第七十二話
「私、トウマくんのことが好きかも」
告げられたのは意外な言葉だった。
まさか今まで言うのを躊躇ってたアカリがこんなことを言うなんて。
「へ、へえ。⋯⋯ちなみに、いつから?」
特になんでもないような口ぶりで、それとなく探りを入れる。
「いつからだろ⋯⋯最初からかな。出会った時から⋯⋯」
そこまで言うと、頬を赤くして、クッションに顔を埋めた。
こりゃ重症だね。⋯⋯でも、アカリがトウマのことを好きだとは思っていたけどここまで好きだなんて。
アタシも予想はしてなかったな。
さて、ここからどうするのが正解か⋯⋯。
「私、どうしたらいいのかな⋯⋯」
セリフから察するに、アカリ自体好きだとは思っていても、ここからの身の振り方がわかっていないってことね、ふむふむ。
まあ定石は背中を押すことだろうけど、それだけじゃアカリは動かなさそう。
まずは揺さぶりをかけてみることから!
「アカリはどうしたい?」
「なんて言ったらいいのかな⋯⋯」
「ゆっくりでいいよ、ちゃんと考えてごらん?」
アカリの考える姿を眺めること五分。
アカリはクッションを抱きしめながら、遠慮しがちに呟いた。
「トウマくんを、私だけのものにしたい」
わーお、これはすごい。アカリにここまで言わせるなんて、トウマは罪な男だね。
というか、アカリにここまで独占欲があるなんて、アタシでも知らなかった。⋯⋯ちょっと嫉妬しちゃうな。
おっとっと、脱線しちゃいけない。今はアカリの恋心をあらわにするところから。
「どれくらい好きとか言える?」
「う、うん。だけど、時間欲しいかも」
「ん、待ってるから考えな」
一気に踏み込みすぎるとアカリは引っ込んじゃうから、ゆっくり、真綿で首を絞めるように⋯⋯ってね。
アカリは目を閉じ、顎に手を当て、ウンウン唸りながら頭を捻っている。時々ハッとしたように目を開けるも、すぐに考え直してしまう。
そんな仕草を眺める時間は、案外早く終わった。
1分経ったかどうかと言うところ。アカリのことだからもっと悩むかと思ったのに。
「考えついた?」
「うん、えっとね⋯⋯」
アカリは指折り数えながら話してくれた。
「まずは、優しいところでしょ? 具体的に言うとね、本格的に関わったのが一日遠足の動物園でなんだけど、ユウナとシュンのデート邪魔するわけにもいかなかったから、一人で回ってたんだけど、途中で体調崩しちゃってね、大変だったんだけど、そこで声をかけてくれたのはトウマくんだったの。
私、最初は冷たく突っぱねたのにね、トウマくんは気にせず私のことを気遣ってくれたんだ。スポーツドリンクを飲ませてくれて、屋根付きのベンチにお姫様抱っこしてくれたの!」
アカリの口は止まるところを知らなかった。
「そしてね、私の愚痴とか文句とかにも付き合ってくれてね、一緒にご飯も食べてくれたの。それに、宿泊学習で私がお化け役してたの覚えてるでしょ?
その時私、懐中電灯を無くしちゃって、転んで足を怪我したの。誰も私を見つけてくれないんだって悲しくなって⋯⋯その時に駆けつけてくれたのがトウマくんで、おんぶしてキャンプファイヤーまで連れてってくれたの。⋯⋯でねでね!」
いつの間にか、抱きしめていたクッションをほっぽり、話すのに夢中になっていた。
「夏祭りで二人で出かけたんだけど、その時ナンパされた私を助けてくれたの。かっこよかったなぁ⋯⋯。あ、あとね、そのあとサクラちゃんと、弟くんと合流したんだけどね、トウマくんが弟くんと接してるのを見て、子供ができた時もあんなふうに優しくしてくれるのかなぁって思ったりね!?
見惚れちゃって!⋯⋯あとは体育祭で」
「ストップ!!」
危ない危ない、アカリの惚気話に気絶するところだった。
こんなにトウマのことを思ってるだなんて⋯⋯。
覚悟はしていたけど、とんでもなかったなぁ。
アカリは喉乾いちゃった、と言って注いだ水を一気に飲み干した。
まあ、あんだけ話すと乾くよね⋯⋯。アタシも流れを戻すために水を飲んで落ち着く。
ふう、アカリに持ってかれるな、郡元ユウナ。
「まあ、アカリがどれくらいトウマのことが好きかはよくわかった。ところでさ」
「ん?」
そろそろ、いいよね。
「今、告白前提で話してるんだよね?」
「っ!」
アカリは体を少しだけ震わせ、息を呑んだ。
アカリみたいなタイプはそう言う気がなくても、前提条件として盛り込んで仕舞えばその気になるタイプだ。
こうすることで二人が結ばれる確率が跳ね上がるはず。
あとはいつ告白するか、詳細に決めなくてもいい。いつ、どこでするかくらいは決めておくだけでいい。そしたらアタシがその現場見れるし!
むふふ⋯⋯アカリの初恋が実るのをリアルタイムで見れるなんて、考えるだけでよだれが⋯⋯。
「それって、トウマくんが私のかっ、彼氏になるってこと⋯⋯だよね」
「もちろん」
「〜〜〜っ!!」
アカリはほっぽったはずのクッションを回収し、先ほどよりも強く抱きしめた。顔は今までにないくらいに真っ赤になっていて、りんごみたいに瑞々しい。
食べちゃいたいくらいに美味しそうだ。
ふと、アカリがポツリと呟いた。
「でも、トウマくんって、私のことなんて好きなのかな⋯⋯。彼女にしたいって思ってるのかな⋯⋯」
アカリから飛び出た思いがけない言葉に、アタシは吃りながらもそれを否定した。
「な、なわけないじゃん! アカリのことを彼女にしたい男なんて銀河系にある星の数よりも多いんだからね!?」
「そ、そうかな」
「当たり前じゃん!」
アカリはほっとしたようにキュッとクッションに身を委ねる。
なんていじらしいの? そしてあざとい。だがそこがイイ!!
アカリの姿に高鳴る胸を押さえつつ、ゆっくりとアカリの堅牢な心を攻め落としにかかった。
「いつまでに彼氏にしたい?」
「い、いつまでって」
うーん、アカリにはこっちの方が効くかもね。
「アカリは、いつトウマの彼女になりたい?」
「!」
アカリは目を輝かせ、ふんすと鼻を鳴らした。
「一年生が終わるまでには⋯⋯」
「ん、了解。だったら修了式までね⋯⋯」
頭の中でなんとなくの日程を組んでみる。締切を終業式にしたら、アカリがトウマにアピールする時間が多くなるから好都合だね。
「どこで告白するつもり?」
アカリは人差し指をつっつきながら。
「学校がいいかな。⋯⋯ロマンチックでしょ?」
可愛いかよ!!
えへへ、とはにかむアカリの笑顔に心を打ち抜かれる。ただ、ギリギリで耐えて次の言葉を紡いだ。
「あとはアカリが勇気を出すだけだね」
「う、うん」
アカリがこんなにトウマのことを好きなんだ。絶対に成功させたい。もし失敗したら、考えたくもないけど、どんなに傷つくか⋯⋯。
アタシの大親友が泣く姿なんて見たくないから。
でも、一つだけ懸念すべき点がある。
アタシはスマートフォンを取り出し、シュンにメールを飛ばした。
「話があるんだけど」
すぐに既読がつき、返信が飛んできた。
『俺も』
シュンもなのか⋯⋯。好都合、学校で話すことにしようかな。
「ユウナ、何してるの?」
「ん、なんでもないよ」
アカリの質問を流しながら、アタシは学校で話そうと内容のメールを送り、画面を閉じた。
「あ、もうこんな時間! ユウナ、帰らなくて大丈夫?」
「そろそろ帰らないと」
二人して一階におり、玄関に向かった。靴を履き、ドアを開ける。
「ねえユウナ」
「どうした?」
アカリは照れてるのか、少しだけ笑いながら。
「相談乗ってくれてありがとね、嬉しかった」
その素直でまっすぐな言葉に──────
「当たり前じゃん、アカリはアタシの親友なんだから」
にっこりと笑い返した。
◇◇◇◇◇◇
翌日、アタシは学校でシュンと秘密の会議をしていた。
昼休みの教室。和気藹々とした生徒の団欒の中、隅っこで話を始めた。
「シュンの話って?」
「トウマのことでさ」
ふぅん。昨日のアカリの件もあるし、しっかりと聞いておいた方が良さそう。
「それってアカリに関すること?」
シュンは少し踊り多様な表情をしたあと、小栗と頷いた。
「あいつ、気づいてないらしくてさ」
「何に?」
まさか⋯⋯。
「あいつ、アカリに好かれてることに気づいてないらしい」
「⋯⋯」
やっぱり、アタシの唯一問題視していたことが事実だなんて。
クラスではアカリはトウマと楽しそうに話している。普通の人からすれば仲のいい友達同士で会話しているように見せるだろうけど、見る人が見れば恋しているのが丸わかりだ。
「本気で言ってるの?」
「俺も疑ったさ。でも本気らしい。信じたくないけどな」
「でしょうね⋯⋯」
ため息をつき、束ねた髪を巻き取った。
アタシがトウマにアカリのことを話すのは得策ではないような気がする。恋愛に対しては鈍いかもだけど、そう言うことに対してはある程度敏感な気がするから。
一番平和な流れはトウマがアタシにそのことを話すことなんだけど⋯⋯。
「それにさ」
シュンは先ほどよりも深刻な顔を作った。
「多分⋯⋯というか確実に⋯⋯アカリの恋は叶わない」
「はぁ?」
意図した言葉が出るわけでもない、心からの疑問。直後、失敗と言う二文字がアタシの頭を沸騰させた。
「どう言うこと?」
「俺は昨日、トウマと話したんだ。そこで、理由を聞いた。あいつは⋯⋯」
シュンはそこで言うのをやめ、俯かせていた顔をあげ、トウマとアカリの方を見た。
「答えてよ」
「ごめん、それは言えない。でも、確実に実らない恋なんだ」
「何それ、意味わかんないんだけど」
「俺だってわかんねえよ」
「アカリがどうなるかわかってるの?」
「だから⋯⋯もう、どうにもならないんだよ」
アタシがどうにかしないと⋯⋯。アカリが傷つく姿を見るなんて、そんなのは嫌だ。
「でも、諦めさせるには⋯⋯」
「遅すぎたな」
気の抜けたシュンの声。
「まあ、あとはトウマが決めることだ。それに、もうすぐで学期末テストがある。集中しねえと成績落ちるぞ」
「うん」
シュンは教材を持って教室を出て行った。
なんで、こうなるのかな⋯⋯。
アカリの恋が失敗する?
アカリが傷つく⋯⋯。
「はあ」
テストが終わって、その二週間後には終業式がある。
そこまでにどうにかしないと⋯⋯って言っても、アタシにできることはもうない。あとは成り行きを見守るだけ。
膝の力が抜け、ペタンと座り込む。
「アカリ⋯⋯」
アタシの目の先には、トウマと笑い合うアカリの姿があった。
時間は一瞬で過ぎて、修了式はすぐにやってきた。
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




