最終話
(篠村トウマ視点)
色々な経験をしたこの教室で最後を迎えようとしていた。
時計の針が進む音がする。俺がこの世界から出ていくのを、測っているように聞こえた。。校庭を見下ろすと、ツーショットを撮っている生徒のの声が響き渡る。校舎が正午の太陽に照らされ、嫌になる程輝いていた。
俺の息遣いと、時計の針の音、生徒たちの喧騒が教室で踊っていた。
そんな教室に、一人の少女が飛び込んできた。
アカリだった。走っていたのか、汗ばんでいて、息も上がっていた。
「いた⋯⋯」
呟いたアカリからは、いつもとは違う雰囲気を纏っていた。
「忘れ物?」
「⋯⋯言いたいことがあって」
「何それ」
俺が端的に聞くと、頬を紅潮させた。桃のように瑞々しい。
「あ、えっと。⋯⋯トウマくんって不思議だよね」
「え?」
アカリは制服の裾をモニョモニョさせながら続けた。
もしかして。
「私はさ、男の子が嫌だったんだよね。私と話したらすぐに告白してきたり、私に連絡先聞いたりして、嫌だったの。トウマくんと初めて話した時もそうだった。でも、トウマくんは違った。私のことを興味なさそうにしながら、心配してくれた」
アカリは視線を下に落とした。
「私は、それが心地よかった」
俺は嫌な予感がした。
「それで、ものすごく興味を持ったの。他の男子とは違うトウマくんに。どんどん惹かれていったの。それで、えっと。その⋯⋯つまり」
言い淀んだ。だが、すぐに顔をあげ、俺の目を見据えた。
その目は、俺の過ちを責めるように見えてしまった。どうして俺は。
「トウマくんが好きです。付き合ってください」
その言葉は、俺を後悔させるに十分だった。俺は過ちを犯してしまった。
どうして俺は、誰かを悲しませずにはいられないんだ。
シュンの言っていることがようやくわかった。これが俺の責任なんだと。
頭の中に自責の言葉が渦巻く。何回俺は自分のことを嫌悪すればいいんだ。
そんな中、喉から絞り出した。
「ごめん。期待には応えられない」
その短い言葉は、アカリの淡い気持ちを打ち砕くには、あまりにも重すぎた。
「⋯⋯⋯⋯え?」
か細く、掠れた声。瞳孔が目一杯に開かれ、体が震えていた。
時計の針の音が、二人の静寂を繋いでいた。
「どう、して」
「⋯⋯俺は、この世界の住人じゃないんだ」
「へ?」
「俺は、異世界人だ」
子供じみた言葉に、アカリは詰め寄ってきて、襟を掴んできた。
「どういうこと?」
「⋯⋯俺は、この世界に流れ着いてきた余所者なんだ。俺は元の世界に帰らないといけない。だから、無理なんだ」
もう一度、断った。
瞬間、ダムが決壊したみたいに、アカリの大きな目から涙が流れた。
頬を伝う涙は、流れ星のように儚かった。陽光を受け、キラキラと光る。
「行っちゃうの?」
「ああ」
「もう会えないの?」
「ああ」
「私を置いて?」
「⋯⋯ああ」
矢継ぎ早に飛んでくる質問に、曖昧な返事を返すことしかできない。
俺は、アカリの顔など見れない。見る資格もない。
「そんなのひどいよ⋯⋯」
アカリが震える声で呟いた。その悲しみに暮れた声が俺の耳朶を打った。余計、顔を見れなくなる。
「ずっと私と居てよ」
「ごめん、それは⋯⋯できない」
喉の奥から振り絞るように呟く。
「俺だって嫌なんだ。アカリさんと離れるのは。悲しませないように、誰にも知られず消えるつもりだった。でも、できなかった。俺が弱かったせいだ⋯⋯。俺も、俺も嫌だよ」
「だったら⋯⋯」
襟を掴む手に力が入った。
「だったら、私も一緒にトウマくんの世界に行く!」
アカリが抱きついた、ガッチリと。俺をどこにも行かせないように。ここから逃がさないように。
「私も連れてって!」
「ダメだ。そんなの。俺がここにいちゃいけないのと同じなんだ」
「そんなの知らないよ! 私はトウマくんにいてほしいの! トウマくんを怖がらせるやつは、私がやっつけるから!」
アカリが俺を見上げた。紺色の繊細な瞳は、海に反射した太陽のように、ゆらめいている。俺の中の罪悪感が、さらに肥えていく。
俺の体から光が溢れ出した。時間が来ていた。
「嫌だ! トウマくん!」
どうして俺は、こうも馬鹿なんだ。俺はずっと弱いままだ。俺を大切にしてくれた人を突き離したくなかったから。アカリを突き離したくなかったから、アカリに触れてしまった。
俺は傷つけないように、真実は隠したままだった。
どうして気づけなかったんだ。
俺の優しさだと思っていたものは、アカリを傷つける鋭い刃だったことに。
半端な優しさほど、残酷なものは無いということに。
「シュンとユウナに、よろしく伝えておいてくれ」
「⋯⋯っ、嫌だ!トウマくんの口から伝えてよ!」
アカリは子供のように泣きじゃくるだけだ。
口を開いた。でも、閉じかけた。
いや、これは、俺の口から言わないといけない。
俺が言う資格なんてないのに。俺が言わなきゃいけない。
俺はそっとアカリを抱きしめた。
「アカリさん。俺のことは忘れて、幸せになってくれ」
アカリの抱きしめる力が一段とキツくなった。
「忘れられないよ、こんなに好きなのに!」
包む光が、激しさを増した。もう、ここにはいられない。
「俺も忘れない。だから、さよならだ」
「嫌だ、嫌だよ!」
刹那、視界が光に埋め尽くされた。
俺も、アカリを抱きしめた。
アカリの悲しみも、苦しさも、孤独も、二人で笑い合ったことも、二人で悩んだことも、二人で出かけたことも、全て俺が背負うように、キツく。
このまま、時が止まって仕舞えばいいのに。写真のように、永遠に時間が止まったままでいいのに。
「トウマくん!」
意識が途切れる瞬間、最後に聞こえたのは、俺を呼ぶ声だった。
◇◇◇◇◇◇
俺は、見慣れた部屋にいた。ずっといたような気がするのに、懐かしい部屋。
あぁ、俺は戻ってきたんだ。元の世界に。
刹那、抱きしめられた感覚が蘇ってきた。痛いほどに熱くなって俺の体を締め付ける。
「くっ⋯⋯」
うめき声を出さずにはいられなかった。
ベッドに倒れ込む。
俺は裏切ってしまった。傷つけてしまった。
あんなに純粋で綺麗な子を、心を、ズタズタに引き裂いてしまった。
「あぁ⋯⋯」
流れ落ちそうになる涙。
寸前で堪える。
だめだ。俺が泣くな。俺が泣く権利なんて無いんだ。
ふと、思いついた。もう怖がらなくていいのかもしれない。
「学校⋯⋯⋯⋯行こ」
そう、明日。明日学校に行こう。そこにアカリが、シュンが、ユウナがいなくたって。行ってやる。行って、何事もなかったように過ごしてやる。
それでいいんだ。
十分時間はもらった。
ここからは、俺が頑張るべきなんだ。
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