第六十五話
文化祭当日。
俺とシュンは食材の買い出しに、近くのスーパーに来ていた。
パンケーキの材料や、トッピングのためのフルーツ、パスタなどに使う野菜など。
買うべきものはたくさんある。
あらかじめ決めていた商品をカゴに放り込んでいく。
「なぁ、トウマ」
「なんだ?」
「ずっと気になってたんだけどさ、お前の顔って怖いよな」
あっけらかんとして告げるシュン。俺は困惑顔でシュンを見た。
「どこがだよ」
「どこって⋯⋯目かな」
「それユウナにも言われたよ」
「へぇ、まあユウナなら言いそうだな」
シュンは野菜を見繕いながら続けた。
「入学した時からこいつ顔こえーなーって思ってたけど、見た目じゃあ想像できないくらい優しいじゃん? お前って」
「そうか⋯⋯」
自分の顔を揉んでみた。強張ってる感じはしないけどな。荒んでるとか?
それならありそうだ。ストレスとかで顔が変わってるとか。
「元からそんな感じなの?」
「さぁ、今まで言われたことなかったな」
「ふーん」
シュンは最後の材料を放り込み、会計へと向かう。
なんか、変だなぁ⋯⋯。
◇◇◇◇◇◇
『緑陽祭、開幕です!』
体育祭で散々聞いた声が、文化祭の始まりを告げた。クラスメイトは、皆で決めたクラスTシャツを着ている。赤と白のサッカーのユニフォームだ。
ほかのクラスもそれぞれのクラスTシャツを着て、外に出ている屋台を回ったり、教室の展示物などを見ている。サクラから料理を教えてもらった女子は厨房に。
それ以外のクラスメイトは接客や呼び込み、ビラ配りをやっている。
俺はアカリとビラ配りをしていた。
「ぜひ、私のクラスの漫画喫茶に来てくださーい!」
「北見さんの手作り食べられますか!?」
「食べられるよー」
「行きまぁす!」
アカリが微笑みながらそういうと、男子数名が俺たちのクラスへと駆けていく。
「北見さんって料理の当番だっけ」
「今じゃないよ」
「じゃああの男子たちは⋯⋯」
「ほかの女子のを食べることになるかな」
かわいそうに。
騙されたのか。まぁ、しょうがない。男のサガというやつだ。
「トウマくんも宣伝してよ」
「俺がやるより、北見さんがやった方が絶対良い」
「わかんないよ、トウマくんのことが好きな女子が来るかもしれないし!」
「それだけはないな。絶対に」
アカリの唐突なボケにツッコミながら、俺は黙々とビラを配る。当のアカリは頬を膨らませて俺の言い草に抗議している。さながら口いっぱいに頬張ったリスだ。
「私が当番の時はトウマくんはどこにも行かないでね」
「なんか俺の用でも?」
「私のパンケーキ食べさせてあげるから」
アカリはむふふ、と少し眉を下げて笑いながら俺を見る。
「楽しみにしとくよ」
「とびきりおいしく作っちゃうから」
二人で話しながら、校舎を出て、中庭で屋台を出しているクラスにもビラを配りにいく。
「ウチの漫画喫茶に来てねー」
「北見さん、何か買ってくださいよ!」
「買ってくれたら、私のクラスにくる?」
「行きます行きます!」
男子はアカリに釘付けだ。アカリは屋台のメニューを見ながら。
「たこ焼きを六個ください」
「承知!」
あっという間にたこ焼きが作られ、アカリに渡される。その場でアカリはたこ焼きを口に含んだ。爪楊枝でたこ焼きを刺し、息を吹くことで、たこ焼きを冷まさせる。そして、一気に口に放り込んだ。
「んふ、美味しい」
「っしゃー!!」
「美味しいって言ってもらえたぞぉ!」
「北見さん可愛すぎぃ!」
屋台を回していた男どもは歓喜し、仲間同士でハイタッチを交わす。
それを横目に、アカリはたこ焼きを俺に差し出してきた。
「トウマくんも、あーん」
「いや、俺はいいよ。一人で全部食べてくれ」
差し出されたたこ焼きは受け取らず、アカリの口に入れたやった。こんなところでするもんでもない。それに、そんなことをアカリとやった暁には学校の男子から袋叩きに合いそうだ。
「お腹空いてないの?」
「まだな。⋯⋯ほら、別のとこ行こうぜ」
「うん」
アカリは頷くと、たこ焼きを頬張りながら俺の横を歩く。その姿に見惚れる人が続出し、アカリに視線が集中する。それによって、俺が注目されてるわけではないが、見られていることにむず痒くなってくる。隣にいるからしょうがないけど。
「私の手作り食べたら、ビラ配りじゃなくて、一緒に回ろうね!」
「それはいいけど、いつ当番なんだ?」
「一時くらいだけど⋯⋯当番が一時間交代だから、二時くらいかな」
「俺は二時から接客だけど」
「え」
俺の言葉に固まるアカリ。予定がかぶることは想定していなかったようだ。
「文化祭が終わるのが四時だから⋯⋯でも、片付けは三時頃に始まっちゃうから、実質回る時間はゼロになっちゃう⋯⋯どど、どうしよう」
「しょうがないけど、回るのは無理なんじゃないか? それこそ、誰かに当番を変わってもらうなら行けそうだけど」
「誰か交代してくれるかなぁ」
「難しいな。みんな回りたいだろうし」
「⋯⋯だよね」
しょんぼりと項垂れるアカリ。何かできることはないか。頭を巡らせるが、いい案は思い浮かばない。このままじゃ厳しいか。
当番のために教室に戻る。アカリはすぐにエプロンを着て、厨房にたった。
俺は椅子に座り、アカリが作ってくれるというパンケーキが出てくるのを待つ。
「お待たせー」
運ばれたパンケーキは少し形が崩れていた。トッピングのフルーツはパンケーキから落ちており、皿の上で転がっている。
「ちょっと失敗しちゃった⋯⋯」
泣きそうな顔で失敗を告げるアカリ。その顔を見て、なんだか変な気持ちになる。
切り分けたパンケーキを口に放り込んだ。
「ど、どう⋯⋯?」
飲み込んでから一言。
「スッゲー美味しいよ」
形が崩れていても、味が変わることはない。ただ見た目が変なだけだ。
アカリが一生懸命作ってくれたのが伝わってくる。
「ほんと!?」
「ほんとだよ」
「やったぁ!」
アカリは万歳をして、俺の腕を掴んで離さない。腕をブンブン振り全身で喜びを表現する。
「練習してよかった〜」
喜びつつも、ほっと胸を撫で下ろす。
時計に目をやると、もうすぐで俺の接客の当番が回ってくる頃だった。
俺はエプロンを着け、並んでいた数人の女生徒のグループに声をかける。
「何名でしょうか」
「三人です」
「わかりました。お入りください」
女生徒をテーブルに座らせ、注文を確認する。
厨房にいるサクラに伝えると早速作り始めた。俺が料理の様子を眺めていると、対応していた女生徒に話しかけられる。
「あの、ここって北見アカリさんがいるクラスなんですよね?」
「そうですけど⋯⋯何か用が?」
俺の質問に女生徒は。
「話してみたくて⋯⋯」
それだけ言うと、恥ずかしかったのか、顔を覆ってしまった。
一緒に来ていた女生徒が笑いながら、困惑する俺に説明してくれる。
「この子、ファンなんだよ。話してみたいって言っててさ」
「へ〜」
「合わせられたりします?」
「さあ、俺からはなんとも⋯⋯」
教室を見回すふりをして解決策を練る。
アカリは今どこかでユウナあたりと一緒に回ってるはずだ。俺が呼びに行くのはできない。俺は接客をしなければならないからだ。
もし抜け出せたとして、アカリが応じてくれるかはわからない。
さて、どうするか。
そんなことを考えていると、アカリが教室に戻ってくる。真っ先に俺に近づいてきた。
「トウマくん、話したいことがあるんだけど」
「きっ、北見さん!」
「何?」
アカリの視線は女生徒に集中する。女生徒は息を呑みながらアカリに話しかけた。
「えと、北見さんのことが好きで⋯⋯。その、話してみたくて⋯⋯」
しどろもどろになっている女生徒に見かねたアカリは、そっと手を握った。
女生徒の顔は今にも爆発しそうなほどに真っ赤だ。
手を握った瞬間、息が詰まったのが見て取れる。
「好きでいてくれてありがと!」
一度そう声をかけた。満点の笑顔だ。誰だってノックアウトされるだろう。
「はわわわ⋯⋯」
思考がショートしたのか、動かなくなる。
俺が目の前で手を振ってもぴくりとも動かない。
どうやら限界を迎えたようだ。
未だ手を握るアカリを女生徒から離れさせ、そっと見守ることにする。
ドアの方を見れば、客はまだ並んでいる。早くこれを捌かないとな。
「何名でお待ちでしょうかー」
「二人です」
「こちらへどうぞー」
あくせくと働きながら、先ほどのアカリの話について思考を巡らせる。
俺に何を話そうとしたのだろうか。気になるな。あとで聞いてみるか。
しかし、改めてアカリって人気なんだな。さっきの女生徒もアカリにお熱なようだったし。
男子にも女子にも好かれているなんて。
あんな人間、芸能人にだって少ないぞ。
小学生、中学生の頃とかは苦労したみたいだけど、高校生になって周りも大人に近づいたから、そういう嫉妬とかも抱かなくなっていくんだろうな。
感じるのは羨望の視線くらいか。
そんなことを感じながら、文化祭は学校のチャイムと同時に、終わりを告げた。
◇◇◇◇◇◇
「話したいことって?」
文化祭の片付けを終え、一息ついたところで、俺はアカリに話しかけた。
内容は先ほどのことだ。
「私と、一緒に出かけない?」
「他に誘う人は?」
「⋯⋯二人だけで」
アカリは少し声を小さくして耳打ちするように俺に言う。
「良いけど⋯⋯」
なぜ俺を誘ったんだ?
そこがよく分からない。なんかイベントでもあったか?
前に遊んだ時は夏祭りがあったけど。
「二人で出かけたいなって。⋯⋯だめ?」
上目遣いで聞いてくるアカリの顔から視線を逸らしながら。
「ダメじゃないよ」
「ふふ、よかった。メールで予定決めよっか」
アカリは微笑み、友達と話しているユウナの元へ言ってしまった。
そこに、シュンがやってきた。
「さっき何喋ってたんだ?」
「北見さんが俺と出かけたいってさ⋯⋯あ」
「ほお〜」
しまった、と思う間もなく、俺は頭を抱えた。シュンに行ったら確実にユウナにバラされるじゃないか⋯⋯。
「ユウナには言わないでくれよ」
「なんでだ?」
「バカにされそうだし」
俺の言葉にシュンは苦笑した。口に手を当て、俺の肩を叩く。
「そんなガキじゃねーよ。⋯⋯くっくっく」
「しょうがねぇよ。何回もやられたんだからな」
警戒するのも仕方がないというものだ。現にユウナは気配を察知したのか、俺の方を見ている。
俺はそそくさと周りの荷物を片付けながら、アカリを見た。アカリは楽しそうにユウナと喋っている。ユウナは時々相槌を打ちながら、俺の方を見ている。
俺のことについてか?
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




