第六十四話
日曜の朝。俺はリビングでスマートフォンをいじっていた。
不意に『母親』が話を振ってくる。
「トウマ、学校、楽しい?」
「楽しいよ」
「いじめられたりとかはない? いじめられてたらお母さんに言ってね」
「いじめられてないよ」
「前もそう言って⋯⋯ウソだったじゃない」
「!」
『母親』と話していると、気になることを聞いた。
俺が言ったことはウソだった。つまり、『俺』はいじめられてたのか。
この世界でも、いじめられてたのか。
俺って情けないな。
「そうだったっけ?」
「忘れたの?」
「まぁ、今の方が楽しいしね」
その言葉に、『母親』はハッとし、申し訳なさそうに笑った。
「そうね。そのほうが良いわね」
苦笑した『母親』は、緑茶を淹れるために、急須を出し始める。
「トウマも飲む?」
「もらおうかな」
湯気がたつ緑茶が俺の前に出される。息を吹きかけながらそっと一口。
「うま」
「そう、よかった」
壁にかかった時計を見る。朝の九時を指していた。
「俺、散歩に行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
◇◇◇◇◇◇
いつもの公園についた。
ここではユウナがトレーニングで走っていて、通うようになった。ユウナの休憩がてら、ベンチに座って話すのだ。
「いやー、あの時のトウマは面白かったね。アカリの声を聞いて顔だけじゃないくて耳まで真っ赤になっちゃって!」
「やめてくれよ。それ言うの」
「一生言っちゃうよ〜ん」
「マジか⋯⋯」
ユウナが俺を揶揄う。いつものことだ。俺はそれに振り回されるだけ。
「良いよね〜。シュンがそういう反応してくれないからさ〜」
「本当に? あいつ、結構リアクションいい方だと思うけど」
「あたし相手だからかな〜」
人差し指を顎に当て、何やら考えているようだ。その仕草はコミカルで、思わず笑ってしまう。
「何笑ってるんだよ〜。あたしは真剣なのにさ〜」
「いや、ユウナってそういううこと考えるんだなって」
「バカにしてるの!?」
「いやいや、まさか」
すぐに否定し、弁解しようとする。が、それをユウナが阻止した。
イタズラを思いついたようで、ニンマリと笑みを浮かべている。
「シュンに言い寄られたって言っちゃおっかな〜」
「それだけはやめろって!」
「にひひ、あたしをバカにした罰だ〜」
肩を強く叩かれる。その衝撃は変わらない日常を俺に知らせてくれる。
ユウナはにぱっと笑った。
「ちょっと甘えてみるべきかな〜」
「やってみたらどうだ?」
「トウマは知らないの? シュンの好きなこととか」
「そうだな⋯⋯」
そういえば、俺はあまりシュンのことを知らない。学校では喋るし、遊んだりするのだが、プライベートは一切知らない。
「分かんね。本人に聞いたら?」
「それはやだ」
「なんじゃそりゃ」
ユウナの謎のプライドが垣間見えたところで、俺はベンチを立った。
「もうすぐで休憩時間は終わりだろ?」
「あっ、ほんとだ。んじゃ、バイバーイ」
「じゃあな」
別れようとしたその時。
「おっ、トウマじゃーん」
馴れ馴れしく名前を呼ばれた。
聞き覚えはない。なのに、距離感は一方的だ。
俺を呼んだ人物に見覚えはない。なのに、相手は知ってる?
その人物は男で、金髪だ。俺よりも身長は高く、耳には主張が激しいピアスが付いている。
その横には二人の男がいた。取り巻きだろうか。茶髪と黒髪だ。
「誰ですか?」
素直にそう告げる。すると、男はわざとらしく驚いてみせる。そして、俺の肩を叩いた。
ユウナとは違う、少し尖った衝撃。
「忘れちゃったのー?」
「ヒデェな」
「思い出してもらおーぜ」
そう言って、一人の男が俺の胸ぐらを掴んだ。思い切り引き寄せ、俺に額をぶつけた。ガンを飛ばし、威圧感を醸し出してくる。
もしかして⋯⋯。
「ちょっと、何やってんの! 放して!」
ユウナがリーダー格の金髪に言いつけ、足を蹴った。
「へぇ、彼女?」
「違う、友達!」
「はっはー。やっぱりお前なんかに彼女なんかできねーよなぁ!」
ゲラゲラと笑う男たち。
「俺だってトウマの中学生の友達だよ。なー、トウマ」
あぁ、やっぱり。こいつらは、『俺』をいじめていた奴らだ。
「何か用か?」
「随分と舐めたクチ聞くなぁ」
「トウマ!」
「郡元。どっか行っててくれ」
俺を助けようとしてくれていたユウナを遠ざける。
それでも、ユウナは離れようとしなかった。
「でも!」
「⋯⋯これも探し物みたいなもんだ」
そういうと、ユウナは黙ってしまった。そのまま、ベンチに座る。
「まぁ、ここで遊ぶのもなんだしよ、川の方で遊ぼうぜ」
「あぁ、わかった」
◇◇◇◇◇◇
『俺』と俺は別だ。でも、同じ俺だ。だから、『俺』を傷つける奴を見過ごせない。この世界の『俺』を助けるためにも、俺も何かやった方がいいな。
少し歩いて、川の上に通っている橋の下にきた。目的につくや否や、黒髪が俺の右頬を殴りつけた。
茶髪が後ろから背中に蹴りを入れた。
金髪が腹に蹴りを入れた。
俺の目の前にスマートフォンが出される。そこには、録画された映像が映し出されていた。
『うぅ、やめてください⋯⋯』
『拒否権とかねーからぁ!』
『うぐっ!』
『ギャハハ、こいつ死ぬんじゃねーの?』
『死ぬんじゃねーよ。俺らが捕まっちゃうじゃーん』
『俺』がいた。殴られ、蹴られ、泣き叫んでいた。全身に水をかけられ、濡れ鼠になった『俺』を踏んづける。『俺』の顔は腫れ上がっており、あまりに痛々しい。
『遊んでやってるのに泣かないでくれよぉ』
そこで金髪は動画を止めた。
「どーぉ? 思い出したぁ?」
俺の髪を掴み、思い切り引っ張った。
金髪が俺を壁に押し付け、顔を殴る。
「また遊んでやるよ」
口の中に鉄の味が広がる。
黒髪が俯く俺の顔を覗き込みながらニヤつく。その顔を見つめる。目が合った。黒髪の表情が歪んだ。
「そんなもんか?」
一言言うだけで、三人は怒りをあらわにした。
「舐めたクチ聞いてんじゃねーぞ!」
視界が点滅する。でも、俺の心は凪いでいる。
茶髪が俺の横腹に蹴りを入れる。
その足をしかと掴んだ。
「よくも、やってくれたな」
足を掴んだまま、もう一方の足──────軸足を目掛けて右足をかけた。
懐に潜り、顔をわし掴む。思い切り軸足をはらい、宙吊り状態にした。
アイアンクローをかましながら、後頭部を地面に叩きつける。茶髪は失神する。
「ああああ!!」
黒髪が叫びながらタックルを仕掛けてきた。
タイミングを見計らい、こちらも体をぶつける。黒髪が俺にぶつかる反作用に、こちらのぶつかる力を乗せる。黒髪は倒れ伏し、腹に蹴りを入れられ、行動不能になる。
簡単に沈んだ。
「てめえ⋯⋯なんでそんな強く⋯⋯」
「なんだ、ビビったか? いじめてたんじゃねーのか?」
嘲りながら金髪を指差す。金髪は倒れて動かない二人の仲間を見て、顔を歪めた。
「まさか、逃げようって思ってないよな」
「う、う、うあああああああっ!!」
残った金髪は冷や汗を流す。やがて、テレフォンパンチを打って来た。足捌きを駆使し、余裕を持って躱す。全体重をパンチに乗せていたため、たたらを踏んだ金髪。当然、ガードはできるわけがない。
ボディにパンチを叩き込み、金髪は唾を吐いた。
反撃を狙い、再びパンチをする金髪。同じ動作で避ける。パンチによって伸び切った腕。上着の裾を掴んだ。
それと同時、全身の力で金髪を浮かせ、地面に叩きつけた。
「ゲェぇぇ⋯⋯」
背中を痛打し、息もできないようだ。
掴んでいたままの腕を捻り上げ、こちらに注目させる。
「おい」
「うぅ、いてぇ⋯⋯いてぇよぉ」
うわ言を呟く金髪。もう一度腕を捻った。
「なんだよ、なんだよ!」
俺を見る目は、恐怖の色に染まっていた。歯を噛み鳴らす。
「二度と『俺』に──────『篠村トウマ』に近づくな」
腕を放し、その場を離れた。
◇◇◇◇◇◇
「大丈夫だった!?」
「いたのか」
「そりゃ待つでしょ! 心配したんだから!」
ユウナは俺が公園に帰ってくると、まだベンチに座っていた。俺をみるなり駆け寄ってきて、俺の顔を触りながら怪我をしていないか確かめている。
「口から血が出てる⋯⋯」
「大丈夫だよ、これくらい」
口元を拭い、笑ってみせる。
「いや、大丈夫じゃないって!⋯⋯って、あの三人は?」
「喧嘩で勝った」
「まぁ、トウマの方が強そうだったからね。でも、三人組にも勝てるんだね」
「鍛えてたからな」
「それ万能じゃないから」
ツッコミを喰らい、いつも通りの雰囲気が戻ってくる。
「心配させてごめんな。それに、予定も狂ったし」
「狂ったって言っても、五分くらいだけどね」
「んじゃ、俺帰るから」
「ちょっと待って!」
ユウナは俺を呼び止める。振り返ると、ユウナは伏し目がちに俺に告げた。
「目、怖いよ」
家に帰ると、『母親』が俺の口元に視線を集中させた。
「あら、口怪我してるじゃない」
「ちょっとね」
手を開いたり閉じたりしながら、喧嘩の時の感触を思い出す。
やり過ぎた感じはしたが、後悔はしていない。きっと『俺』が受けた痛みも同じか、あれ以上なはずだから。
「いたた⋯⋯」
結構久しぶりに体を動かしたからか、関節が痛い。
俺も体を動かすべきか。
階段を登りながら背を伸ばす。俺も運動を習慣化しようかな⋯⋯。
そんな休日を過ごし、俺は月曜日を迎えた。
◇◇◇◇◇◇
「文化祭の出し物を決めるぞ〜」
「「「「うおおおおおおおおおおおおっっ!!」」」」
担任の言葉にクラスメイトが沸き立つ。
「静かに静かに」
そう言いながら、担任は教室を見渡す。
「ん、芝山。お前がまとめろ。こういうの得意だろ」
「俺っすか先生。まぁ、得意ですけど」
「おー、頼んだぞー」
そう言うと、担任は椅子に座ってゆったりとし始める。
教壇に立ったシュンは咳払いをした。それに反応して皆がシュンを見た。
「えー、まず、俺からの提案はー、メイド喫茶で!」
「「「「⋯⋯⋯⋯」」」」
「「「「さんせーい!!」」」」
女子は呆れ、侮蔑の表情。ダンマリだ。
対して男子は興奮気味で同調する。
「先生。メイド喫茶はオッケーなんですか?」
「女子からの許可を取ったらなー」
それを聞いたシュンはユウナの元へ。そして、跪いた。
「ユウナ、賛成してくれ」
「無理」
ユウナはにべもない。だが、シュンは諦めずに食い下がった。
「アカリのメイド服が見れるぞ!」
「⋯⋯それならいいよ」
あっけなく折れるユウナ。ただ、アカリが反対する。当然のことだろう。
「私がダメだから!」
机を叩いて勢いよく立ち上がる。視線がアカリに集まった。
「私はする気ない!⋯⋯でも、ユウナとか、サクラちゃんがするんだったらいいよ⋯⋯」
「いいよ〜」
「私もですか!?」
巻き込まれたサクラは、顔を赤くさせながら胸の前で手を振った。
「わ、私なんて無理ですよ⋯⋯」
対照的に、ユウナは即座にオーケーする。ユウナはブレない。
男女で対立したが、結局、メイド喫茶にはならず、折衷案として、漫画喫茶に決定した。
「じゃあ、喫茶店で出そうな料理を提案してくれ」
「パンケーキ!」
「コーヒー」
「ソーダフロート?」
「パスタ!」
続々と黒板にメニューが書き足されていく。作るのが簡単そうなものから、難しいものまで。男子はサッパリだ。喫茶店に行くやつはそんなにいないからな。女子がイキイキしている。
「でも、誰が作るんだ?」
その一言に、女子は押し黙る。誰も作る時のことを考えていなかったようだ。ただ、静まり返った教室に、一人の少女が手を挙げた。
「私なら作れますよ⋯⋯」
「サクラちゃんほんと!?」
「なら決定、決定でー」
おずおずと手を挙げたサクラに、クラスの女子が抱きついた。もみくちゃにされており、見えなくなりそうになっている。
「なら、サクラができるならこれでもいいかな。でも、サクラ一人にやらせるのもなんだし、女子は作り方教えてもらえよ?」
シュンは女子の提案を飲みながらも、クラスメイト全員に役割を振り分けている。こういった役割がシュンにとって得意なのだろう。
「先生、これでいいですか?」
「あぁ、多分な」
「多分て⋯⋯」
シュンは頭を掻きながら。
「持ってく漫画も決めないとな。漫画持って来れるやつは手をあげてくれ」
クラスの男子の大半が手を挙げた。
「ちなみに、何を持ってくるんだ?」
男子の漫画の列挙は、止まるところを知らなかった。
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




