第六十七話
修学旅行。それは、高校生の一大イベントの一角。
俺たちの高校は受験に専念するため、一年生の頃に行うそうだ。
毎年行く場所は変わるそうだが、行うイベントは固定らしい。
今年は北海道だそうだ。
クラスメイトは早速、友達とどんなふうに過ごすかを計画している。
そんな中、担任が口を開いた。
「修学旅行は二泊三日だからな。日程もある程度決まってるし、計画立てても意味ないからな。精々、少しの自由時間をどうやり繰りするか考えるくらいだな」
そんな毒を吐きながら、担任は修学旅行のしおりを配っていく。
「トウマは俺と同じ部屋だろ?」
「そうなるかな。でも、三人じゃないとダメだから、あと一人誰か誘おうぜ」
「長末でいいか。あいつ便利だし」
シュンは軽いノリで言い、長末に声をかける。遠巻きに見ていたが、長末は快諾したようだ。
シュンは軽くしおりに目を通す。
「スキー研修だってよ。俺やったことねえや」
「俺もだな。ここら辺って滅多に雪降らないし、そもそもスキーをしようなんて思わないしな」
シュンの言葉に頷きつつ、しおりを読んだ。
一日目は小樽市を回るだけで、二日目にスキー研修が行われるみたいだ。
「修学旅行は一週間後。しおりに描いてるやつは絶対持ってこいよ。あと、乗り物酔いする生徒は各自酔い止めの薬を持参すること。他には⋯⋯」
担任は資料を見ながら盛り上がるクラスメイトに指示をしている。
その騒がしさに、担任は頭を掻きながらも微笑していた。
◇◇◇◇◇◇
修学旅行当日、太陽が昇る前から学校に着いた俺は、体育館に入った。
肌を指すような床の寒さが、靴下越しに伝わってくる。
自分しかいない体育館は、形容し難い特別感がある。少しむず痒くなるような、そんな感じだ。
力を込め、キャリーケースを持ち上げる。中には二日分の着替えやその他諸々が詰まっているため、少し重い。
俺が一番最初に来たようで、誰もいない。
床に座って待っていると、後ろから足音が響いた。
「篠村か」
「先生⋯⋯」
来ていたのは担任だった。
「早いですね。来るの」
「当たり前だ。安い金で旅行ができるんだぞ」
そう言って先生はニヤリと笑いながらサムズアップをする。
背負っていたバッグを床に置き、俺の横に座った。
「篠村こそ早いな。こういうのは興味ないと思ってたが」
「そんなことないですよ。僕だってこういうのは楽しみです」
「そうか。ま、節度を持って楽しめよ」
担任は俺の背中をバンバン叩き、メモ帳を開いた。
生徒に言うべきことをメモしているようで、ブツブツ口ずさみながら覚えている。
怠け者だと思っていたけど、案外真面目らしい。
そんな先生の横でスマートフォンをいじっていると、生徒たちがやってくる。
「トウマ、早かったな」
「シュンか」
俺はいじっていたスマートフォンをポケットにしまい、シュンに目を向ける。
「朝からさみーな」
「北海道の方がどうせ寒いだろ」
「確かに」
俺の言葉に納得したシュンは俺に寄りかかる。
「郡元たちはどうしたんだ?」
「いつメンで一緒に来るってよ」
「長末は?」
「知らん」
雑だな。
そんなこんなで、体育館は生徒で埋め尽くされる。まだアカリは来ていないようだ。すでに先生による説明は始まっていて、もうすぐで学校に到着した、空港に向かうバスに乗り込むようだ。
先生の長ったらしい説明の途中に、冬の朝の空気よりも澄んだ声が響いた。
「遅れました〜!」
その声はアカリだった。アカリは焦った表情で、ユウナは余裕のある笑みで、サクラは赤面しながら登場した。
各々生徒の視線を惹きつけて離さない。
目立つなあ。
俺は周りを見渡しているアカリと目が合った。瞬間、アカリの顔が綻ぶ。
すぐにこちらにやってきた。
「おはよ、トウマくん」
「おはよう⋯⋯遅かったな」
「ユウナが寝坊しちゃってさ」
「ちょっと、それは言わない約束でしょ!」
ユウナの不機嫌な声が頭上から降りかかる。
「えへへ」
苦笑いするアカリは頭を掻き、舌をチロッと出した。
「でも、ユウナさんが寝坊したのは本当ですよ?」
「サクラまで!」
サクラの無垢な指摘を受けたユウナは苦しそうに胸を抑えると、シュンに引っ付いた。
「慰めて、シュン⋯⋯」
「しゃーねーな」
ポフ、と頭を撫でたシュンは少し恥ずかしそうにしている。あまりこういうのを人前でしないのだろうな。ユウナはご満悦だ。
「説明は以上です。バスが待っているので、校庭に行きましょう」
先生が疲れたような表情で、持っていたしおりで首元を扇ぐ。緊張していたみたいだ。
バスに乗り、空港まで行く。手続きを済ませ、飛行機に乗った。
◇◇◇◇◇◇
「ここが北海道⋯⋯」
「さみー」
「雪すっごい降ってるー!」
「綺麗ですね」
俺の前にいる四人が、北海道の景色を目にして、口々に感想を漏らす。
首元を通る冷たい風に、首をすくませた。
「こんなに雪が降るんだな」
「トウマくんは北海道初めてなの?」
俺の独り言にアカリが振り向いた。
「うん、初めてだよ。アカリは?」
「私もだよ。だからこんなに感動してるの!」
アカリの両頬は寒さによって赤く染まっており、りんごのように瑞々しい。
「俺らのとこじゃこんなに雪は降らないしな。新鮮だ」
「ねー」
アカリは手を皿にして、落ちてきた雪を受け止める。それはすぐに溶けて、姿を消してしまう。
「バスに荷物預けて、そこから自由行動だからなー」
先生の掛け声に耳を傾けつつ、バスに荷物を乗せる。
「小樽っていい店あるっけ?」
「北一硝子ってとこが有名だね」
俺の質問に、アカリがスマートフォンをタップしながら答える。
「そこ行こーぜ」
「さんせーい」
シュンとユウナも乗ってくる。
二人はカップルよろしく、楽しく喋りながら街を歩く。
⋯⋯って、ちゃんとしたカップルか。あの二人はあまり人前でイチャつかないから、付き合っているということを忘れかけてしまう。
「人は少ないですね」
サクラが俺の横を歩く。
「そうだな。人口多いし、人もいると思ったんだけど」
「もうすぐで六時ですからね、みんなお家でご飯を食べているのかもしれません」
「ははっ、確かに」
サクラは街並みを見渡し、白い息をほう、と吐く。
アカリはスマートフォンでマップアプリを立ち上げ、俺たちを先導している。
シュンとユウナは腕を組み、楽しそうに話している。時折ユウナが景色を指差し、シュンがそれを眺め、笑みを漏らす。
やがて、店に着いた。
中に入ると、色とりどりのガラスが目に飛び込んできた。上には暖色の光を放っているランプが吊り下げられており、これもガラスで出来ている。
「⋯⋯きれ〜」
思わず声を漏らしたのはアカリだった。手を合わせ、目を輝かせている。
商品を一つとってみせた。
それはネックレスで、紅葉を模したものだった。
淡いオレンジ色でできているそれは、アカリの白い肌に違和感なく馴染む。
「どう、似合う?」
小首を傾げて俺に微笑む。そんな顔が俺の胸の内をモヤで満たした。
なんとなく落ち着かない。ポケットに手を突っ込んでから、俺は答えた。
「似合ってるよ」
「えへへ、ありがと」
はにかんで笑った。そして、値札を見たアカリはその笑みを引き攣らせていく。
「た、高い⋯⋯」
そんな呟きを耳にして、俺も値札を覗き込む。もらったお小遣いが吹き飛ぶほどの値段だ。
「流石に買えないな」
「⋯⋯買えるけど、こんなに使っちゃうのはな⋯⋯」
頬を膨らませて財布とネックレスを交互に見やるアカリ。
たっぷり数分考えた後、そっとネックレスを元に戻した。
そして、他の商品を探しに行ってしまった。
寂しげな後ろ姿。
ポケットの中にある手には少しづつ力が込められて。
「しゃーねーな」
アカリの温もりが残ったネックレスを手に取り、俺はレジへと向かった。
◇◇◇◇◇◇
「サクラは何買うか決めたのか?」
「まだです。⋯⋯素敵なものが多すぎて」
サクラはそっと商品を手に取り、俺に見せてきた。
「これ、素敵ですよね。散っていく桜を斑らで表現するなんて」
サクラはピンク色の器が気になっているようだ。
「確かに、サクラにはぴったりかもな」
間近で見つめ、感想を言う。しかしサクラは俺の言葉に目を丸くした。
「⋯⋯ぇ」
「ん、どうした?」
だが、俺が声をかけた時には、柔らかな表情に戻っていた。
「確かに、トウマさんの言うとおりですね」
声を漏らしながら笑っていた。
「何がおかしいんだよ」
「⋯⋯秘密です」
サクラはイタズラっぽく笑い、器を胸に抱いた。
「お会計してきます」
「おう、わかった」
⋯⋯って、『俺』の母親にもお土産渡さないとな。
しかし⋯⋯。
財布を取り出し中身を見た。さっきお土産を買ったせいでろくなものが買えなくなってしまった。
北海道の食べ物もお土産として買っておきたいし、何か安くて役に立ちそうなものはないだろうか。
そこで一つのものに目が止まった。
「お香か⋯⋯なになに」
並べられていたお香には、冷え性に効くものや、花粉症に効くものがあった。
これでいいじゃん。俺は二つお香を買うことにした。これ以上買うものも無いため、店の外に出た。
外ではシュンとユウナが待っていた。
ユウナはホクホクしているが、シュンの顔は物憂げだ。原因はなんとなく察せるけど。
「二人はもう買ったのか?」
「あたしはシュンに買ってもらったもんねー」
「俺の⋯⋯俺の⋯⋯金」
「ご愁傷様」
シュンの肩を叩き、適当に慰める。先ほどよりも人が増えている。観光客たちだろうか。外国語をよく耳にするようになってきたな。
「あ、そう言えばあたし食べたいケーキがあるんだよね」
ユウナは俺にスマートフォンの画面を見せてきた。
「ここ、有名なやつだよな。美味しいって」
「うん、だから行きたくってさ。二人はまだかかりそう?」
「多分な。先に行っといていいぞ。場所だけスマートフォンに送っといてくれ」
「ん、わかった。シュン行こー」
「へいよー」
だるそうにしながら、しかし少し乗り気なように返事をしたシュンは、ユウナの後ろをついて行く。
「トウマさん。待ってたんですか?」
二人を見送った後、話しかけてきたのはサクラだ。
「あぁ。二人と一緒に行動しようと思ってな。流石に二人きりは危ないだろ?」
二人が危険な目に遭ったら嫌だし。
「お待たせー!」
アカリも合流したことで、ユウナたちがいる店へと向かった。
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




