第六十八話
ケーキも食べて、小樽を満喫した俺らは、ホテルの部屋でくつろいでいた。
三人して布団に寝転び、各々好きなようにしていた。だが、それを破ったのは長末だった。
「あ、あのよう」
「ん?」
「どうした?」
長末はどこか照れくさそうに言葉を発する。らしくない行動に、俺とシュンは首を傾げた。
「北見さんって、彼氏いるのかなぁ」
そうだった。そういえば長末はアカリのことが好きだったんだった。
「芝山は何か知ってるか?」
「百パーないな」
「ほ、本当か!?」
長末は興奮した様子で、シュンに近寄った。
それほど本気なんだな。
「アカリは彼氏ができたら一番にユウナに相談するだろうし、ユウナがそれを俺に言ってないってことはそう言うことだろ」
なんとなしに言ってのけるシュン。だが、思い出したように小さく声を漏らした。
「でも、好きな人はできたっぽいな」
「ほ、本当か!!」
先ほどより数倍の声量で叫んだ長末は布団をバシバシと叩いた。
「ウッセー。そんで布団叩くな。埃が舞う」
「す、すまん⋯⋯」
しおらしく謝る長末。大きい図体を小さく縮こまらせた。
俺はスマートフォンをいじりながら、二人の会話に耳を傾ける。適当にSNSを巡回していると、長末が声をかけてきた。
「篠村も恋バナしようぜ。芝山は彼女いるからイマイチ盛り上がらねえんだよ」
「悪かったな、彼女いて」
不貞腐れているような声音でシュンは言い返すが、その顔は笑っている。
「俺も話すことなんてないなぁ」
「えぇ〜」
長末は至極残念そうにがっくりと肩を落とした。が、シュンはニヤリと笑い、俺の荷物が置いてある付近を指差した。
そこには、アカリが買うのを諦めたネックレスの入った袋だった。
「ネックレス買うようなやつじゃないだろ、トウマは」
「⋯⋯見てたのかよ」
「偶然な」
「マジかよ、誰に渡すんだよ篠村!」
シュンの悪戯っぽい笑みと、長末の逃げ場のない圧に、俺は屈する他なかった。
「北見さんにだよ」
俺の言葉はやけに部屋に響いた。少しの間の後、長末は俺の肩を叩いた。
「篠村も、北見さんのことが好きなんだな⋯⋯」
「いや、ちげえよ」
「じゃあ、理由は?」
品定めするようなシュンの視線が突き刺さる。
「北見さんがさ、ネックレス欲しがってたんだよ。でも、あきらめてさ。⋯⋯ほっとけないだろ、ああいうの」
「「⋯⋯」」
「なんか言えよ。恥ずかしくなるだろ」
頰を掻いた。むず痒かったからだ。
そんな俺をみて、長末は再び俺の肩を叩いた。
「そっか⋯⋯漢だぜお前は!」
「急になんだよ」
長末のセリフにツッコミながら、シュンの反応を伺う。シュンは先ほどの笑みは無くなっていて、どこか安心したように頷いた。
「って、シュンだけずりーぞ。俺らばっかり話してるじゃねーか。なぁ、長末」
「おう、⋯⋯芝山、ノロケていいから話せ!」
「ったく⋯⋯」
めんどくさそうにしながらも、シュンは乗り気なようだ。思ったが、シュンって結構ユウナのことが好きだよな⋯⋯。まあ、じゃなきゃ彼氏彼女の関係になってないか。
「ユウナとは小さい頃から一緒でな、兄妹みたいなもんだったよ。⋯⋯もちろん俺が兄貴な」
話の間にボケを挟みながら、シュンは話を続けていく。
「中学生の時に、ユウナから告白みたいなモンをされたんだけどさ、もう半ばそんな関係になりつつあったから今更感満載だったんだよ」
十分くらい話を聞かされたが、御伽噺のようで俺にはさっぱりだった。
「つーかさ、俺が郡元と一緒に帰ってるのって不満じゃないか?」
「別に」
意外とドライ?
そう思った直後⋯⋯。
「だって、あいつ俺のこと好きだもん。それに、トウマは俺の彼女寝とるなんて度胸ないだろ」
「はっ、確かに」
ぐうの音も出ない世論に両手を挙げて降参の意を示す。
そんな中、長末がシュンに質問した。
「結局、郡元さんとは最後まで行ったことはあるのか⋯⋯?」
「あ、それは俺も気になる」
まあ、さっぱりと言っても、俺もこれくらいはわかる。
シュンの回答によって、これからの見る目が変わることだけはここで宣言しておこう。
シュンの回答や如何に──────
「⋯⋯それを聞くのは野暮ってもんだぜ、長末」
と、言うことは⋯⋯。
「「どう言うことだ?」」
綺麗にハモった。長末はシュンの両肩を掴んで揺らし、誤魔化すなと凄んだ。
しかし、揺らされながらも、シュンは俺に向かって。
「後悔したくないなら、早く気づけよ」
「?」
これも、俺にとってはさっぱりな話だった。
そのはずだった。
ネックレスの入った袋がカサリ、と揺れた気がした。
◇◇◇◇◇◇
「ここがゲレンデかぁ」
「真っ白だー」
早朝だと言うのに、多くの客が滑っていた。
地元の人も多いのか、時折違反切符を切られそうなスピードで降っている人を目にする。
「昨日も雪すごかったけど、ゲレンデは一段と積もってるな」
「ねー、足元埋まってるもん」
スキー靴を履いていなければ、今頃足元はびしょ濡れだろう。
つーか、この靴歩きにくいな。ペンギンみたいな歩き方をしないと、ろくに歩けない。
あてがわれたインストラクターの指示に従い、スキー板をどうやって装着するのか、加速、減速する方法を教えてもらう。
その後、各々練習することになった。
俺は早々にコツをつかみ、ある程度自由に動けるようになった。
「トウマくん、どうやって滑ってるのー?」
慌ただしく、不安定な足取りでこちらにやってきたのはアカリだった。
どうやら、スキーをうまくできないらしい。
「何ができないんだ?」
「うまく曲がれなくさぁ」
アカリは不満げな表情でストックを雪に突き刺した。
よほどストレスが溜まっているみたいだ。
「俺がやりやすいからかもだけど、膝を内側に入れたら曲がりやすいかな」
「ほへぇ」
「あと、もっと体重をかけてみなよ。⋯⋯マイケルジャクソンのゼロ・グラビティみたいな感じ?」
「何それ」
おっと、通じなかったみたいだ。
「あーっと⋯⋯前にぐいーって倒れるパフォーマンスあるだろ?」
「あぁ! それのことね。名前知らなかったから、気づかなかった」
アカリは早速滑りにいくようだ。俺は横からそれを眺め、一緒に滑る。
アカリの運動神経は良いため、すぐに習得できるだろう。
俺の予想通り、アカリは水を得た魚のようにスイスイ動き始めた。
もう大丈夫だろうと、俺はアカリのそばを離れた。途端、俺の前に誰かが倒れ込んできた。
「うひゃあ!」
「危なっ! って、サクラさんか」
「あ、トウマさん⋯⋯。す、すみません」
尻餅をついた状態で、サクラは俺に謝ってきた。
何も謝らなくて良いのに。
「立てるか?」
そう言って手を差し伸べた。サクラは俺の手を掴もうとした寸前、動きを止め、伸ばした手を引っ込めた。スキー板を外し、自力で立ち上がる。
雪まみれになったゴーグルを手に取り、こびりついた雪を払い除けた。
「私、まだまだですね」
「何が?」
「トウマさんは気にしなくて良いですよ」
儚げに笑い、再びスキー板を履いた。
「うまく滑れないなら、俺が教えてあげようか?」
背を向けたサクラは、首を横に振った。そして、スキー板を履いて、滑っていく。が、うまくバランスを取れずに、すぐに転んでしまった。
雪を巻き上げて、盛大に転ぶ。
すぐに立とうとするも、再びバランスを崩した。
危なっかしいなぁ。
転んだサクラの元まで行き、声を掛けた。
「大丈夫か?」
「⋯⋯はい」
⋯⋯嘘だよなぁ。明らかに無理してるし。
かと言ってこれ以上踏み込んだらウザがられるかもだし、関わってほしくなさそうだもんなぁ。
悩んでいるうちに、サクラは立ち上がり、再び滑り始めた。だが、また転んだ。今度はなかなか立ち上がらない。
どこか怪我したのか。
俺はすぐにサクラの元へ行き、声をかけた。
「大丈夫か?」
「⋯⋯はい」
だが、転んだままだ。
⋯⋯流石に放っておけないな。
「立てるか?」
「⋯⋯」
返事は返ってこなかった。
というか、体が震えている。そして、鼻を啜る音が聞こえてきた。
「グスッ⋯⋯」
な、泣いてる⋯⋯。
俺はスキー板を外し、へたれこむサクラの横に座った。
慰めようとしたは良いものの、どんな言葉をかけるべきなのかはわからなかった。
スキーって難しいよな?
俺が言ったら嫌味にしかならない。
スキーができないくても良いじゃないか?
これも嫌味にしかならないような⋯⋯。
「あー⋯⋯」
「⋯⋯」
「なんで泣いてんの?」
これでよかったのか?
「自分が情けなくて⋯⋯」
サクラはポツリ、と話し出した。
「私は、一人でできるようにならないといけないのに。トウマさんに何回も助けられそうになって⋯⋯。それで⋯⋯」
サクラはスキーウェアを握りしめ、唇を噛んだ。
雪が降ってきた。
「誰にも頼らずに、一人だけで⋯⋯」
「なんでそう思ったんだ?」
「なんでって⋯⋯」
サクラは儚く笑い、俺を見た。
「しの⋯⋯トウマさんの所為ですよ」
一度何かを言いかけたサクラは、目を伏せた。だが、すぐに言いなおした。
俺⋯⋯?
まさか、俺が忘れているだけで、俺に何かやってしまったのか?
つーか、元凶である俺が心配するとかなんの冗談だよ。
サクラ、怒ってるだろうなぁ⋯⋯。
何か弁明するべきかと思うも、忘れていることに何か言うのも変だし、余計なことを言って怒らせるのも嫌なので、黙っていることにした。
「すみません、困らせてしまって」
「い、いや、俺の所為でもあるっぽいし⋯⋯」
両手を胸の前でパタパタと振りながら、サクラの謝罪をやんわりと止める。
「ふふっ、言葉の綾なので気にしなくて良いですよ」
サクラははにかみながら笑って、勢い良く立ち上がった。
雪の降る空を見上げ、何かを呟いた。
その声は、俺には聞こえない。
「トウマさん」
「どうした?」
「スキー、教えてくれませんか?」
晴れ渡ったような笑顔で、俺に言いかけた。
「一人でできるようにならなくちゃいけなかったんじゃ?」
「それは、また今度にします」
「はっ⋯⋯了解」
◇◇◇◇◇◇
サクラも一人で滑れるようになり、俺は一人、ゴンドラに乗って頂上まで来ていた。一気に滑り降りるつもりはない。というか、スキーをして初日の人間が、ここにくるべきではないだろうと想像がつくほどの斜面だ。
俺が滑るために心の準備をしている間、熟練者たちは次々と猛スピードで斜面を滑っていく。
滑った後には雪煙が立ち上り、雪肌にはスキーの軌跡を刻んでいた。
⋯⋯俺もやるか。
震える手は、きっと寒さだけのせいではないだろう。ストックを握りしめ、体重を前に預けた。
緊張がはち切れそうになった瞬間、スキー板が滑り出し、ゆっくりと速度を上げていった。
「⋯⋯やっば」
斜面の角度に体を慣らした後、八の字にしていたスキー板を平行にしていく。みるみる速度が上がっていく。
気づいた頃には、制御なんてできなかった。
「うおおおおおっっ!?」
倒れそうになる体をなんとか支え、人の少ない所へ移動しようと踏ん張る。
重心を移動させ、程なくしてバランスは取れてきた。
だが、目の前には窪みがあった。
避けようとするも、右足のスキー板が窪みに突っ込み、両足の間隔がズレていった。
ゲームのコントローラーが壊れたみたいに、俺の言うことを聞かなかった。
「あぶぇあ!」
素っ頓狂な声を出しながら、つんのめり、無様に倒れた。足が絡まり、スキー板が外れる。起き上がった時には、全身が雪に包まれていた。
「イタタタ⋯⋯」
俺は心配そうにする周りの客たちに大丈夫です、と声をかけながら外れたスキー板を回収した。
まさかこんなに簡単にコケるなんて⋯⋯。運動神経は良い方だと思ってたけど、こんな感じじゃそうとは言えないな⋯⋯。
たはは⋯⋯、と乾いた笑いを漏らしながら、ゲレンデの隅っこに行き、スキーウェアにまとわりついた雪を払う。
⋯⋯スキーって難しいな。
その日のスキーの時間は終わり、ホテルへと帰った。
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




