第七十三話
(篠村トウマ視点)
明日が修了式か⋯⋯。
案外この一年は早くすぎた。何でだろう、そう疑問に思ったが、すぐに答えが出てきた。
楽しかったからだ。この一年が俺には勿体無いほど充実して、嬉しいことや辛いことがあったからだ。
暇な時なんてそうそうなくて、いつも近くには誰かがいた。こんなふうに笑える日が、俺にも来るといいな。
誰かを失うだけの日や、何も得られない日が続いていた時とは大違いだ。
でも、一つだけ気になることがある。アカリのことだ。シュンに再三注意され、ついには見放されたような形になったけど、あれは一体なんだったのだろう。考えなかったわけじゃない。
怒ることなんてなかったシュンがああもなるってことは、よほど重大なことなんだと思う。
でも⋯⋯。
ベッドからおきあがり、机に置いてあったカレンダーを持ち上げる。そこには、修了式の日の欄に赤丸が何重にも書かれていた。不自然なほどに強調されている。
これは俺がつけたわけじゃない。多分、母親でもない。
この赤丸を見ると、確信めいた勘が俺の脳内に降って湧いてくる。
俺は明日この世界から消えてしまうのではないかという、的中して欲しくない予感だ。
首筋がゾワゾワしてたまらない。
でも、備えておくに越したことはない。
いつでもここから消えてもいいようにしておこう。
◇◇◇◇◇◇
(北見アカリ視点)
今日は修了式の日。
そして、私がトウマくんに告白する日。
いつもより少し丁寧におめかしをして家を出た。
気分はいつもより上がっていて、足取りも心なしか軽い。
今日、トウマくんに告白して成功したら⋯⋯。
「んふふ」
早く学校に行って、先に待ってよっと。
◇◇◇◇◇◇
「おはよ、トウマくん!」
「おはよう、北見さん。今日はいつもより早いね」
「待ちきれなかったから」
トウマくんと会うのが。
「まあ、今日で一年生が終わるもんな。ソワソワするよな」
そう言って微笑むトウマくん。いつもは魅入っちゃうところだけど、少しだけ違和感を感じた。話してる時の表情や雰囲気がいつもと違う気がした。
「なんかあったの?」
「どうした、急に」
トウマくんはほんの少し見開いたあと、いつもの表情に戻った
「なんか、いつもと違う気がしたから」
なんというか、心が言っていることに追いついていない感じがする。思ってないことを言っているような⋯⋯。
心が浮ついてるって言っても、ベクトルが違うような気がするなぁ。
「何か悩んでるの?」
トウマくんは少し考えた後。
「いや、何も。心配してくれてありがと」
そう言い切った。
あまり元気ではない笑顔で。
⋯⋯むぅ、本当かなぁ。男の子ってこういうところで強がったりするものだと漫画に書いてあったし、トウマくんもなのかな⋯⋯。
もし悩んでるなら解決してあげたいし、心が軽くなるなら相談に乗ってあげたい。
でもプライドが傷つくかもしれないしなぁ。
男心とは難しい⋯⋯。
そんなことを思っていると、声をかけられた。
「アカリおはよ〜」
「あ、ユウナおはよう!」
私が振り向くと同時、ユウナはすっ飛んできて私の腰に抱きついた。
「あぁ、アカリの香りがする⋯⋯」
「もう、何言ってるんだか」
苦笑してユウナの頭を撫でる。その度にユウナは妙な声を出して喜んでいた。
ユウナに相談するべきかな。でも、無断でそういうことしたらトウマくん怒りそうだし。
でもでも、今日は私が告白する日だもんね。
今日、私は世界で一番の幸せ者になるんだろうなぁ。
そう思うと、ニヤニヤが止まらない。隠そうとしたら、むしろ大きくなってしまう。
ダメダメ。バレないとようにしないと。
「あ、アカリ。ちょっと来て」
「ん、なに?」
ユウナに呼ばれて、女子トイレの前まできた。
「どうしたの?」
「今日するんでしょ? 告白」
「ちょ、そんなおっきな声で言わないでよ」
「小声で言いました〜」
みんな教室でワイワイしてるから聞こえてないよね?
私の反応を見て微笑んでいるユウナに、仕返しとしてほっぺたをつんつんする。でも、ユウナはご褒美だと言わんばかりに頬を赤らめ、ニヤニヤしていた。
もう、ユウナったら!
「するけど、どこでするかは秘密だからね」
「えぇ、アカリの初恋が実るっていうのにリアルタイムで見れないの!?」
「ちゃんと結果は教えてあげるから」
「ん、わかった。本当のこと教えてね!」
「はいはい、わかってますよ」
宥めるように言うと、ユウナは納得したのか、一度大きく頷き。
「アタシ、トイレ行くから先帰ってて良いよ」
「待つけど?」
「いいからいいから」
背中を押されるようにして、半ば強引に教室に帰された。
去り際にトイレの方を見ると。
「ユウナ──────」
ユウナは、苦しそうな顔をして鏡を見つめていた。
◇◇◇◇◇◇
教室に戻ると、シュンが来ていた。何やらトウマくんと話していて、トウマくんが何かを話すと、首を横に振って、身振り手振りをして何かを言っていた。私は教室の入り口でそれを見ているから、よく聞こえなかった。
やがてシュンは自分の席につき、頬杖をついて黒板を見つめた。
「おはよ、シュン」
「おう」
「何話してたの? トウマくんと」
「別に、くだらねえことだよ。そんなことより今日するんだろ?」
シュンはトウマくんを指差し、いたずらっ子のようにニヤリと笑って見せた。
「な、なんで知ってるの!?」
「ユウナから聞いた」
「もう、ユウナったら」
まあ、別にいいけど。シュンにも言うつもりだったし。いずれバレることだし。
「頑張れよ」
シュンはサムズアップをして見せ、歯を見せて笑った。
「うん!」
ちょうどそこに先生がきたことで、クラスメイトの談笑が中断される。それぞれが席に座り、先生の号令を待った。
シュンは机に突っ伏し、机をグーで叩いていた。何回も、弱々しく。
⋯⋯?
何かあったのかな。あとで聞いてみよう。あ、ユウナもまだ帰ってきたない。トウマくんもシュンもユウナも、今日は様子がおかしい。何があったんだろう。
私だけは蚊帳の外のように感じる。
私も力になりたいから教えて欲しいのに。
ほんのちょっとの寂しさを覚えて、体育館の移動した。
体育館にはすでに多くの生徒がいて、混雑していた。私は人混みの中を滑るように移動するトウマくんを追って、小走りで走り出した。
なんとか自分のクラスの場所に着き、トウマくんの横に座った。
「もうすぐで一年生が終わるんだね」
「あんまり実感湧かないな」
「ふふっ、確かに」
ここには、シュンはいない。今、さっき何を話してたのか聞いてみよっかな。
「ねえ」
「ん?」
「さっきシュンと何話してたの?」
「あぁ、いや、なんでもないよ」
むぅ、やっぱり話してくれないのかな。
「えー、今日は修了式という──────」
校長先生の中身のない話を聞き流しながら、私は横を見た。横にはトウマくんの顔がある。ジト目のような暗い目。その目で校長先生を見つめている。たまにあくびをして、目に涙が滲んでも、すぐに引っ込んだ。
体育座りしている中、膝に顔をコテンと乗せた。
不意にトウマくんがこちらを見た。
私はすぐに顔を逸らし、何もない風に装う。
バレてないよね?
顔見てたの⋯⋯。
「俺の顔になんてついてた?」
トウマくんは話してることがバレないように、小声で、掠れた囁き声で私の耳に飛び込んできた。
「ひゃっ⋯⋯。いや、何も!」
声にならない悲鳴を挙げ、耳を押さえた。心臓が全速力で走り出し、今にも胸を突き破りそう。
みんなに聞こえてないよね!?
私の体の中でどんどん主張を激しくしていく。
そこで気づいた。
私って、本当にトウマくんのことが好きなんだなぁ⋯⋯。
これが恋なんだなぁ⋯⋯。
そんなことを思っていると、いつの間にか心臓は落ち着いていて、いつものペースで動いていた。
やがて、話は終わり、修了式も終わりを迎えた。
◇◇◇◇◇◇
校庭に集まり、クラスで写真を撮る。もちろん、私はトウマくんの横だ。私の前には、中腰になっているシュンとユウナがいる。
「撮りますよー」
カメラマンの号令と同時ににっこりと笑った。
撮影が終わると、クラスの子がスマートフォン片手に集まってきた。
「アカリちゃん一緒に写真とろ!」
「私もいい?」
「お、俺も⋯⋯ちょっとでいいから思い出を」
私はその集団に対応しつつ、トウマくんを探した。
でも、どこにもいなかった。
どこに行ったんだろ⋯⋯。
「ねえ!」
「何?」
「トウマくんがどこ行ったかわかる?」
「そういえば、教室はず、忘れ物とか取りに行ったんじゃないかな?」
教室⋯⋯。
私はクラスメイトを置いて走り出した。
視界の端にはシュンとユウナがいた。私の方に視線を向けると、手を振ってくれた。
それを背中に受け、私は全速力で走った。
玄関口を通って、靴を適当に脱ぎ捨てた。
靴下のまま階段を駆け上がる。
今、この瞬間がチャンス!
今しかない!
◇◇◇◇◇◇
教室にたどり着く。廊下側の窓から、椅子に座って黒板を眺めているトウマくんが見えた。
ドアに手をかける。この向こう側に、トウマくんが⋯⋯。
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