第六十六話
俺はショッピングモールの最寄り駅で、アカリがくるのを待っていた。
ベンチに座った。
アカリは少し遅れるようで、俺は暇になっていた。適当にスマートフォンの画面をスワイプして、暇を潰す。十数分後、アカリは小走りでやってきた。
「ご、ごめん。遅れちゃった!」
「ん、今来たとこだよ」
アカリの謝罪に反応しつつ、スマートフォンをポケットにしまった。ベンチから立ち上がり、伸びをする。
「似合ってるね」
「あ、ありがと⋯⋯」
アカリは、ライトグレーの、太ももにかかるくらいの丈のコートを着ており、頭には可愛らしい白色のフェルトベレーが乗っかっている。
「行こうか」
「うん」
アカリが歩くたびに、ブーツの控えめなヒールが小気味良い音を立てる。
肩から下げられた、小さな黄色のショルダーバッグが、ゆらゆらと髪の毛と揺れて主張してくる。
「トウマくんはトウマくんって格好だね」
「なんじゃそりゃ」
俺が着ているのはハーフジップのグレーのパーカーに、深緑のズボン。黒のゴツいスニーカーだ。ゴツい靴は正義だからな。
「寒くないの?」
「あんまり。⋯⋯今日は特に寒いってわけでもないしな」
アカリと世間話をしつつ、ショッピングモールへと入った。
「何か買いたいものでもあるの?」
「新しい服欲しくて、トウマくんに選んで欲しいなって思って」
「俺が?」
なぜだ。俺にファッションセンスなんて無いのに。それに、服を選んで欲しいのだったらシュンか、それこそユウナに頼めばいいだけなはずだ。
「なんで俺?」
「⋯⋯予定空いてるのがトウマくんだけだったから」
アカリはそっぽを向いて答える。その様子を訝しがりながらも、俺は納得していた。
つまり俺は、数合わせみたいな感じか。なるほど、それなら俺を呼んだのも頷ける。
人選は微妙だけど。
でも、頼まれたなら全力で選ぶしかないな。
「北見さんはどんな服が好きなんだ?」
「わ、私? 私の好みは今着てる服なんだけど⋯⋯。知りたいのはトウマくんの好みだから」
「あぁ、そういうこと」
てっきりアカリの欲しい服を俺が評価するのかと思っていた。俺の好みの服がアカリに似合うかってことか。⋯⋯なぜ俺の好みなんだ?
アカリは惹かれるようにしてテナントの一つに入る。そこは俺が目にするのも気が引けるほどの高級感あふれる店だ。名前のロゴは筆記体で書かれていて、なんて読むのかすらよくわからない。
「ここが行きつけの店?」
「いや、いつもとは違うよ。せっかく選んでもらうんだから、いつもとは別のお店にしようかなって思ったの」
アカリはハンガーにかけられた服を手に取り、まじまじと見つめる。そんなアカリを見ながら、俺は周りを見渡した。今、店には冬物しか置いていない。厚手のカーディガンとか、なんていうのかわからないコート、触り心地がいいインナーなど、様々なものが置いてある。
「トウマくんはどれが好き?」
問われた俺は、数分待ってくれといい、服を探し始めた。
◇◇◇◇◇◇
(北見アカリ視点)
私がここに連れてきた理由はトウマくんの好みを把握することだ。トウマくんを選んだ服を買って、次のデートの時に⋯⋯。
っていう算段だ。
ユウナの提案をそっくりそのままやってみたけど、うまく行って良かった。
トウマくんは今、困り顔で服を探している。私に合うであろう服を一生懸命に探してくれているみたいだ。
嬉しいな。鏡の近くに置いてある椅子に座って、探し回るトウマくんの横顔を眺めた。
そんな時、声をかけられた。
「いい彼氏さんですね」
「ふぇ?」
「あそこの方、一生懸命に探してますよ」
「いや! 違いますよ。ただの友達で⋯⋯」
立ち上がって慌てて訂正するも、逆効果のようで店員さんは口に手を当て上品に笑う。
その顔を見た私の中に、桃色の感情が湧き出た。
「そうですか。失礼いたしました。⋯⋯何かお困りになったらいつでもお声がけください」
「あ、はい。⋯⋯ありがとうございます」
熱くなった頬を両手で覆いながら、椅子に座り直す。ただの友達⋯⋯ただの⋯⋯。
ズキリと胸が痛んだ。
モヤっとした気分を消すために、ポケットからスマートフォンを取り出す。SNSのアプリを開いて、タイムラインをスワイプしていく。
心臓がずっとうるさくて仕方がない。落ち着かせようにも、さっきの言葉がフラッシュバックしてきて、どうにもならない。
「はぁ⋯⋯」
おでこをスマートフォンにコツリと当てる。画面の光が私の鼻を照らした。
「決まったぞ!」
顔を上げると、満足げなトウマくんの顔があった。強張っていた顔はすぐに綻んだ。
「何選んだの?」
「このグレーのニットに、デニムのジーンズ。結構良くないか?」
「⋯⋯え?」
冷や汗が流れ落ちる。渡され、店員さんに試着室へと案内された。
中に入り、カーテンを閉める。ハンガーにかけられたニットに目をやる。
ニットって体の線が出やすいから、私自身は避け続けてきたんだけど⋯⋯。
そもそも、私にニットは似合わないし。サクラちゃんなら似合うかもだけど、私なんて⋯⋯。
手に取ろうとして、伸ばしたけど、すぐに引っ込める。
なんでトウマくんはこれを選んだんだろう。もちろん、大前提は似合うと思ったからなんだろうけど⋯⋯。
体の線が出やすいニットを選んだのは⋯⋯もしかして⋯⋯私をそういう目で見てるってこと⋯⋯?
「⋯⋯っ!」
思い切って手にとって、着替え始める。コートを脱いで、ハンガーにかけた。下も脱いで、ジーンズを履く。
試着室に備え付けられた鏡の前でポーズをとった。
「あ、あはは⋯⋯」
やっぱり私には似合わない。貧相な体には浮きすぎている。気落ちしながら、鏡の私を見た。背伸びしたヘンテコな私が、自分の目に飛び込んでくる。
「もう着替えたのか?」
外側からトウマくんが話しかけてくる。
「う、うん」
返事をして、カーテンを開けた。すぐ前にはトウマくんが立っている。不恰好な私を見つめた。
左腕をギュッと握る。顔はとっくに赤くなって、隠しようもない。
「スッゲー似合ってる。北見さんはスタイルいいからさ、こっちの方が似合うかなって思ったんだ」
トウマくんは笑いながら褒める。
「ほ、ほんと?」
「嘘なんて言わないよ」
トウマくんは苦笑して、私の肩を叩いた。
でも、私の顔を見て少し首を傾げる。
「でも、北見さんが嫌っていうなら⋯⋯」
「そんなことない!」
私はトウマくんの手を握り、胸に引き寄せた。
「トウマくんが選んでくれたなら、これ買うよ!」
鼻息を荒くしながら、トウマくんに詰め寄る。
「そこまで気に入ったのか?」
「うん」
再び試着室の中に入り、カーテンを閉めた。元の服に着替えて、選んでもらった服をレジに持っていく。
「これください」
「ふふっ」
さっきの店員さんが会計をしてくれた。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
「ありがとうございます」
店を出て、トウマくんと横並びに歩く。トウマくんはこちらを見た後、手を差し出してきた。
何かをいう前に、私はその手を握っていた。
トウマくんの体温が伝わってくる。あったかくて、安心できる心地が手全体を包んだ。
トウマくんは痛いくらいに強く握ってくれる。でも、その痛みすらも心地いい。
「あの⋯⋯」
「何?」
「荷物持とうとしたんだけど⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯ごっ、ごめん!」
すぐに手を離し、紙袋を渡した。
あああ、変なことしちゃったぁ⋯⋯。
嫌われてないかな⋯⋯。
チラリと斗真くんの顔を見上げる。トウマくんの顔は赤くて、しきりに口元を覆っていた。
「これからどこか行くの?」
「えっと、ご飯食べに行こうかなって」
トウマくんの顔なんて、見れなかった。
◇◇◇◇◇◇
(篠村トウマ視点)
やべえ。アカリの手を握ってしまった⋯⋯。
いや、握ったのはアカリなんだけど。
それにしても、柔らかかったな⋯⋯。
手に残った感触を確かめるように数回握ったり開いたりした。緊張して強く握っちゃったけど、大丈夫か?
痛んでないと良いんだが。
「これからどこか行くの?」
「えっと、ご飯食べに行こうかなって」
そういうアカリの顔は赤くなっている。そんなに手が痛かったのか。謝ろうにも気まずくて言い出せない。
「なんだか、暑いねぇ」
「そうか?」
そういうと、アカリはコートのボタンを外し、前開きにした。コートの下には、純白のインナーがあり、炭のように黒い緑色のミニスカートが見え隠れしていた。
見えなかった太ももが露わになり、街行く人の視線を集める。
「寒くないのか?」
「ちょっと暑くて⋯⋯」
アカリは困り顔で頬を人差し指で掻いた。
やがて、一つの店の前でとまる。
「ここだよ!」
アカリが立ち止まった場所の横には、小さな看板が立てかけられている店があった。
「美味しいオムライスのお店なんだって。一度食べてみたくて」
「あ、見たことあるな」
「ほんと? 食べたこともある?」
「いや、知ってるだけだよ」
ドアを開け、中に入った。繁盛しているのか、席は満席だ。いい匂いが厨房から漂ってくる。
「すいません。ただいま満席でして、お時間かかりますが大丈夫ですか?」
「良いよね、トウマくん」
「うん」
「大丈夫です」
「そこの椅子にお掛けしてください」
店員に促されるまま、俺は椅子に座った。アカリも横に座る。
「良い匂いするね」
「なー。腹減ってきた」
腹をさすり、欠伸を一つ。アカリはしきりにスマートフォンの画面を見て、前髪を直している。そこまで気になるものなのか、髪って。
そんなアカリを見つめていると、視線があった。
「どうしたの?」
アカリは首を傾げ、大きな目をパチリと瞬かせる。そんな一瞬の出来事に俺は首を振った。
「なんでもない」
「気になる」
俺のパーカーの裾を掴み、くいくいと引っ張ってきた。そんなちょっとした刺激に目を閉じる。
「ねえ、教えてよ」
不満げな声を聞き、片目を開け、イタズラっぽく笑った。
「前髪整えるのに必死だなーって」
「あ! そういうの言っちゃダメなんだよ。女の子に嫌われちゃうよ」
「嫌われるも何も、俺を好く女子がいねえよ」
「そういうのも言っちゃダメだよ」
アカリは人差し指をまっすぐに立て、俺を嗜める。芝居じみた挙動に頬を綻ばせた。
「はいはい」
「トウマくんのことが好きな女の子が聞いたら悲しむから」
「そうか⋯⋯」
いまいち現実感のないセリフに内心で疑問符を浮かべていると、店員から声がかかった。
「二名でお待ちのお客様ー」
「行こっか」
店員に案内されたテーブル席につき、メニューを開く。メニューには様々な料理が並んでいた。
「私これにしようかな。トウマくんは?」
「俺はこれにしようかな」
すぐに届き、それぞれ食べ始める。
俺はテーブルに設置されていたチーズをたっぷり掛けてから食べ始めた。
「チーズ好きなの?」
「まぁ」
とろけた卵に、チーズが絡みつき、その二つが織りなす柔らかな感触が米をコーティングする。
「うまうま」
「味見していい?」
「いいけど」
「やったぁ」
アカリは使っていたスプーンで、俺のプレートから一口掬い、口に入れる。
「チーズの味がする」
「掛けすぎたな、これ」
アカリのなんとも言えない食レポに、俺は自戒の言葉を一つ。
「トウマくんも私の食べていいよ」
俺は新しいスプーンを使い、アカリのプレートに手を伸ばす。その直前、アカリは使っていたスプーンでオムライスを掬い、俺に差し出した。
「はい、あーん」
「え?」
「食べないの?」
「え、いや⋯⋯その」
アカリが差し出したスプーンを見る。これって、使ってたスプーンだよな。間接キスになるよな。アカリは気づいてないのか?
チラリとアカリの表情を伺う。全く気づいてないようで、俺が食べないことに疑問を抱いているようだ。
⋯⋯。
「あー、むぐ」
意を決して差し出されたスプーンを口に含んだ。オムライスを咀嚼し、飲み下す。
「どう? 美味しい?」
「あぁ、うまいよ」
⋯⋯味しねぇ〜。
強張りそうになる顔を取り繕いながら、自分のオムライスを食べる。
「予定あるのか、これから」
「ううん。特にないよ」
「じゃ、帰ろうか。明日学校だし」
「う、うん」
アカリは俺の言葉に肩を驚かせながら、素直に頷く。
◇◇◇◇◇◇
オムライスを食べ終わり、二人して帰路に着く。
今はアカリの家に向かっている途中だ。俺が家まで送り届ける。
「送ってくれてありがとね」
「危ない目に遭ったら危険だしな」
アカリの言葉に、俺は周りを見ながら返事を返す。
喋っていると、すぐにアカリの家に着いた。
「きてくれてありがと。楽しかったよ」
「こっちも、誘ってくれてありがとな」
「あ、あのさ」
「ん?」
上擦った声を出したアカリ。その視線は下を向いていた。
「また、二人で出かけてくれる?」
不安げな表情だ。まさか、断られるとでも思っているのだろうか。
「あぁ、いいぞ」
「ほんと!? えへへ⋯⋯じゃ、また明日!」
ぱあっと満面の笑みを浮かべる。そして、手を振った。
「おう、また明日」
アカリは小走りで玄関に消えていき、俺一人が残った。
門を閉め、一人で駅まで向かう。
アカリ、嬉しそうだったな。
つーか、あそこまで楽しそうにされたら勘違いするからやめてほしい。
アカリが俺のことを⋯⋯⋯⋯。
「いや、それはねーわ」
自嘲気味に吐き出したため息は、白い蒸気となって消えていった。
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




