第七十一話
「なんだよ、急に」
「はぐらかすなよ」
シュンは一歩前に出て、俺と距離を詰めてきた。
切れ長の目が俺を睨みつけている。
なぜバレた?
いや、まだバレてないはずだ。
でもどうする。このまましらばっくれるか?
だが単刀直入に聞いてきたからには何かしらの確信があるはずだ。まずはそれがなんなのか確かめないことには自爆しかねない。
とりあえず目を逸らしたらダメだ。何か裏があるのではないかと勘ぐられてしまう。
ここは話を流すか⋯⋯。
「誰だって⋯⋯俺は俺だよ」
「嘘ついてんじゃねえよ」
「嘘?」
「俺が知ってるトウマじゃないんだよお前は」
「そもそも、なんでそう思ったんだ?」
シュンは三つ指を立てた。
「まず、ユウナから聞いた話だが、ヤンキー三人を一人でボコボコにしたことだ。俺の知ってるトウマじゃありえねえ」
シュンの薬指が折り畳まれる。
「そして、異常なほどに身体能力が高い。サッカー部だってのは知ってたが、あそこまで運動ができればもっと上を狙えたはずだ」
中指が仕舞われた。
「そして⋯⋯」
残った人差し指が俺に突きつけられた。
「これが一番の要因なんだが、目が死んでんだよ、ずっと」
目が死んでる⋯⋯。初めて言われた言葉だ。俺の目って、どんな感じだったっけ。
「高校で同じクラスになった時、お前は言ったはずだ。記憶がうまく思い出せなくなったっって」
「あぁ、確かに言ったな」
「記憶喪失は場合によるが、記憶が完全になくなるわけじゃない。記憶の引き出しを上手く開けれないだけなんだ。だから記憶を失っても、根っこは変わらないはずなんだ」
シュンはつらつらと言い連ねていく。
「つーか俺、シュンと会ったことあるっけ?」
俺のセリフにシュンは頭を乱暴に掻いた。
「3回くらいは話したことがある。俺は人をよく観察するんだ。その時に大体の性格は把握してたつもりだぜ」
シュンの言葉は止まらない。
「ヤンキー三人相手に大立ち回りできるほど喧嘩が強いわけでもなかったはずだ。それともあれか? 記憶を失った代わりに戦闘能力でも獲得したのか?」
違う。
「目が死んでる理由はなんだ? つるんでる仲間が嫌いか?」
違う。
「自分に嫌気がさしてるのか?」
⋯⋯⋯⋯。
「アカリが嫌いなのか?」
瞬間、顔を覆っていた手に力が込められた。ゆっくりと顔を上げ、シュンを睨め上げる。
「黙れよ、そろそろ」
シュンは俺の気迫に驚いた表情をして、一歩後退る。
「そんなんじゃねえよ⋯⋯。もう、疲れたんだよ」
震える声。シュンは俺の肩に手を置いた。
「行こうぜ」
「どこにだ?」
「座れる場所だよ」
◇◇◇◇◇◇
座れる場所というのは、ユウナが日課としているランニングのために来ている公園だった。
「ユウナに何回か誘われててよ、行ったことあったんだ」
「⋯⋯そうか」
「ま、先に座っててくれ」
言うとおり、俺はベンチに座る。
「おい」
顔を上げると、二つのジュース缶を持っているシュンがいた。
無言で投げられる缶を受け取り、飲まずにベンチの端に置いた。
「飲まねえのか」
俺の横に座ったシュンは、小気味良い音を立ててプルタブを引っ張った。一口呷ってから話しかけてきた。
「んで、改めて聞くけど⋯⋯誰?
「⋯⋯」
「黙ってちゃわかんねえって」
「わからないんだ、言っていいのかどうか」
俺は誰にも明かしたことはない。唯一、神には異世界人だと看破されたが。言おうと思ったことがあった。
でも、それによってその人が不利益を被る可能性があると考えると憚られた。
そもそも、言う必要がなかったのもある。
「言ってみないとわかんねえだろ?」
「何かあってからじゃ遅いんだ」
「⋯⋯こんな状況で言っても信じられねえかもしれないけど」
シュンは頬を掻きながら。
「俺はトウマのことを親友だと思ってる。何を言われようと受け止めてやるよ」
まっすぐ、俺だけを見ていた。
「⋯⋯そうか」
言っていいのか⋯⋯。ぐるぐると頭の中で葛藤が巡った。
ここまで言われて、言わないなんていいのか?
「俺は⋯⋯」
心臓が大きく跳ねた。これから自分が言おうとしている事実の重大さに、俺の体が怯えていた。
「俺は、異世界人だ」
ひどく続いた沈黙。それを破ったのは、シュンの一言だった。
「⋯⋯⋯⋯そうか」
「呆れたか?」
「いや、そう言うわけじゃねえよ。ただ、想定してたのを大きく超えてきたなって」
シュンは背伸びをして、ジュース缶に口をつけた。
ため息を一つ。ジュース缶を脇に置き、前のめりに手を組んだ。
「詳しく聞いていいか?」
詳しく⋯⋯一体どれから話せばいいのだろう。
「まず、この世界にいる理由はわからない。そして、この世界に転移してきたのは高校に入る直前だ。だから、中学の『篠村トウマ』と、俺は別人だ」
「並行世界のトウマってことか?」
「まあ、そんなところ」
シュンは頭を抱えた。
「マジで並行世界ってあるのかよ⋯⋯」
「どうした?」
「いやいや、こんなことが実際に起こるんだなって⋯⋯。案外SFとか好きだからちょっとだけ齧ってたんだよ。まさかトウマが並行世界の人間だとは思わなかったけどな」
「俺からしたらこの世界が並行世界だよ」
天を仰いだ。うざったいほどの青空だ。雲ひとつない。
「じゃあ、悪意を持って成り代わったわけじゃないんだな?」
「あぁ⋯⋯。まぁ、いい機会だとは思ったけど」
「いい機会?」
「俺は元の世界で虐められて不登校になってたからさ、この世界で克服しようと思ったんだ」
「トウマを虐めるなんて、どんだけ強えんだよ」
シュンは少し笑って返す。その笑顔はどこか暗い。
俺は前だけ見て話していた。シュンの表情は横目に見るだけだ。公園では小さな子供が楽しく遊んでいる。
「あの時の俺は弱かったから⋯⋯。色々な経験をして今の俺ができたんだよ」
「そ⋯⋯か」
曖昧な返事を返したシュンは、ハッとした表情で質問してきた。
「その口ぶりからして、他の異世界も行ったってことだよな?」
「まあ、うん」
「聞いていいか?」
シュンの待ちきれないという赤らんだ顔。俺は、初めてシュンの顔を見た。まっすぐ、目を見た。
「聞きたいか?」
俺の言葉に押し黙る。やがて、首を横に振った。
「いや、やめとくよ。そのほうが良さそうだ」
そして、ふと思いついたように、シュンは切り込んできた。
「トウマが異世界人ってことなら、お前⋯⋯いつか消えるのか?」
「⋯⋯あぁ、でも俺が消えて困るやつなんていないさ」
瞬間、血管の切れる音がした。
「てめえ、今なんて言った?」
シュンの目が変わっていた。俺の事情を汲む優しい目ではなく、親の仇を見るような目。
「ふざけんな!」
今までに聞いたことのない声量。およそシュンから発せられたとは思えないドスの効いた声。
公園にいた子供は動きを止め、木に止まっていたカラスが飛び去る。
俺は胸ぐらを掴まれ、引き寄せられていた。
「誰も困らねえだと!? なに寝ぼけてんだ!」
「だって、実際そうだろ⋯⋯」
「俺はさっき親友だと思ってるって言ったよな。それにユウナだってお前のことを気に入ってる。⋯⋯でも、それよりも何よりも⋯⋯」
対照的に、消え入りそうな声で呟いた。
「アカリの気持ちはどうなるんだ⋯⋯」
「⋯⋯は?」
「あんなふうにしておいて、自分は逃げるだって?」
なんだ、何を言ってるんだ。シュンは何に対して怒ってるんだ?
「あんなに嬉しそうなアカリなんて見たことなかった⋯⋯。あんなに楽しそうに話してくれることなんてなかった。なのにお前は⋯⋯お前は⋯⋯っ!」
「何、言ってんだよ」
「言ったよな、気づけよって。修学旅行のあの時」
あぁ、確かに言った。言ったが、その意図までは俺にはわからない。
「つーか、今はアカリなんて関係ないだろ」
「あるに決まってんだろうが!」
そこで俺は突き放され、ベンチに背中をぶつける形になった。
置いてあった缶ジュースが倒れ、中身が溢れた。公園の砂利を濡らし、黒く塗っていく。
なんで、なんでそんなことをされなきゃいけないんだ。
俺が何したって言うんだ。
「そんな怒ることあるかよ⋯⋯」
「逆にキレねえ意味がわからねえよ。お前、本気でそう思ってるのか?」
「そう思ってなきゃ、言わないわけないだろ」
俺の言葉を聞いて、シュンは特大のため息をついた。そして、ベンチに力無く座り込んだ。右手でセットされた髪をくしゃっと握り締め、歯噛みしていた。
「アカリをあんなふうにしておいて、責任は取らないだって?」
ずっと言われて、引っかかったことがある。何に対して怒っているのはわからない。ただ、シュンはアカリに関係することで怒っているようだ。まずはそこから聞き出さなければ。
「なぁ、シュン。俺がアカリに何をしたか教えてくれ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯嘘だろ」
シュンは項垂れ、声にならない声を出した。
「全部自覚ないのか?」
「⋯⋯すまない」
「もう一年生も終わるんだぜ? 学年末テストが終わったら修了式があって、それも終わったら俺ら二年生になるんだぜ?」
肘かけにおいた腕をぶらぶらと揺らし、泣きそうな声で言葉を紡いでいく。
「なんで、こうなるんだよ」
「自覚がないのはすまない。でも、教えてくれたらちゃんと治すよ。だから⋯⋯」
「もう無理だ。手遅れだ。治らねえよ。じゃなきゃこんなキレてねえよ。つーか、俺から言うことじゃねえ。アカリ本人から聞いてくれ」
そう言って、シュンはベンチを立った。
「待ってくれ、少しだけでもいいから教えてくれよ!」
「⋯⋯」
俺の言葉にシュンは振り返った。
「お前、本っ当に無責任だな」
そう吐き捨て、公園を去った。
シュンの言葉を受け、俺は立ち尽くす他なかった。
◇◇◇◇◇◇
(郡元ユウナ視点)
その日、アタシは珍しくアカリに呼び出されてアカリの家に言っていた。普段ならアタシが誘うところなんだけどね。
ただ、アタシが誘ってもアカリはアタシが変なことをしてくるからと言う理由で断られてしまう。
アタシ悲しい。アカリにしかしないのに⋯⋯。
でも、話があるってなんなんだろ。
「入っていいよ」
「お邪魔しまーす」
アカリの部屋に入る許しを得て、嬉々としてドアを開けた。アカリは小さな机の横に座って、アタシを待っていた。
そして、いつものアカリとは一段違った空気を纏っていた。
そんな仕草とオーラに胸をキュンとさせつつ、早速話の本題に入る。
アタシは話をぐだぐだするのが好きじゃないから。
「⋯⋯で、話って?」
アカリは少し間を空けてから口を開いた。
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




