数歩進んだところで、ふと思い出したように立ち止まる。


「ああ、あと。」


神官たちが顔を上げた。


神崎は面倒そうに肩越しに振り返る。


「その前に、お前ら手洗ってこい。」


「え?」


「全員だ。」


「……。」


「患者触るんだろ。」


「は、はい。」


「なら洗え。」


神崎はため息を吐いた。


神官たちは困惑したまま顔を見合わせる。


神崎は額を押さえた。


本気で頭が痛い。


「いいか。」


「手ぇ洗え。」


「ちゃんとだ。」


「指の間も。」


「爪の間も。」


「意味が分からなくても洗え。」


神官たちはますます困惑した。


だが神崎は気にしない。


「神聖魔法がありますので……」


と神官の一人が呟く。


神崎は即座に切り返した。


「じゃあお前は便所の後も手洗わないのか?」


「えっ。」


「えっ、じゃねぇ。」


神殿が静まり返る。


神崎は眉間を押さえた。


「お前ら神官は病気まき散らすのが役割なのか?」


「……。」


「……。」


誰も答えられない。


神崎は大きなため息を吐いた。


そして、


「新卒のがましだな。」


と、ぼそりと呟いた。


神官たちは揃って肩を震わせた。


神崎はさらに深いため息を吐く。


そして呆れたように言った。


「お前ら魔王より先に感染症で死ぬぞ。」


神殿が静まり返った。


フィリウスだけが目を丸くしていた。


神崎はそんなことには気付かず歩き出す。


勇者。


魔王。


世界の危機。


そんなものより。


今の神崎にとっては。


高熱患者の方がよほど気になっていた。


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